そこで、本稿では、プロジェクトマネジメントの標準化を目指して1969年に米国で設立された組織Project Management Institute(以下、PMI)のアジア太平洋地域リージョナル マネージング ディレクターのソヒュン・カン(以下、カン)および、PMI日本支部会長の端山毅(以下、端山)に、PMIの取り組みやプロジェクトマネジメントおよび関連資格の重要性、世界的な動向について話を聞いた。
新しいスキルと働き方で影響力を最大化する
プロジェクトマネジメントといえば、主にIT関連の業界で使われる管理手法というイメージを抱く方も多いだろう。しかし現在では、製造業や建設業などさまざまな業界で用いられている。このように、各業界で需要が高まっているプロジェクトマネジメントのさらなる普及を目指し、関連資格の提供や各種イベント・セミナーの開催などを行っているのがPMIだ。PMIでは、プロジェクトマネジメントの標準的な知識体系である「PMBOK」の策定をはじめ、「PMP」「CAPM」「ACP」といった各種資格の認定、各種イベント・セミナーの開催などを行っている。2023年5月現在の会員数は67万人以上、認定資格保有者は150万人以上と、プロジェクトマネジメント関連の団体としては世界最大規模を誇っている。1998年には、会員ボランティアの主体的な活動で成り立つPMI日本支部が開設された。
カンはPMIの役割について、「プロジェクトマネジメント関連のスキルは、イノベーションを通じて社会の変化を推進し、社会全体に影響を与え、より大きな価値を提供してくれるものです。そこでPMIでは、皆さんのキャリアアップや組織を成功に導くためのサポートとして、新しいスキルと働き方で影響力を最大化できる最良のプラットフォームを提供することが使命だと考えています」と語る。
PMIのアジア太平洋地域 リージョナル マネージング ディレクター、ソヒュン・カン
世界的に高まるプロジェクトマネジメントの重要性
世界的にプロジェクトマネジメントの需要が高まっている背景について、カンは「主な要因としては、『PMIグローバル・メガトレンド2022』でレポートされている“DX/気候変動/人口動態の変化/経済の変化/労働力不足/市民平等運動”の6つが挙げられます。こうした時代の変化を受け、企業にも大きな変革が求められた結果、プロジェクトマネジメントの需要が高まっているわけです。実際、ビジネス変革とデジタル変革の融合によって、ビジネスの未来は人々の想像よりも早く変化しています。そのため、組織は新しい働き方を採用したり、データから新たな価値を生み出したりと、前例のない変化に取り組む必要が出てきました」と語る。PMIが2021年6月に発表した「PMI人材ギャップ・レポート」によると、世界的な経済動向を鑑みて2030年までに2500万人、人材ギャップを埋めるには毎年230万人の新たなプロジェクトマネジメントの専門家が必要になるそうだ。
実際、企業がビジネス活動を円滑に推進していく上で、欧米ではMBAと同等の重要性を持つといわれることもあるほど、プロジェクトマネジメントの認知度が高まっている。当然ながら、PMPやCAPM、ACPなどのプロジェクトマネジメント関連資格に対する意識も非常に高い。ビジネスが複雑化していることも影響し、近年ではさらなる増加傾向にあるという。
プロジェクトマネジメント関連のスキルや資格を取得することは、企業だけでなく個人にもメリットがある。
たとえば給与面では、PMIが2021年11月に発表した「プロジェクトマネジメント給与調査」によると、PMP認定資格取得者の給与中央値は、非取得者と比べて40ヶ国平均で16%高いという結果が出ている。海外の大手企業では、PMP認定資格取得が昇進の条件に含まれているケースも見られるそうだ。
一方で日本は、終身雇用と年功序列が当たり前だった頃の名残があり、海外企業と比べるとまだPMP認定資格取得による給与面のメリットは少ないかもしれない。しかし、ビジネス環境が目まぐるしく変わり続けている現在、さまざまな変化へ柔軟に対応できるようになる、そして転職を考えた際もライバルに対して大きなアドバンテージを持てるという意味でも、プロジェクトマネジメント能力を身につけておくことは極めて重要といえるだろう。
