そうした時代のニーズを受け、野村不動産はオフィスビル入居テナント向けサービスプラットフォーム「NOMURA WORK-LIFE PLUS」をスタートさせた。
同プロジェクトの仕掛け人である野村不動産の桑原利充(以下、桑原)と、ウェルビーイングを研究する予防医学博士・石川善樹(以下、石川)の対談を通して、同サービスが企業と働く人々の課題を解決する新たなソリューションとして期待されること、そしていまを生きる人々にとって、よりよい職場環境とは何かを考えていく。
いま注目される人的資本とウェルビーイング
2021年、政府が毎年発表する成長戦略実行計画の中に「国民がwell-beingを実感できる社会の実現」という一文が登場した。同年はウェルビーイング元年といわれ、ウェルビーイング経営に乗り出す企業が増加傾向にある。
そもそもなぜ、企業でウェルビーイングが重要視されるようになったのか。その要因について石川は、人的資本経営の観点から次のように解説する。
「近年、投資家が高い価値を持った企業を探す際、有形資産だけでなく、生産性を左右する無形資産である『人財』も重要視するようになりました。客観的なデータとして従業員の男女比や平均年齢といった中間指標などが注目されますが、さらに従業員のウェルビーイング度という主観性も大きな判断材料となっています。これは、従業員のウェルビーイング度が高いと生産性も高いというデータに起因しています。そのため、積極的に従業員の主観的ウェルビーイングを向上させようという企業が増えているといえます」(石川)
石川の話を受け桑原は、ある実地調査によりウェルビーイングに取り組もうとする企業の意外な実情を知ったと話す。
23年3月、野村不動産は企業の経営層、人事総務担当、一般社員の計2,009名に「企業の従業員支援に関する意識調査」を行った。
「人事総務担当に向けた『ワーク面、ライフ面それぞれの支援を強化する意向はあるか?』という設問に対し、『強めたい』という回答がワーク面は68%、ライフ面は58%と高いことがわかりました。一方で一般社員に対し『企業のワーク面、ライフ面の支援に満足しているか?』という設問に、ともに『満足している』と回答したのは30%台。
この結果から、企業側はライフ面の支援がワーク面に好影響を及ぼすというデータが出ていることなどを受け、従業員のウェルビーイングを高めようとする意志はあるものの、対応し切れていない現状が見えてきました」(桑原)
こうした企業課題に対応するため、桑原を筆頭とするチームによるプロジェクトが立ち上がった。それが、テナント企業の従業員のワークとライフの両面を「ビルを貸す側」がサポートする「NOMURA WORK-LIFE PLUS」だ。
テナント企業の全従業員に向けたサービスを提供する野村不動産の挑戦
「NOMURA WORK-LIFE PLUS」のコンセプトは、「働く人すべてに、WORKに+ LIFEに+。」。テナント企業の従業員がプラットフォームにアクセスすることで、フレキシブルワーク、ビジネスソリューション、スキリング、ウェルネスの4つのジャンルのサービスを受けることができる。例えば、働く環境に対するサービスとして、フレキシブルワークではサテライト型シェアオフィス「H¹T(エイチワンティー)」を特別プランで提供、ビジネスソリューションでは業務ツールなどを活用することでビジネス課題へのサポートが受けられる。
またスキリングでは、ビジネスセミナーや交流会などでスキルアップを促進、ウェルネスでは介護や育児といった相談の窓口やフィットネスジムの利用、ファミリーイベント開催などを提供していくという。
テナント企業の従業員のウェルビーイングを実現するために、野村不動産は初期費用・月額基本料金なしのサービスとして提供する。この新サービスに、石川は興味を示す。
「不動産会社が提供するサービスではないと感じますが、だからこそおもしろい。 なぜこのプロジェクトをスタートさせようと思ったのですか?」(石川)
「オフィスを借りていただく際、企業様は賃料や面積、立地などのハード面を重要視されてきました。しかしコロナ禍を経てリモートワークが当たり前になったことで、オフィスの存在価値が改めて問われるようになりました。
そこで我々は、ハード面だけでなく、いま求められているニーズを把握し、サービスを付加価値として提供することでソフト面を充実させていく必要があると考えました。オフィス戦略を超えたサポートをしながら長くお付き合いさせていただき、一緒に成長していきたいと考えています」(桑原)
「なるほど。直接的な利益を生む事業ではないからこそ、社内調整など大変だったのだろうと想像できますが、熱い想いを持った人がいたからこそ、実現することができたのだと思います。そもそも成功確率が高そうなことは他の誰かがやっている。しかし、イノベーションは、誰もやりそうにないことに取り組まねばならず、今回のような斬新なアイデアを実装できたことは敬意を表します」(石川)
働く人の活力を高める4つのサービス
「NOMURA WORK-LIFE PLUS」の特徴的なサービスについて、桑原は次のように語る。
「フレキシブルワークは、全国に265拠点(23年4月末時点)あるサテライト型シェアオフィス、H¹Tを特別プランでご利用いただけるほか、バーチャルオフィスであるovice(オヴィス)の利用も可能です。
