今回は、サスメドのCEO上野太郎氏を迎え、取締役副社長の田中亮と経営企画本部ヘルスケア事業部責任者の堀清貴の3名で、両社が描くヘルスケアの未来について語り合った。
サスメドが目指すのは、ICTを活用した「持続可能な医療」。そしてJINSは、「Magnify Life」のビジョンに基づいて「見る」分野に止まらずに「より多くの人の生活をより良いものにする」ことを目指す。垣根を超えてより良い道を模索する両者の目線がいま交わる。
「不眠症治療用アプリ」が製造販売承認を獲得
上野:私たちの社名「サスメド」は「持続可能な医療」を指す英語の「Sustainable Medicine」から名付けています。私は精神科の医師として患者さんと向き合ってきましたが、日本の医療は「持続可能ではない」という危機感が拭えません。特にコロナ禍で注目された医療従事者の自己犠牲で成り立っている現場のあり方に大きな疑問を覚えてきました。こういった現状に対し、サスメドはICTで医療の効率化をはかり、医療従事者にも患者さんにも貢献するというビジョンを掲げてきました。
私たちの代表的なプロダクトは医療機器である「不眠症治療用アプリ」です。日本における不眠症の治療は睡眠薬が主流ですが、実は医療従事者の多くは不眠症の患者さんに睡眠薬処方は極力控えるべきとしているのです。
サスメド代表取締役 上野太郎
田中:睡眠薬処方がなるべく避けられているとは知りませんでした。なぜでしょうか?
上野:大きな理由として、やはり依存性など睡眠薬の副作用の問題があげられます。世界中のガイドラインでは非薬物療法として認知行動療法が推奨されており、本来は「薬に頼らない治療」が優先されるべきとされています。ですが実際の医療機関では非薬物療法の十分な時間がとれず、睡眠薬の処方に頼らざるを得なくなっているという現状があります。
例えば対面で認知行動療法を行うと、一人あたり約30分は必要になります。それに比べ睡眠薬は薬を処方するだけの “3分診療”で済む。時間と労力が10倍近く違うため、多忙な医療現場の現状を考えると睡眠薬治療が主流にならざるをえなかったという背景があります。弊社では本来優先されるべき認知行動療法を実現しながら、患者さんと医療現場の負担をできる限り減らすアプリを開発し、2023年2月に厚生労働省より医療機器製造販売承認を取得しました。
田中:治療はアプリ単独ではなく、医師との対面診療との組み合わせなのでしょうか。
上野:はい。治療用アプリはあくまで医療機器ですので、医師が薬の代わりにアプリのアカウントを“処方”して初めて使えるものとなっています。一方で医師に処方された後は、患者さんは自宅にいながら治療を受けることができるものとなります。不眠症治療用アプリでは患者さんとのやりとりをアルゴリズムに則ったチャットを通じて行い、患者さんの状態に応じて日々の認知行動療法を実施します。
患者さんのアプリによる治療状況は医療機関に共有され、医師は月1回の対面診療の際に治療履歴のデータをもとに最適な治療を進めていくことができるというものになっています。病院に行かず医師とオンラインで話すという遠隔診療のアプリではありません。それでは結局医師の時間が取られてしまいますから。ガイドラインの推奨する認知行動療法により不眠症治療ができるということに加えて、以前は診察のタイミングでしか知ることができなかった患者さんの情報がアプリ経由で医療機関が確認し治療に役立てられるという、過去にはなかった治療の形になります。
堀:医師はデータを確実に管理・収集でき、患者は薬に頼らず自己啓発で治療ができる。お話を聞いていると非常に理に適っている仕組みですね。
田中:医療従事者の時間と労力をアプリに“外注”する点は興味深いですね。ジャストアイデアですが……、例えばメガネを販売するJINSの店舗では医療行為としての「診断」は法律で禁じられています。ですが視力測定中にお客様の「見え方」に違和感を覚えた際に適切な医療機関を紹介できれば、弊社でも医療現場の負担を減らすサポートができそうだと思いました。
上野:おっしゃる通り患者さんの多くはまず「病院にかかる」という点にハードルの高さがあります。生活に支障が出るほど症状が悪化してから病院にかかる方が非常に多い。風邪の症状であれば自分で薬局に行ってOTC医薬品(市販薬)で済ませるケースも多いですが、眼科の分野では目薬等のOTC医薬品で根本的な治療は難しいでしょう。眼科へ行くハードルを下げる仕組みは患者さんにも医療機関にも必要といえるかもしれません。
堀:いま日本眼科啓発会議では国民に対して「アイフレイル」の啓発が行われています。『加齢に伴って眼が衰えてきたうえに、様々な外的ストレスが加わることによって目の機能が低下した状態、また、そのリスクが高い状態』を指すものですが、早期発見のための眼科受診を勧められています。JINSは国内では年間約600万本のメガネを販売していますが、将来もし弊社で医療機関との連携、眼科への適切な紹介が実現できれば、疾患の早期発見につながるかもしれません。
ジンズホールディングス経営企画本部ヘルスケア事業部責任者 堀 清貴
「子どもの近視」にアプローチし、早期ケアを目指すJINS
