「中小企業におけるM&Aは、社会に対してもっと大きな付加価値を生み出す余地がある。いまのままでは、日本経済を復活させるほどのインパクトは出ない」
そう話すのは、中小企業のM&A支援に特化したコンサルティングファーム、オンデックで代表取締役社長を務める久保良介(以下、久保)だ。
同社は2005年に創業。当時珍しかった中小企業のM&Aを専門に扱ってきた。社業と並行して久保は、経済産業省による中小M&Aガイドラインの検討委員、M&A仲介協会の理事を務めるなど、官民両面から高い信頼を得ている。
20年12月には東証マザーズ市場(現グロース市場)に上場。いまや名実ともにM&A業界の有力企業のひとつとなったオンデックには、創業から変わらず貫いている信念「企業の付加価値を高めるM&A」がある。
中小企業同士のM&Aによって生み出される付加価値が、日本経済を活性化させると語る久保の話を探っていくと、中小企業が持つ強みを最大化する、新たなM&Aの構図が見えてきた。
日本独自の構造が招いた問題点に「使命感」で抗う
久保が危惧する「付加価値の小さい」M&Aが、なぜ横行するのか。それは新規業者の急激な参入に伴う業界の不健全な膨張によるところもあるが、問題は日本の商習慣による影響も大きいという。「例えば、本来、買収企業が投資判断に使用するIM(インフォメーション・メモランダム=譲渡企業の企業概要が解説された資料)を作成する際には、買収後の未来設計が描けるよう、譲渡企業の踏み込んだ情報まで盛り込まないといけません。しかし実際は社名と決算情報程度しか記載されていないIMが多い。表面的な情報だけでは、M&A後の成長戦略は描けません。大きな投資を伴う取引であるにもかかわらず、そうした薄い情報で初期検討を強いられるケースが多いのが現状です。本格検討段階に入った後にその情報不足をカバーできればよいですが、他の買収候補先との競争の中で、過度の短期決着を強いられるなどして、いつの間にか『買うこと』が目的化してしまう。
このような歪んだプロセスが横行するのは日本特有の商習慣が影響していると思います。
海外の場合、M&Aのアドバイザリーについてはリテイナーフィーと呼ばれる定額の顧問料が発生するのが一般的です。しかし日本では、特に中小企業同士のM&Aの場合、形がないものに対価を支払うという認識が薄く、成果報酬が好まれるという現実があります。そのため、M&Aのいち早い成約のみを追求する仲介業者が増えており、そのプロセスで重要となる資料の作成や情報の掘り下げ、戦略の策定、調整業務などが疎かになっているのです。もどかしいですが、成果報酬に偏っている以上、構造上やむを得ないというところもあり、ジレンマを感じています。業者のモラル向上については、M&A仲介協会などもとおして改善を促していきたいと考えています」
M&A業界のこうした現状の中でも、オンデックは創業から変わらず、財務・法務・事業の3つのポイントを抑えた詳細なIMを作成している。検討の入口段階から、網羅的な情報が提供されるからこそ、買収企業はその後の事業展開を見据えた検討を行うことができるのだ。
「一成約で数千万円という高額なフィーが発生することもあるため、M&A業界には新規参入が急増しています。しかし、だからこそ、それに見合う付加価値を提供しなければM&A業界はいずれ衰退してしまう。そうした危機感もあり、プロとしてのコンサルティングのクオリティを維持・向上させていくことに使命を感じています」
戦略的なM&Aの提案で新たな付加価値を創造
現在、日本の中堅・中小企業において、事業オーナーの高齢化(60歳以上)は140万社、後継者不在は62万社にも上っている(20年・帝国データバンク調べ)。もはや事業継承問題は待ったなしの状況で、後継者を見つけるために譲渡を希望する中小企業は多い。譲渡側は後継者がいないためにやむなく譲渡を検討し、買収側は譲渡案件が持ち込まれたから検討する。いわば、譲渡側・買収側ともに受け身でM&Aの検討が始まっているケースが多い。しかし、それだけではもったいないと久保は力説する。「受け身のM&Aからは付加価値は生まれにくい。後継者問題に端を発した受け身のM&Aにおいても、一定のシナジー効果を創出することは可能です。ですが本来、M&Aは、企業が自社の成長を迅速に実現するために、積極的に、戦略的に、前向きに実施するものです」
これを実現するには、企業において、より明確な将来ビジョンとM&A戦略が必要だと久保はいう。そのためにオンデックは顧客企業に寄り添い、戦略を練り、強い成長ドライブを導くために伴走する。特に力を入れているのが、ディールメイク型の戦略的M&Aだ。
