そのジャンプ台の役割を果たすのが、日本の技術系スタートアップへの投資と、投資先の海外進出の際に必要となる人材採用・課題解決をハンズオンで行う「Global Hands-On VC」(以下GHOVC/ゴーブイシー)である。
今回は同社の共同創業者の2人、米国で海外投資家を中心に100億円を資金調達し、日本では政府系ファンドでも成功を収めたVC歴23年の安永謙と、シリコンバレーのシリアル・アントレプレナーとして知られるシュリ・ドダニに、彼らが手がける日本のスタートアップエコシステムの進化について、話を聞いた。
岸田政権が国策として掲げた「スタートアップ育成5カ年計画」と「グローバル化推進」。
ただそれだけで日本のスタートアップに追い風が吹くものだろうか。米国、日本の双方でベンチャーキャピタルとして23年の経験を積んだ安永謙が、まず指摘したのは、ここ10年のスタートアップを取り巻くムードの変化だった。
スタートアップへの企業投資が10年で10倍に
「最大の変化は、起業家の質が変わったことです。アイデア先行や現場叩き上げタイプだけでなく、マッキンゼーやゴールドマンサックスなどの外資系大手で活躍した、いわゆる“キラキラした”キャリアのもち主が挑戦するネクストステップとしても、スタートアップが注目され始めています。彼らがお金を呼び込むドライバーとなって、スタートアップのマーケット規模はおよそ10倍にまで膨れ上がりました。1回のラウンドで動くお金の規模も当然変わっています。2012年時点で10億円以上のファンディングをした企業は5社程度。しかしいまは190社を越える企業が出資している状態です」
安永は「日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)」で、グローバル部会長を務めていることもあり、市場の資金の流れには敏感だ。現在、大企業が保有する数兆円のキャッシュの一部がすでに、コーポレート・ベンチャーキャピタルとしてスタートアップに投じられていると、彼は説明する。
「自社技術をスピンアウトさせて、市場(外部資金)で育てるプログラムも増えています。逆に外部技術を自社に取り込むスピンインも加速している状況です」
そうして活性化した市場は、海外からの注目も集め始めている。アジアの地政学的な不安を背景に、日本が政治的に安定しており、米国に近い立場をとり、特許も遵守することが評価され、中国マネーを中心に資金が流入しているという。また、ウォーレン・バフェットが“日本買い”を表明したことも、流れに拍車をかけたと安永は指摘する。
そのうえで岸田政権が、国策としてスタートアップ育成を推進しているのだから、日本市場が人気を集めるのは当然かもしれない。では政府の支援は市場にどのような影響を与えているのだろうか。
「大学のリサーチ部門から始まり、ファンド投資、海外コネクション、大企業が買収するときの税負担減、海外起業家へのビザ発給など、JVCAと協働しながら、単に国策としてお金を出す以上の取り組みを実行していることは、素晴らしいと思います」
ただ、これだけの環境・支援策を得ても、日本のスタートアップの可能性はまだ発揮し切れていないと、安永は言い切る。その根底には、米国にいた当時、彼が抱いた思いがあった。さまざまな国の人々が素晴らしいアイデアとともに起業し、ユニコーンとなっていく。ただそこに日本人の影はほとんど見えない。
「10億ドル(約1,400億円)以上の評価額をもつユニコーン企業が、アメリカには1,000社以上ありますが、日本では10社前後しか育っていません。日本人の自分としてはそれが悔しかったのです。当時の“日本がんばれ”と強く願った気持ちが、GHOVCの根底にあるのです。日本人として、日本で成功するまでは本当の成功とは言えない、そんな気持ちでした」