田中:弊社も創業のきっかけからお話します。創業者の田中仁は、韓国で販売されていた格安メガネを見つけ「日本でも実現できるのでは」とビジネスを立ち上げました。当初はヒットし業績も伸びたのですが、徐々に類似ブランドが立ち上がり、差別化に苦しんで事業が低迷していた時期もありました。そんなとき、ユニクロの柳井社長(ユニクロ代表取締役会長兼社長)と話す機会があり「あなたは何のために事業をしているのか?」と尋ねられたことが、大きな転機になったそうです。売上よりも、「何のために事業をやるのか」「自分たちに何ができるのか」と立ち返った結果、「人々の人生を拡大し豊かにする」という意味の「Magnify Life」の考え方が生まれました。
当時まだ私は入社していませんでしたが、「Magnify Life」のビジョンが生まれる前後で会社は大きく変わったと聞いています。売上重視の考え方から「お客様の生活や人生をよりよくするには」という視点に変わり、生まれる製品や活動が広がったと。「Magnify Life」のビジョンがあったからこそ、ブルーライトをカットするPC用メガネや、スマホアプリと連携して視線の動きやまばたきの回数から心身の健康状態を可視化するJINS MEMEというプロダクトが生まれました。
ジンズホールディングス取締役副社長 田中 亮
堀:私は元々製薬企業の出身で「より現場に近く、事業を持つような責任ある仕事に携わりたい」と思っていたときに縁あって昨年JINSへ入社し、ヘルスケア事業部の立ち上げに携わりました。ジンズとして最近のヘルスケアに関連する製品としては目にいいと言われている光、バイオレットライトを透過するレンズ、「バイオレット+」を開発し、販売しております。そして現在、まだ事業化には至っていませんが、このバイオレットライトを活用した、近視進行抑制メガネ型医療機器の開発にも着手しています。
バイオレットライトは、太陽光に含まれています。一方、室内では多くの窓ガラスは外からのバイオレットライトを遮断しています。しかし、このメガネではバイオレットライトを室内でも照射することができるので近視進行の抑制に繋がることが期待できます。近年「2〜3時間の外遊び」が難しいお子さんが多いため、室内でも光を浴びられるようにするというコンセプトです。近視は子どもの成長期に特に進行するとされているため、学童向けの医療機器となっています。ただ、あくまで近視進行の「抑制」であり、患者さんからすると治療の実感がないため、保護者を含めての啓発が非常に重要となります。
バイオレットライトを選択的に透過するレンズ「VIOLET+」として販売されている
上野:子どもの健康へのケアやアプローチは私も非常に重要だと感じますし、サスメドでもぜひ取り組んでいくべき分野だと思っています。また、私はもともと精神科医のバックグラウンドがありますので、メンタルケアにフォーカスしたJINS MEMEは非常に面白いと感じました。
田中:そうだったんですね!私自身、瞬きの回数や視線の動きひとつとっても「メンタル状態って目に現れるな」と普段から思っていまして。
上野:サスメドでも大学の研究機関と共同で、iPadやスマートフォンを使って視線の動きを計測し、患者さんの症状評価ができないかと研究しております。それはあくまで「見る」動作のみでしたが、JINS MEMEならば常に目の動きを計測できるので、すごいですね。
田中:実際に試していただき、ぜひ研究にご活用いただきたいです!
コロナ禍がヘルスケアイノベーションを生み出す追い風に
上野:弊社では不眠障害だけでなく、ガンや腎臓病の患者さんに向けた治療用アプリの開発にも取り組んでいます。不調の原因や「困っていること」は疾患によって違うので、それぞれの疾患に対する治療やリハビリをアプリとして開発しています。このように何かひとつ事例が生まれると「同様のボトルネックはないだろうか」と次の開発に繋がりやすいですね。実際にプレイヤーとして実践することで、新たな発想や課題の発見につながっていくことを実感しています。堀:ボトルネックといえば、ヘルスケアのイノベーションを進める際にどのようなハードルがありましたか? アプリ開発にチャレンジされてきた上野先生にぜひお聞きしたいです。
上野:不眠症治療用アプリは、アプリが医療機器として承認されている事例が全く無い中で開発を始めたため、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構:医薬品や医療機器などの品質、有効性および安全性について、治験前から承認までを一貫した体制で指導・審査を行う)との議論に非常に時間がかかりました。その際、先ほどお話しした睡眠薬過剰処方の問題や医療現場としてあるべき姿など、開発の意義を根気強くお伝えしてきました。
そしてコロナ禍で「日本の医療DXがいかに遅れているか」が政府としても課題になったことも、我々の追い風となりました。医療現場だけに負担を押し付けるのではなく社会として医療の課題をいかにDXで解決すべきか。コロナ前後で大きく論調が変わったと感じます。結果、承認まで7年ほどかかりましたが、通常10年以上を要する医療品の新薬開発に比べ、短期間だといえるでしょう。
