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「パーパス×テクノロジー」は企業に何をもたらすか-JTとPwCコンサルティングが考える「心豊かな」未来とは

専売公社を経て、1985年に誕生した日本たばこ産業(JT)。積極的な海外展開や医薬・食品分野をメインに成長を続けてきたが、近年の生活者の嗜好変化やウェルビーイングを志向する社会背景を受け止め、大きな変革のタイミングを迎えている。

今回は、JT代表取締役副社長の中野恵氏と、同社執行役員で2020年に立ち上げたコーポレートR&D組織「D-LAB(Delightful Moment-Laboratory)」を率いる大瀧裕樹氏に、その変革の現在地について聞く。

PwC コンサルティング合同会社からは、執行役員パートナーの藤井大地氏と、上席執行役員 パートナー兼、Technology Laboratory所長である三治信一朗氏が同席。2社の対話から、「パーパス×テクノロジー」によって描き出されるビジネスの未来が見えてきた。

いま、あらためて考える、パーパス経営の重要性

──JTは2023年2月に「心の豊かさを、もっと。」というパーパスを策定しました。まずは、込められたメッセージや策定の背景を教えていただけますか。

中野:近年、社会環境が急激な変化を遂げています。生活者の嗜好や考え方が変わり、同時にテクノロジーが飛躍的に進化しています。グローバルで事業を展開するJTにとって、このような中で生き残るにはどうすればよいかを根本的に考え直す時が来たのです。そこで約3年に及ぶ社内議論を経て、「心の豊かさを、もっと。」というパーパスにたどり着きました。

議論の中心になったのは、これから先にどのような事業を行っていくか。特に現在のメインであるたばこ事業のあり方です。10〜20年のスパンで考えれば事業成長は可能だと思うのですが、30年後の未来にも持続的に成長しているかと考えると、疑問符が付いてしまう。そこで事業ドメインも含めて、JTはどこを目指し、何をしていくべきなのかを徹底的に考えることにしました。

当初は、いままでJTが社会に提供してきた価値を再認識することから始めました。さまざまな意見が出ましたが、皆がストンと腹落ちしたのが「心の豊かさの提供」。私たちは、たばこや医薬・食品などを通じて、ほっと一息をつく瞬間や仲間と笑い合う瞬間など、心豊かなひとときの創出に貢献してきたという自負があります。そして人々の心の豊かさを欲する思いは「いつの時代も」変わらないはず。その時代に必要とされるJTはどのような企業になっているのだろうか。たばこ、薬、食品、または別の何かで、心の豊かさを提供しているのではないだろうか。30年後のJTのありたい姿から、バックキャストして自社事業を考え直し、その変革のための全社共通の北極星として「心の豊かさを、もっと。」というパーパスを策定したのです。そこに込められた思いは、2009年に発表したコミュニケーションワード「ひとのときを、想う。」と共通しており、それをパーパスに発展・進化させた形です。

とはいえ、パーパスを設定したからといって、そのままJTの未来を左右する新たな事業がすぐに生まれるわけではありません。未来を担う新規事業を実現するためには、自分たちだけでバリューチェーンを完結しようといった自前主義的な仕事の仕方や、メンタリティーも含めて、全てを変える必要があると考えています。

藤井:人生100年時代を迎え、人々の関心はますますウェルビーイングへと向けられていきます。心の豊かさは、「生きがい」と言い換えてもよいでしょう。寿命が更に長くなることが予測される2050年断面の社会課題は「精神衛生の保持」となり、認知症予防といった脳の健康と心の豊かさの両面が不可欠になるのではないでしょうか。そのような世の中で、どのような新しい企業価値を生み出して人々や社会を支え、企業体として生き残っていくか。あらゆる企業が考えなければならない時代が来ていますよね。

2018年ごろから、日本でもパーパス経営が浸透してきました。ただ、パーパスとビジョンが混同されているケースも少なくありません。パーパスは「Why」であり、ビジョンは「What」。社会において何をする会社かを問われたとき、すなわち企業の存在意義に対する解がパーパスとなります。JTはそれを「心の豊かさを、もっと。」と明確に打ち出されたのですね。

たばこビジネス自体は成熟期にあるものの、グローバル規模で見れば今後しばらくは“シュリンクしない”ビジネスだと思います。JTグループとしては、社員数は国内よりも海外のほうが多いこともあり、喫緊の対応はグローバル連携にフォーカスを当てているのかもしれませんが、先を見越してパーパスを策定するとともに、30年後の未来を見据えた改革に踏み切ろうとしているわけですね。

(左)中野 恵 日本たばこ産業 代表取締役副社長、(右)藤井大地 PwC コンサルティング合同会社 執行役員 パートナー

D-LABとTechnology Laboratory―テクノロジーを扱う人間が肝に銘じておくべきこと

──自社の変革の一環としてJTは2020年に、コーポレートR&D組織として「D-LAB(ディーラボ)」を設立されましたね。

大瀧:はい。人々の嗜好の変化やテクノロジーの急速な進化により、社会の複雑性は増すばかりです。そしてこれまでの変化との違いは、その圧倒的な速度と角度です。加速度的に変化する社会に対して、長期視点で「心の豊かさ(Delightful Moment)」という価値を提供していくために、どの事業部にも紐づかない別組織という形で設置したのが「D-LAB」です。