スキリングでは、ビジネス動画の配信、ビジネスセミナー、従業員研修のサポートに加え、テナント従業員同士がつながりを持てる場として、異業種交流会といった越境学習も設けていく予定です。またウェルネスでは、フィットネスジム『メガロス』が月2回無料でご利用いただけるほか、育児や介護、趣味などのプライベートのお悩みも、ライフコンシェルジュがチャットでご相談にお応えします」(桑原)
ウェルビーイング研究の第一人者である石川は、これらのサービスをどのように分析するのか。
「そもそもウェルビーイングは、自分の生活に対する各個人の主観的な評価です。その評価基準も人それぞれですが、ウェルビーイング度が高い人に見られる項目の中に『話を聞いてくれる友人が社内にいる』『会社のことが好き』などがあげられます」(石川)
社会人になると利害関係のない友だちをつくることは容易ではない。石川によると、ある企業で行った調査では、9割以上の若手社員が『業務時間外であっても他部署の人と交流したい』と回答したという。
「この結果から、ドライな関係を望むと思われている若者でも、他者とつながりを持ちたいと思っていることがわかりました。『NOMURA WORK-LIFE PLUS』が提供するジムの利用や交流会などは、こうしたニーズに応える機会を与えることになりそうですね。
また、越境学習はウェルビーイングにとても効果的です。『他己紹介』と同じで、他企業に対して自社を紹介することは、自社のことを好きになっていく愛社精神へとつながります。自社のことを話すためには、自社を深く知る必要がある。そして自社のことを話せば話すほど、好きになっていくのです」(石川)
加えて石川は、若者、ミドル、シニアとそれぞれの年代で必要とされてきたキャリアやスキルにおいて、変化が生まれてきていると話す。
「20代の若手から60代のシニアまで、どの世代においてもスキル、キャリア、ライフのバランスが重要視されるようになったいま、このサービスは時代にマッチしているサービスだと思います」(石川)
ウェルネスのライフコンシェルジュサービスについても、画期的な取り組みだと石川は続ける。
「ちょっとした困りごとは解決しないまま放置してしまうことも多い。しかしそれが蓄積してしまうといずれ大きな問題となります。些細なことを相談できる人がいるかどうかは、ウェルビーイングの低下を防ぐうえでとても重要な要素の一つです」(石川)
「コンシェルジュには、悩みに応じて専門的な知識を持つ人材が対応します。あくまで第三者の関与になるため、会社に悩みごとが漏れるようなことはありません。安心してサービスをご利用いただける環境を整えることで、話しやすい、相談しやすいサービスを提供したいと考えています」(桑原)
人的資本経営の新たなビジネスモデルに
「NOMURA WORK-LIFE PLUS」は始動したばかりだ。今後はテナント企業のニーズを直接聴取できる立場を生かし、利用者の声を収集したうえで、サービスの追加やアップデートを図っていくと桑原は語る。「このサービスのポイントは、テナント企業の全従業員がサービスを受けられること。弊社のオフィスビルで働いている方のみを対象とするのではなく、福利厚生にも関わってくるサービスであることから、公平を期すためにすべての方々を対象にしています。また、初期費用・月額基本料金もかからずご利用いただけますので、多くの方に利用していただければと思っています」(桑原)
「長引く不況で日本人の多くは、将来の生活に対して不安を抱いています。そんな時代だからこそ、『ワクワクしているか』『笑顔でいられているか』『明日が楽しみか』といった主観を大事にする必要があります。もはや誰かが人生のレールを引いてくれることはなく、自分の心に聞いて自身で決断・選択をしていくのです。
だからといって、自分のことだけを考えている人は周囲からの信頼を失ってしまう。大切なのは自分自身の心と体の健康と同じように、周りをウェルビーイングにさせることができているのか、を考えること。こうした連鎖を生み出す環境をつくっていくことが企業にとって、そして社会にとって大切になっていくと思います」(石川)
「これまで経営層や従業員の方から、さまざまなお悩みをお伺いしてきました。例えば少数精鋭のベンチャー企業であれば、企業の成長とともに、ソフト面のさらなる強化が重要になっていくことが予想されます。今後の事業拡大を見据え、まずはこのサービスを利用していただきたい。今後も利用者の声をサービスに反映しながら、ウェルビーイングや人的資本経営のサポートができればと思います」(桑原)
野村不動産が打ち出した次世代サービスは、オフィスにおける従業員のウェルビーイングを向上させ、人的資本経営の新たなビジネスモデルの指針となりうるのか。今後の動向にも注目したい。
NOMURA WORK-LIFE PLUS ブランドサイト
https://www.wl-plus-web.com/
いしかわ・よしき◎予防医学研究者・医学博士。公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事。東京大学卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)を取得。ウェルビーイングをテーマに、幅広く研究や社会実装を行っている。
くわばら・としみつ◎2011年野村不動産入社。一貫してオフィスビル事業に携わり、スモールビジネスを支援するサービスオフィス、H¹O(エイチワンオー)などを手がけてきた。都市開発第一事業本部 企画室 イノベーション推進課 課長として「NOMURA WORK-LIFE PLUS」を牽引。