代表取締役社長 久保良介
「例えば弊社では、まだM&Aニーズが顕在化していない企業同士であっても、それらが統合・協業すれば大きな付加価値・シナジーを生む可能性が高い、と客観的に判断されれば、当社が起点となってM&Aによる統合を提案するようなケースがあります。売りたい企業と買いたい企業を引き合わせて成立させるのではなく、M&Aの活用による新たな事業展開を、いわばゼロから提案する形です」
事業を発展させるためにフラットな状態からM&Aを提案する。まさにコンサルティングの立場からのアプローチである。
こうした思考は久保をはじめとした創業メンバーだけでなく、オンデックの全社員が共有している。
「あるコンサルタントが手掛けた案件ですが、同じ業種のA・B・Cという中堅企業があり、エリア・ブランド・ターゲット層がよい意味で少しずつズレていました。それぞれ単独で事業を展開していても飛躍的な成長は難しいのですが、3社が人的交流やブランドの有効利用などを行うことで、大きなシナジーを生むのではないかとそのコンサルタントは考えたのです。そこで3社が一緒になってホールディング・カンパニーをつくることを提案したところ、3社とも話に乗り統合が実現しました」
企業自体が気付いていなかったポテンシャルを見抜き、その価値を最大化へと導く。これこそが久保が提唱するディールメイク型の戦略的M&Aの醍醐味だ。
中小企業の成長を支援するインベストメント・バンク構想
ディールメイク型の戦略的M&Aに加え、中小企業の価値向上手段として、久保が長らく温めている構想がある。それが企業への投融資を柱としたインベストメント・バンク構想。「企業が成長するには、事業センスと投資センスの2つの要素が不可欠です。オリジネーション(案件の発掘やM&Aの提案・調査を行う活動領域)をする際、対象を徹底的に検証するわけですが、特に中小企業においては、商売は巧いがファイナンスのリテラシーが低いという傾向があります。卓越した強みを持った事業に、ファイナンスのリテラシー、言い換えれば投資センスという要素を強化すれば、もう1つ上のステージにいけると感じる企業が多々あります。こうした企業に対し、我々が投資を行うことで企業価値を高めることができると考えています」
久保が目指しているのは単なるM&Aのマッチングではない。コンサルティングの強みを生かした提案により、中小企業のさらなる成長を促すこと。インベストメント・バンク構想が実現すれば、企業のポテンシャルを最大限に引き出すことにつながる。
徹底した品質管理が好循環型モデルを生み出す
M&Aのコンサルティングクオリティで盤石な体制を構築しているオンデック。久保自身、最大の強みは強固なチェック体制だと断言する。M&A仲介業界は、アドバイザーが単独で案件を進めるケースが多い。しかしオンデックでは、複数名のチームで臨んでいる。複数名で提案やプロセスの吟味を重ね、互いにチェックすることで、それらの内容はよりよい形に磨かれ、ミスも防ぐことができる。また、チームがまとめた各種の提案やプロセス案も、さらに複数の社内会議をクリアしないと承認されない。
こうした徹底した品質管理が、クライアントから高い信頼を得ている。事実、現在9割以上の案件が、公的機関や金融機関などからの紹介だ。さらにその内の2割は過去に支援を行った経営者からの口コミ紹介によるもので、クオリティを起点とした好循環を生み出している。
現在、オンデックの社員の数は約60名。上場後もクオリティ維持のため、過度な大量採用は行っていない。
「いまのところ新卒採用は行っておらず、中途採用者でもM&A経験者はほとんどいません。しかしバンカーや弁護士、会計士などの事業経営に関する豊富な知識を持った人材を採用し、さらに入社後、約200時間の研修を行っています。日本経済を本気でよくしたいという使命感を持った方が活躍できる職場だと思います」
最後に今後の展望を尋ねた。
「やり方次第でもっと発展できる中小企業が、日本にはたくさん存在している。まずは最良のM&Aで、そのポテンシャルを最大化していく。将来的には、我々自身が投資した企業が世界に羽ばたくサポートをしたい。そして世界に進出した企業による現地企業の買収なども積極的に支援し、さらなる成長を目指す。日本経済を復活させるには、中小企業が海外で外貨を獲得していく必要があると考えているからです」
日本のM&A業界において、パラダイムシフトを起こし続けるオンデック。「中小企業をサポートし、日本経済をよみがえらせる」という久保の覚悟と使命感は、今後の日本経済を動かす一助となるだろう。