その取り組みの総称を〈かなで〉と銘打ち、社員一人ひとりの力が最大限に発揮される風土と、それを支える制度や運営を、社員と経営が一体となって創り上げていこうとしている。
本稿では、社員一人ひとりの力が最大限に発揮されるうえでこれからの〈みずほ〉が大切にする、「自分らしく働く」ことの意義と価値について、みずほ銀行の頭取である加藤勝彦がゲストとの対談で得た気づきや学びを紹介したい。
加藤が迎えたのは、日本を代表するエンターテインメント企業であるLDHの創業者。EXILE HIROとして舞台に立ちながら、彼は会社を大きく成長させてきた。
言い換えるなら、所属アーティストを含めた全社員を奮い立たせ、メンバーたちの夢を叶えながら、組織として望ましい成果につなげてきた。さまざまなタレント(=才能や個性)が集まる組織を、より意義深い形へとマネジメントしていくチカラとは、一体どのようなものなのか。
銀行とエンターテインメント、異なる業界のトップマネジメントによるトークセッションは、本音と本音が交わされ、多くの共通点が見出された。
加藤勝彦 みずほ銀行 取締役頭取
「人ありき」という言葉を大切にしている真意とは
加藤勝彦(以下、加藤):HIROさんが結成されたEXILEの活動のテーマであり、LDHという社名の由来になり、創業の精神とも言えるのが「LOVE , DREAM , HAPPINESS」という言葉です。この言葉には、どのような想いが込められているのでしょうか。EXILE HIRO:EXILEが生まれたのは2001年、LDHを設立したのは03年のことです。どうやったら世の中の人に認めていただけるのか。それを一生懸命に考えるところから始まり、これまでの活動のなかではLOVE , DREAM , HAPPINESSを感じてこられたと思っています。
例えば、同じ時を過ごすことができたファンの皆さま、ライブなどで同じステージに立つキッズダンサー、オーディションを受けてくれた人たち、いろいろな人の喜びの笑顔や偽りのない涙がLOVEであり、DREAMであり、HAPPINESSであったと。そうしたLOVEとDREAMとHAPPINESSが自分たちの自信になり、誇りになり、現在を迎えることができています。
口に出して言うのは恥ずかしいところもあるのですが、自分たちは堂々と「最後はLOVE , DREAM , HAPPINESS だよね!」と大きな声で言いたいと思っているのです。自分たちの職業は、愛の大切さ、夢の大切さ、幸せになることの大切さを伝えて分かち合っていくというものなので、自分たちの活動の指針として、今後も大切にしていきます。
加藤:名前というのは、本当に大事ですよね。LDHという名前に込められた想いが社員、つまり貴社でいうアーティストやタレントのみなさんにメッセージとして伝わっていて、それがオーディエンスに伝わっていくことで、自分たちの自信や誇りになり、行動につながっているのですね。
私たちの〈みずほ〉という名前には、「みずみずしい稲の穂」を表す言葉で、「共に育んでいく」「実れば実るほど頭を垂れる」「すべてのお客さまに豊かな実りを提供していく」といった意味合いが込められています。これは、社員の公募で決まった名称です。
〈みずほ〉の仕事は日本社会を良くする、特に経済を回していくことですが、その行き着く先というのは、社員やお客さま一人ひとりが夢を叶え、人生を豊かにしていくことであり、幸せになることであると考えています。家族愛、社会愛を大切にし、支えていくという意味においては、これはおこがましいかもしれませんが、LDHと〈みずほ〉は想いを同じくしているのではないでしょうか。
EXILE HIRO:ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。
加藤:LDHは「人ありき」という言葉もフィロソフィーとして大切にされているようですね。
EXILE HIRO:LDHの前身となった会社は、EXILEメンバー6人とマネージャーとマネージャーの奥さんで始まりました。そこから、自分たちの夢に共感してくれるさまざまな人々との出会いがあり、仲間が増えていきました。出会いがなければ、EXILEはなかった。そして、LDHもなかった。出会いを大切にしてきたからこそ、いまの自分たちがあるのだと心から思っています。
そうした想いをアーティストからスタッフまでが共有することによって、謙虚さをはじめとした基本的な人間性が磨かれていきます。人と人との関係を大切にしていく。人と人がめぐり会って新しいものが生まれていく。人間が生きるうえでの本質を忘れてはならないと考えています。