キーワードは“生かされている”。もし未来においてJTが存在を許されるとしたら、社会からの期待の実現をはじめ、人々に何らかの価値を提供したい。そのような未来を切り拓くために、JTが提供してきた「心の豊かさ」という価値を起点に、外部の人材・企業と力を合わせながら、可能性を2倍にも3倍にも広げていける、そんな社会の一員でありたい――。急激に変化する未来を思考し、これまでのJTグループにはない手法での事業創造と組織運営にチャレンジするため、2013年に3名体制でD-LABの前身の活動はスタートを切りました。

現在D-LABは社員40名からなる組織へ拡大し、また、社外にもD-LABの活動に完全従事する30名の人材がおります。加えて、D-LABの活動に共感いただける多種多様な社外パートナーとともに、30年後の未来像(生かされているJT)からバックキャストして考える手法を取り入れ、さまざまな社外パートナーとともにプロジェクトを走らせています。なかには心とサイエンス、テクノロジーをどうつなげるかという脳科学関連の研究もありますし、素材や微生物、アートやデザインに関わるものもあります。それらをどのような形で人々に「心の豊かさ」として提供できるかが、いまの課題です。

三治:脳科学については、私たちPwCコンサルティングも研究を進めています。次世代のテクノロジーを検証し、産官学の連携を加速する空間としてTechnology Laboratoryを2020年より設置しているのですが、そこではMRIによって測定できるBHQ(Brain Healthcare Quotient)という数値を用いて、脳の健康状態を測定する取り組みを進めています。これにより、脳科学のビジネス応用、ひいては脳の健康診断が当たり前の社会を実現しようとしているのです。

大瀧:面白いですね。先端テクノロジーの活用を通じて、人の心を豊かにする。そんな未来は遠くない気がします。

三治:はい。こうしたテクノロジードリブン、フューチャードリブンな取り組みを能動的に行うことは、テクノロジーの正しい活用の仕方を見出すことにもつながりますよね。悪用を防ぐためのルール形成、教育など、同時にやるべきことはたくさんあることに気づかされるのです。そして何より、テクノロジーを扱う私たち自身に高いリテラシーが必要であるということにも。

言ってみれば、JTや私たちは先駆者ではないでしょうか。よりよい社会をつくるという志を胸に、研究を進めていきたいですね。

(左)大瀧 裕樹 日本たばこ産業 執行役員 D-LAB担当、(右)三治信一朗PwC コンサルティング合同会社 上席執行役員 パートナー兼Technology Laboratory所長

業界なき時代に企業が成長するためのアクションとは

──VUCAの時代と言われて久しい昨今です。今後、企業の経営環境は具体的にどのように変化するとお考えですか。また、企業がそうした中でさらに成長するためには、どのようなアクションが求められるのでしょうか。

藤井:私は、既存の「業界」という概念が消失すると考えています。製造業を例にすれば、一定の製品をつくって売るだけでは価格競争に巻き込まれ、ビジネスとして成り立たせるのはもはや難しい。事業の多角化は至上命題であり、そこでは当然、異業種参入やコラボレーションがますます当たり前になるでしょう。

私はコンサルタントとして多くの企業の方々と接する機会がありますが、「近年の事業環境は厳しい」との言葉をよく耳にします。ただ、業界の枠や旧来の常識に囚われなければ、そこには多くのチャンスがあることに気づくはず。1人が取得できる情報が格段に増えているように、テクノロジーも果敢にチャレンジする企業を後押しするでしょう。

日々変わる環境に適応するのは困難を伴いますが、ひとたび対応できればきっと自社のもつ可能性の幅や深さに驚くはずです。そのためには、自社の提供価値を再認識し、社員をはじめとしたステークホルダーが立ち戻れる「Why=パーパス」を策定することが重要です。そしてその手段(How)として事業ポートフォリオを考え直すのです。

中野:藤井さんに同意します。私も産業分類の意義が日に日になくなっていると感じます。JTならば、たばこ製品の販売のみにこだわるのではなく、たばこによって実現する「心の豊かさの提供」にこだわること。たばこ以外の可能性も追求し、新たなJTに生まれ変わること。これこそが重要なのだと思います。

自分たちだけでできることは限られています。だからこれからもD-LABを中心に、業種や企業規模に囚われない協業を幅広く実現して、変わることを楽しみながら、社会に価値を提供していきたいですね。

藤井:揺るぎないパーパスのもとで、最先端のテクノロジーを活用していくこと。その中では、テクノロジーを何のために使うのかを常に問い、パーパスに根差した行動を続けていく。これこそが信頼の礎となり、30年後の社会に必要とされる企業に成長するのだとあらためて思いました。本日はありがとうございました。

中野 恵(なかの・けい)
1991年日本たばこ産業入社。たばこ事業本部M&S戦略部長、TSネットワーク代表取締役社長などを歴任後、2023年に代表取締役副社長・財務・Corporate Communications・ビジネスディベロップメント・D-LAB担当に就任。

大瀧 裕樹(おおたき・ゆうき)
1998年日本たばこ産業入社。経営企画部部長を経て、2023年に執行役員 D-LAB担当に就任。

藤井 大地(ふじい・だいち)
外資系コンサルティング会社、事業会社を経て現職。PwC コンサルティング合同会社 執行役員 パートナーとして、消費財事業部をリード。

三治 信一朗(さんじ・しんいちろう)
日系シンクタンク、コンサルティングファームを経て、PwC コンサルティング合同会社 上席執行役員 パートナーに就任。Technology Laboratory所長。

promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Roichi Shimizuphotographs by Shuji Gotoedit by Akio Takashiro

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PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。