日本のスタートアップがユニコーン企業となるための障害、それは国内需要だけでは成り立たないということだ。だとしたら世界のスタートアップ事情を知る自分が、貢献できる部分があるのではないか。
「ユニコーン企業からビッグリターンが生まれると、“私にもできるのではないか”と思う人が続々と起業し、産業を活性化し、日本経済の発展へとつながっていく。そうした好循環の原点となる、ユニコーン企業を日本でつくり出すことができれば、日本の産業に対する貢献になると確信したのです」
GHOVC ファウンダー/マネージングパートナーの安永 謙
日本にユニコーン企業を生み出すGlobal Hands-On VC
GHOVCが提供するのは、グローバルで活躍可能するために必要なノウハウだ。安永はGHOVCを始めるにあたって、より幅広い成功技術を提供できる人物に協力を得ることにした。そのなかで声を掛けた1人が、共同創業者として名を連ねるシュリ・ドダニだった。
ドダニは米国シリコンバレーで数々のCEOを歴任してきたカリスマ的存在で、シリアルアントレプレナーとして広く知られる人物。19歳で大学を卒業後スタートアップ企業のエンジニアとなり、欧州、アジアで働き、米国に戻って半導体、システムなどの技術系のスタートアップを6社、成功に導いた。
彼が創業社長となった半導体スタートアップは、創業からわずか2年でIntelから5億5千万ドルで買収され、その後創業メンバーとなった会社はWestern Digitalに6億9千万ドルで買収されるなど、輝かしいExit実績をもつ。セコイアからも2回投資を受けた経験がある彼は言う。
「大企業が25年かけるところを2年で行う。それがスタートアップです。大切なのはWHAT(提供できるもの/テクノロジートドリブンか、マーケットドリブンか)、WHY(起業へのパッション)、HOW(効率・スピード、プロダクトをどのようにつくり、売上げを出すか)の3つです」
ドダニが特異なのは、起業を一回だけで終わりにせず、何度も成功に導いてきたことである。
「一度ビジネスを成功させると、利益を提供した人や関わった友人が、新たなビジネスの種を見つけたときに連絡してくるのです。そこに新たな情熱を見いだすと、モチベーションが生まれます。私にとってはお金の問題ではなく、一度しかない人生で何を成し遂げ、楽しむのかが重要なのです」
ドダニと出会ったときのことを、安永が説明してくれた。
「シリコンバレーのど真ん中にいる起業家、それが彼でした。起業家から大企業のプロジェクトマネジャーまで、彼のネットワークは計り知れないほど広い。最初は投資先のCEOとして出会いましたが、シュリの経営者としての才能にとことん惚れ込んでしまったのです。そんな彼がGHOVCのアイデアを気に入った。そこからすべては始まりました」
ドダニも当時を振り返る。
「謙(安永)の話を聞いて、日本がグローバルのスタートアップ市場のなかで成功を遂げられない訳がないと感じました。国力に比例して、十分なユニコーン企業を生み出しているとは、到底言えない。彼の情熱が伝わり、私の中にモチベーションが生まれました」
安永とドダニはがっちりと握手した。さらに彼らのもとに、オラクル、セールスフォースの日本法人を成功に導いたアレン・マイナー、DEC・Microsoft・Googleなどで開発を手がけたエンジニア組織とプロダクトづくりの専門家である及川卓也、スタンフォード大学に在籍するテクノロジーマネジメントの世界的な専門家であるリチャード・ダッシャーらが駆けつけた。
まさに国際色豊かな起業アベンジャーズ。彼らのノウハウを総動員して、日本のスタートアップの成長を助ける体制、GHOVCが誕生したのである。
GHOVCのハンズオン支援とは?