加藤:「人ありき」という言葉は、私の胸にも本当に響いています。極言するなら、〈みずほ〉のビジネスには「人しかない」と考えているからです。金融やコンサルティング、ITを通じて社会に貢献するのは、「人しかない」と認識しています。エンターテインメントという無形の価値を届けるLDHも同じということかもしれませんね。
「人ありき」という観点で私自身を振り返りますと、私は国内外さまざまな場所で働きましたが、どこに行っても大切にしてきたのは人との出会いです。出会いを大切にしてベストを尽くすと、お客さまからの「ありがとう」から始まるご縁が生まれ、未来につながっていきます。それが私にとっての仕事の醍醐味であり、もっとも私らしいと感じられることでした。
先ほど、HIROさんは「人間性」と言われました。LDHのビジネスにはパフォーマンススキル、映像に関する知識やアイデアが必要だと思います。〈みずほ〉のビジネスにもさまざまな専門性が必要とされますが、究極的には「人間性」つまり「その人らしさ」こそが、LDHのファンの皆さま、〈みずほ〉のお客さまにとっての価値の源泉になるのではないかと思います。
VUCA(不確実性が高く将来の予測が困難なこと)の時代における〈みずほ〉の経営環境は目まぐるしく、お客さまのニーズも多様化し、日々変化していきます。〈みずほ〉はこうした観点に則って、組織を成長させていかなければなりません。それは、私を含むあらゆる階層のマネジメントの責任だと考えています。
ファンの趣味嗜好が多様化しているなかにおいては似た環境かもしれませんが、個性的なタレントを抱えるLDHではどのようなことを念頭において仲間をマネジメントされているのでしょうか。
EXILE HIRO LDH 代表取締役会長
EXILE HIRO:マネジメントの立場として自分が特に心がけてきたのは、コミュニケーションです。EXILE TRIBE(EXILEをはじめとした関連グループの総称)の若いメンバーにも自分が絶えず直に連絡を取るようにしてきました。直接的なコミュニケーションのなかで、自分の想い・会社の想いを伝えています。
自分たちが中心に据えている想いからずれないように、歌や踊りといった作品を創っていくためです。そうしたコミュニケーションによって信頼関係を醸成しながら、自分たちの会社は成長していきました。
加藤:自分の想い・会社の想いを伝えていくための秘訣といいますか、気をつけていることはありますか?
EXILE HIRO:これはトップマネジメント、ミドルマネジメントを問わずですが、周囲の仲間に対しては、常日頃から向き合い、対話できる環境をつくっておくことが大切だと思います。ときにはトップマネジメントとミドルマネジメントで役割を分担しながら、対話するカルチャーを根づかせることも必要です。そういったカルチャーがあってこそ、組織の価値観というものが日々のコミュニケーションのなかで形づくられるのだと考えています。
例えば、こういうのがカッコいい、カッコ悪いというのは意識して伝えるようにしています。他人の成功を蔑んだり、嫉妬したりするのはカッコ悪い、逆に他人の成功を認めて自身のエネルギーに変えていくことはカッコいいと。
このようなコミュニケーションを日々当たり前のように続けることで、組織の価値観、共通理解が形づくられ、組織をドライブする新たなカルチャーへと育っていく。そうした環境に置かれることで、新しく入るメンバーも、徐々にそういった意識に変わっていきます。
ただ、同じ内容を伝えるにしても、こちらの言い方によって相手の受け止め方は変わってきます。EXILE TRIBEにはキャラクターの強い人間が多いので、魂を込めながら、一人ひとりに合わせて言い方を変えるようにしています。
加藤:〈みずほ〉では、私を含めたトップマネジメントが現場に行き、そこで働いている人に語りかけ、悩み・想いを聞いて、そこに課題があるのならば一緒に新たな環境づくりをしていこうと動いています。
ただ、自分の想いをどのように伝えていけばいいのかについては、すごく悩んでいます。私が一人で社員一人ひとりと向き合うことには、社員数の観点だけではない限界があります。私の言葉は自身の視点で導き出されたもので、私の想いをどう受け取るかは社員各人に委ねられます。
