今、ラクスルが注力するのは女性管理職比率の向上をはじめとした、多様な人材が活躍し続ける職場づくりの実現だ。上級執行役員CHROの潮﨑友紀子、社外取締役の村上由美子に、ラクスルの現在地とこれからの挑戦を聞いた。
ラクスルの課題は日本企業の課題
2023年3月に、多様な働き方やキャリアアップを支援する福利厚生制度「カナエル(KanaL)」の導入を決めたラクスル。2022年度は男性社員の育児休業取得率が73%と、制度整備、活用面ともに先進的な姿勢が見える。ただ、CHROの潮﨑友紀子は「ラクスルもまた、日本企業に共通した課題に直面している」と話す。「全社員における男女比のエクイティは保たれていても、その先の管理職登用から少しずつ差が生まれ、上位になるほど大きくなっているのが現状です。経営にかかわる意思決定会議でふと周りを見渡せば、みんな40代前後の男性ばかり。そこには複合的な理由があり、女性本人が昇進に興味を持てないケースもあるでしょう。キャリアを積んで5~6年経つと出産や子育てなどが入ってくる方もいて、女性の働き方にもたらすライフイベントのインパクトはどうしても大きくなります。男性の管理職が多ければ、メジャメント(評価方法)は彼らの価値観で進むので、同じフィールドには行けないと自信を失う方も出てきてしまうのです」(潮﨑)
2021年10月より社外取締役を務める村上由美子は、グローバルと比較した日本企業の現状の「典型的な例がラクスル」と見る。
「日本のジェンダーギャップ指数(2023年版)は146カ国中125位で過去最低でした。中身を見ると、女性の就業率自体は欧米と比べてもいい。問題は男女の賃金格差と女性管理職比率の低さです。意思決定層に女性が少なければ、報酬も少なく、賃金格差が広がるのは当然です。ラクスルも、採用の入り口では男女比に違いは見られませんが、管理職に手が届くタイミングにはすでに差がついてしまっている。現状を変えていくには、女性社員だけを『頑張って』と後押しするのではなく、中間管理職の男性とともにマインドチェンジを進め、制度整備も並行していかなければいけない。具体的な施策を、すべて同時に進めることが重要だと考えています」(村上)
ダイバーシティには経済合理性がある
ダイバーシティへの課題感は、この2~3年で急速にラクスル社内に広がってきた。その背景には、2020年より稼働している海外でのテクノロジー拠点設立があったと村上は話す。「特にインド拠点の立ち上げは、ラクスルの組織変革にとって“ショック療法”とも言える出来事でした。日本では経験しなかった多くの問題に直面して、最初は大苦戦を強いられた。その理由のひとつが、多様性という盲点だったんです」(村上)
創業以来、同質性の高い仲間とコンセンサスビルディングを重ね、成長を遂げてきたラクスルにとって、バックグラウンドや価値観がまったく異なるメンバーとのコミュニケーションには衝撃が大きかったという。
「事業成長をドライブさせる上で、ラクスルの同質性が足かせになるのだと初めて気が付いた。現会長の松本恭攝は、そう話していました。おそらく、これまで疑問をもっていなかったようなところで『どうしてこのような仕事の進め方なのか』『なぜこのルールがあるのか』などと、目からうろこが落ちるかのような質問をたくさんもらったのでしょう。既存の価値観があまりに強い組織だと、想定外の発想が生まれずイノベーションも起こらない。海外に出たことで、『ダイバーシティを進めることは経済合理性に適った利点なのだ』と、肌身で感じたのだと思います」(村上)
社外取締役として多くの企業を見てきた村上は、ダイバーシティ推進を「社会に対するアリバイづくりのように」行う組織の多さを指摘する。政府の要請に従い、チェックボックスを埋めるように女性登用や多様な人材の採用への施策を進めていく企業は少なくない。
一方で、ラクスルは会社を成長し強くするための経済合理性に基づいて、ダイバーシティ推進を捉えている。その視点こそが、ラクスルのこれからの躍進を期待できる重要な点だと話す。