日本はアジア太平洋エリアで最大の成長市場
日本国内において、プロジェクトマネジメント関連の取り組みはどのような状況にあるのか。この点について「中国を除いたアジア太平洋エリアの認定資格保有者13万4000名に対して、日本の認定資格保有者は4万3000名と、現時点で30%以上に達しています。しかも、PMP申請数は年間約5%の増加率を示しているなど、日本はまさにアジア太平洋エリアで最大の成長市場といえるでしょう」と語るカン。さらに「日本には、日立/NEC/富士通/日本IBMなどの戦略的アカウントおよび、大規模なPMP保有者の雇用主であるNTTデータもあります。加えて、米FORTUNEが2022年8月に発表した『Fortune Global 500』には日本発のグローバル企業が47社含まれており、これはアジア太平洋エリアで中国に次ぐ多さです。このような日本自体だけでなく諸外国をも牽引していける影響力の大きい企業の存在、そして多国籍プロジェクトでの成功が求められる状況において、プロジェクトマネジメント関連の取り組みが強化されつつある日本は、PMIにとっても非常に重要な位置づけといえます」と続けた。
こうした期待に応えるべくPMI日本支部でも、プロジェクトマネジメントに関する最新の研究活動が集められた同支部最大のイベント「PMI日本フォーラム」、日本国内および日本企業・団体による優れたプロジェクトを表彰する制度「PM Award」といった各種イベントやワークショップを開催。プロジェクトマネジメントに関する情報共有の場を提供するとともに、PMI出版物のローカライズなどを通じて、会員が自身のスキルを向上できるようサポートしている。
PMI日本支部会長を務める端山は「創立25周年を迎えたPMI日本支部は、会員数が2023年3月時点で5800名と、世界で2番目に大きい支部にまで成長しました。その活動は数多くのボランティアメンバーおよび、各種法人・行政機関・教育機関などの支援によって支えられています」と語った。
PMI日本支部会長の端山毅
このような活動が実を結び、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が世界中に波及する中で、会員数を伸ばした数少ない支部のひとつがPMI日本支部だったそうだ。
スキルの継続的な向上を目指して
日本の現状について、カンは次のように語る。「企業のDX化が本格的に進まない日本では、2025年から非常に高額な経済損失が生じるという『2025年の崖(2025 Digital Cliff)』問題が話題となっています。その要因として、デジタル化の遅れ、人材育成やリスキルの必要性などが挙げられますが、これらを解決するためにもプロジェクトマネジメントの能力は必要不可欠といえるでしょう。今こそDXをリードする立場になる必要があるのです。」
さらに個人に対しても、「今後の需要に備えるという意味でも、スキルの継続的な向上は欠かせません。スキル向上には大きく2種類の方法があります。まずひとつめは、PMPなどの資格取得によって継続的に学ぶこと。そしてふたつめは、コミュニティへの加入によって情報のアンテナを張り巡らせることです」とアドバイスする。
PMI日本支部では、プロジェクトマネジメントに関する最新情報の提供を目的に「PMI日本フォーラム」を定期開催している。今年も、多彩な招待講演などを取り揃え、2023年7月8日~8月31日にかけて開催する予定だ。同フォーラムの開催を前に、端山も熱意に満ちた表情を見せる。
「多様な文化的背景を持つ人々が、国境を越えて協力するようなケースが増えている現在、プロジェクト管理の開発・推進をサポートするPMIの幅広いナレッジを通じて、社会に貢献できる場面も増加しています。PMI日本支部では、今後もPMI本部との緊密な連携を保ちつつ、プロジェクトマネジメントの実践者同士が交流・学び合う機会を提供し、互いに励まし合いながら各種課題の解決に貢献できるよう取り組んでいきます。より多くの方々に私たちの活動内容を知っていただけるよう、各種イベントなども開催していますので、ぜひお気軽にご参加ください。」
Project Management Institute
PMI日本支部