ではGHOVCは実際にどのようにスタートアップ企業を支援していくのか。その特徴的なスタイルは、“ハンズオン”だと、安永は表現する。「事例としては、AI、特にディープラーニング事業を行う日本企業・アベジャ(ABEJA)で行った、経営陣との壁打ちに始まる支援がありました。安永が前職で出資した16年当時、同社はAI事業を行っていましたが、SaaSでソフトウェアを提供するだけでは、顧客のニーズにしっかりと対応できていない状態でした。
そこで、設計・開発・構築・運用・改善までのプロセスを提供できるプラットフォーム企業としての方向性を打ち出した経営陣を支援し、さまざまなアプリケーションに活用できるAIプラットフォームへの経営資源の集中を推進していきました。
その後安永は同社の経営陣と共に、AI用半導体としての存在感を高めていたエヌビディア(NVIDIA)からの出資を誘致し、Googleからの出資受け入れにも関与しています。これら海外のBig Playerからの技術信用力を武器にプラットフォーム企業への変遷を果たし、アベジャは23年6月に上場するまでに成長したのです」
数多の経験をもつスペシャリストの知見を、ハンズオンでスタートアップ企業に提供することで成功の確度を上げるGHOVC。
「米国でもバーティカル領域でのAI SaaSでは顧客のニーズに応えきれず、マーケットへの浸透速度が遅い。ABEJAのようなプラットフォームの重要性はさらに増してくる。次の課題は、プラットフォームの開発ノウハウを現場で実行可能なかたちに変換して提供することだ」と言うドダニ。
「企業を育てる。米国では常識ですが、日本ではまだあまり普及していない考え方です」
そんな彼に、さらに成功の確度を上げるなら? と聞いてみる。
「はじめは小さな成功でも構いません。複数回トライしていくことでスキルが身につき、大きな成功につながっていくからです。むしろそのパッションを保ち続けることのほうが難しいかもしれません」
GHOVC ファウンダー/マネージングパートナーのシュリ・ドダニ
“スタートアップが循環”する世界を生み出したい
スタートアップ企業を育成していくケーススタディを厚くしていくこと、それが現時点でのGHOVCの重要な役割だと語る安永。彼に将来展望を聞いてみた。「日本のスタートアップの強化・発展を促すことで、“スタートアップとVCが循環”する世界を生み出したいと思っています。
昨日までVCやマーケターだった人がある日、事業を起こす。そのための人材が国境を越えてつながっていく。チャレンジをして成功、もしくは失敗した起業家がVCとして、新たなチャレンジをする起業家へ資金を投入する。これが循環です。
チャレンジは未知数です。だからこそ、さまざまな文化やキャラクターの人々が錯綜しながら、新たな多様性の市場を生み出していく。これこそサステナブルな思考なのではないでしょうか。私たちのVCも新しい挑戦をします。新たな風で、未開拓で困難な道だと思ったからこそ、これだけのグローバルの専門家が結集しました」
ドダニが言及したのは、マインドセットの部分だ。
「会社をつくるサポートをして、その後のリターンを得る。決してリターンを先にビジネスを考えてはいけません。なぜなら顧客を喜ばせることも、重要で大きなサクセスなのですから」
最後に安永に、GHOVCがなぜ、世界のスペシャリストを引き寄せたのか、聞いてみた。
「それぞれ別の国籍やキャラクター、得意分野をもった5人が、お互いをリスペクトしながら喧々諤々の議論を楽しんでいる。日本のスタートアップがよくなればいいというパッションをもち寄って。その実現のためなら労を惜しまない。
そこには純粋な未来への期待が溢れているのだと思います。だからノウハウを提供するスタートアップも、私たちも、成功しないはずがないのです」
安永 謙(やすなが・けん)◎GHOVC ファウンダー/マネージングパートナー。1990年、日商岩井入社。その後米国でVCを共同創業し、海外投資家から資金調達。INCJベンチャー投資マネージングディレクター、半導体スタートアップのCFOを経て現在に至る。内閣府・文科省・経産省のStart-up関連委員を歴任。
シュリ・ドダニ◎GHOVC ファウンダー/マネージングパートナー。19歳で大学卒業後、スタートアップでキャリアを積み、数々のテック系ベンチャーのCEOを歴任。シリコンバレーのシリアルアントレプレナーとして知られ、成長に寄与した会社の企業価値は合計30億ドル以上。
Global Hands-On VC