一方で、治験コストの高さは私たち自身も課題として実感したことから、ブロックチェーン技術を活用した治験効率化という他の事業も現在展開しております。新しい治療法の開発で必要になる治験のハードルを下げることでも、医療全体に貢献していければと考えています。
堀:ひとつの時代の流れを感じますね。私自身は今までどちらかというと発売前後に関わるマーケティングとメディカルアフェアーズ(Medical Affairs:MA/医療現場や疾患領域のニーズを発掘し充足するための組織)の仕事をしており、開発のためのPMDA交渉には携わってきませんでした。PMDAとの関わり方で意識されることがあれば、ぜひ勉強させていただきたいのですが。
上野:当局は規制する側なので、どうしても前例主義になりがちです。例えば御社の場合は「近視を改善する」コンセプトは目新しいものだと思いますので、受け入れられるために企業だけではなく医療者から「患者さんに“資するもの”である」という声を届けるのは重要だと思います。私の場合は医療者として患者さんを見てきた経験も考慮されたのかもしれません。
根底を流れる「ビジョン」こそ、イノベーションの支えとなる
上野:新たな開発には「この機器がいかに資するのか」という説明が非常に重要で、その時に組織が掲げるビジョンが大きな役割を果たすと思います。御社の「Magnify Life」に表されるように、見えるだけに止まらず、ユーザーの生活に資するというコミットメントは大きな社会的意義があり、開発者としても心強いのではないでしょうか。私自身は、医療現場で感じた課題が全ての原点です。睡眠薬を大量に処方された患者さんを紹介され、一方で医療従事者は一人ひとりに多くの時間を割くことが出来ず、仕方なく睡眠薬を出してしまう現状がある。その実態を医療機器である治療用アプリで打破できるのではと思い付き、現場目線で課題を感じた以上、自分自身でチャレンジするべきだと考えました。
田中:JINSは「Magnify Life」のビジョンに基づいて「見える」以外の分野にも取り組んでいます。発想の起点に「生活を良くするために、何から目を守るべきか?」という考えがあり、様々なプロダクトに発展していきました。
堀:特に、アカデミア分野との産学連携はJINSの特色であり強みだと思います。医療現場に身を置く先生方からアイデアをいただき、エビデンスを取りながら形にしてゆく。ブルーライトカットレンズの開発当時、アカデミア分野と連携して開発している企業は当社以外はなかったのではないでしょうか。「情報の80%は視覚から得ている」といわれるほど、目は大切な器官。私たちはそこに対してアカデミアと連携して最大限「人生をよくする」ためにできることはないか引き続き考えていきたいと思います。JINSヘルスケア事業部としても、近視以外の幅広いヘルスケアや医療機器を展開し、社会に貢献できるよう尽力していきたいですね。
田中:JINSが掲げるサステナビリティ目標のひとつにはヘルスケアも含まれていて、「近視をなくす」がそれに該当します。「メガネ屋が近視をなくそうとしている」と言うと矛盾しておかしく聞こえるかもしれませんが、これも「Magnify Life」の考え方。「目」や「見る」ことを通して、世界中の人々に驚きとよろこびを届けるために、会社として本気で取り組んでいくべきことだと考えています。
上野:私たちとしてもやはり「持続可能な医療」に貢献できているかどうかは非常に重要です。データを通じて患者さんの治療を最適化し、新しい医療技術を医療現場に届けていくためにデジタル技術を活用していく。弊社の技術をインフラとして貢献できていたらと思います。
今ある医療技術や医療機器、医薬品も過去に誰かが開発したものであり、私たちはそれらに助けられている。自分も当事者となって技術を前に進めるのは必然なのです。今後も挑戦し続けます。
JINSのイノベーティブな取り組みを特集した特設LPが公開中!
上野太郎◎サスメド代表取締役。2006年東北大学医学部卒業後、都立広尾病院にて初期研修修了。2012年熊本大学医学教育部博士課程修了。2015年サスメド株式会社を設立。臨床現場での経験を元に、不眠症に対する認知行動療法のアプリを開発。2023年「不眠症治療用アプリ」が医療機器製造販売承認を取得。
田中亮◎株式会社ジンズホールディングス取締役副社長。1985年群馬県生まれ。2008年慶應義塾大学経済学部卒業。みずほ銀行を経て、2011年3月ジンズホールディングスの完全子会社株式会社フィールグッドに入社、翌年事業部長に就任し、2016年、組織改革により黒字化する。2017年4月、株式会社ジンズ(現株式会社ジンズホールディングス)入社。経営ブランド戦略本部長を経て、2020年12月執行役員に、2021年11月取締役に就任し、商品改革と顧客体験改革に着手。2022年12月取締役副社長に就任(現任)。
堀清貴◎株式会社ジンズホールディングス経営企画本部ヘルスケア事業部責任者。前職では製薬企業にて営業・マーケティング・メディカルアフェアーズ領域に20年以上従事。慶應義塾大学医学部発のベンチャー企業との協業により、世界初となるバイオレットライトを使った近視進行抑制メガネ型医療機器の開発に着手。2022年に治験を開始し、製造販売承認取得を目指す。