「成長へのドライブはラクスルの最大の強みです。『ダイバーシティが進まなければ会社が成長しない』と経営陣が腹落ちしたいま、『では何をすれば加速できるか』が本気で取り組むべき経営課題になりました。社会的責任としてやったほうがいい、といったアプローチとはまったく違うスタート地点に立てた。これはラクスルの大きな優位性でしょう」(村上)
成長への執念の強さは、潮﨑がラクスルに入社した2022年12月から常に感じてきたことだ。徹底した情報収集で、株主からの新たな視点もすぐに俎上に載せていく柔軟さに、潮﨑は「海外投資家との対話の中からも、課題意識が芽生えたのではないか」と話す。
「自分とはまったく異なる価値観や社会的背景の人と議論をすると、見えていなかった社会が見えてくる。世の中は、自分たちが知っているだけの社会じゃないと気づけば、より広い視点で、新しい顧客層を目指して話ができるようになります。グローバルとの接点が増えることで、『ダイバーシティに取り組まなければ機会損失につながる』という危機意識が、ラクスルに広がっていると感じています」(潮﨑)
バッターボックスに立つ人の数を増やし、幅を広げていく
そうした思いから動き出した「カナエル」プロジェクトは、一人ひとりの仕事やキャリア観を“叶える”ための制度だ。出産・育児休業期間中の給与支給や保育園利用に関する制度などのほか、スキルアップ支援や長期勤続を称える制度を充実させている。「これから投資していきたいのは、社員個人が何を目指したいか、叶えたい思いと会社の中での役割をフィットさせていく『WILL&FIT』の取り組みです。また、入社時の若い段階から自分のライフデザインを長い目で見て構築し、しっかりと実現できるよう成長をサポートしていきたい。より広い視点から選択いただけるようにするとともに、その目指す姿に対してどのように仕事とフィットさせていくかを考える教育の機会も増やしたいですね。個人ベースのアプローチにゴールはないので、半永久的に道半ばですが、一人ひとりの意見を聞き続け、叶え続ける組織を作っていきます」(潮﨑)
制度とマインドチェンジの同時並行には、「バッターボックスに立つ機会」が大事だと村上は続ける。
「ラクスルの企業文化のひとつが、年次にかかわらず、社員をバッターボックスにどんどん立たせるところでしょう。失敗することがあっても、立つことで仕事の醍醐味の感触が得られる。それを次に生かせる文化があります。性別問わず『私は立ちたくない』という人もいますが、これからのチャレンジは、トレーニングを通じてマインドチェンジを進めること。バッターボックスに立つ人の数も幅も広がっていけば、それだけイノベーションが生まれやすい環境になるでしょう」(村上)
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潮﨑友紀子(しおざき・ゆきこ)◎ラクスル上級執行役員 CHRO/ SVP of HR。津田塾大学卒、コーネル大学大学院修士課程修了(MPS & MA)。General Electric、日本マイクロソフト、ウォールマート・ジャパン・ホールディングス、IBMなど複数の米国拠点企業で人事の主要なリーダーシップを発揮した後、2022年12月にラクスルへ入社。23年2月より現職。人事組織の戦略立案や組織変革に豊富な知見を持ち、全社の人事領域を統括している。
村上由美子(むらかみ・ゆみこ)◎ラクスル社外取締役。上智大学外国語学部卒、スタンフォード大学院修士課程(MA)、ハーバード大学院経営修士課程(MBA)修了。その後約20年にわたり主にニューヨークで投資銀行業務に就く。ゴールドマン・サックスおよびクレディ・スイスのマネージング・ディレクターを経て、2013年から2021年までOECD東京センター所長。OECDの日本およびアジア地域における活動の管理、責任者。政府、民間企業、研究機関やメディアなどに対し、OECDの調査や研究、経済政策提言を行う。2021年5月にESG重視型グローバルVCファンド、MPower Partners を創業し、ゼネラルパートナーとして就任。