部門が違えば、違う想いや矜持、言葉があるはずです。同じ部門の社員でも受け取り方が異なってくると思います。だとすると、この想いが浸透していくには、私ひとりではなく、各現場のマネジメント、そして社員の一人ひとりが「私はどう考える?」という自分起点の問いをもつことも大事になります。
自分らしさを発揮すること、認め合うことの意義とは
加藤:組織のなかで自分らしさを発揮することについて、HIROさんはこれまでにどのようなお考えで活動されてきたのでしょうか。EXILE HIRO:自分の夢や想いに共感してくれる仲間と仕事をしているので、すべてのチームが自分の分身のように感じています。つまり、自分がパフォーマーを引退した後のEXILEにも自分らしさがあって、自分の夢を叶えてくれる存在であると考えています。そういう意味では、EXILE TRIBEのあらゆる活動のなかに自分らしさを見つけています。
若いメンバーには、「チームは自分のためにあるし、自分はチームのためにある。チームが強くなれば、自分も強くなる。そういうWIN-WINの関係性を創りながら、やっていってほしい」とアドバイスしています。
加藤:HIROさんのなかでは、仲間が自分の夢を叶えることも自分らしさの一環というとらえ方なのですね。
EXILE HIRO:そうですね。舞台でのパフォーマンスだけでなく、LDHの事業には飲食もあり、アパレルもあり、ダンスの教室もあります。これらも、人と人が出会って夢を語ることから始まり、その夢が共有されることで事業になり、さらに多くの仲間が集まり、利益を生み出すという流れで動いています。
LDHのみんなは、もっと夢を語って自分らしさを発揮するべきだし、もっとチームの力を使うべきだと思っています。そのためにチームはあるのです。
加藤:「自分がやりたいことを勝手気ままにやって終わる」のではなく、「自分らしさ」を発揮した結果として他者が変容する、チームやお客さまにポジティブなインパクトを与える、そのインパクトが自分に返ってきてさらに大きな価値が発揮できるようになっていく。HIROさんがおっしゃったことを聞いて、そのような正の連鎖が大事なのだと感じました。
「自分らしさとは何か?」と改めて考えてみると、私自身は「自分の価値観を大事にしながら、自分がやりたいこと、好きなことを実現させることではないか」というように頭の中で整理しています。銀行という職場のなかで、私は「自分のやりたいこと」と「組織が求めていること」の両方を見極めて、接点を見出しながら活動してきました。
私は銀行員としてのキャリア35年のうち、国内外の営業拠点で23年を過ごしてきました。海外が15年で、赴任先はシンガポール、香港、ベトナム、韓国です。「人と人が出会って夢を語ることから始まる」とHIROさんはおっしゃいましたが、まさに私もそうしたコミュニケーションを起点にして各地で仕事をしてきました。
EXILE HIRO:LDHでは、会議の場などでそれぞれが思い描く夢をプレゼンするという堅い感じではなく、普段からカジュアルに夢を語り合えるような関係性が築かれていることが理想だと考えています。
つまり、普段から自分が本当にやりたいことは何なのかを考え、単に考えているだけでなく、それを周囲に語ることが求められます。周囲の人は、それにしっかりと耳を傾けることが求められます。語る人も聞く人もガチガチに構えたりしないで、あくまでもソフトに行うことがうまくいくコツかもしれません。
加藤:常に「自分がやりたいこと」や「自分の想い」について頭と心をめぐらせて、それを発信する。周囲は、それを受容する。そうした文化が、新たな事業を生み出し、利益にもつながっているということですね。
EXILE HIRO:チームのなかでは互いに自分らしさを認め合うことが大事だと思います。
加藤:夢を語り合い、互いを認め合う。結果を残していく偉大なチームには、そうした特性があるのですね。いま、〈みずほ〉においても、社員が自分らしく働くことが必要だと考えています。
私が入行した時代に比べて社会が大きく変わり、お客さまの価値観も社員の価値観も多様化してきました。
さまざまな価値観を有するステークホルダーの皆さまが幸せになるためには、まず社員同士が多様な価値観を認め合えるようになる必要があります。金太郎飴のようにどこを切っても同じ組織ではなく、多様性を認め合っていった結果として、社員一人ひとりが価値を発揮できるような組織になっていかなければなりません。
これからは、多様な社員が各々の持ち味を如何なく発揮することを〈みずほ〉の強みにしていかなければならないと考えています。LDHのタレント一人ひとりと同じように、すべての社員が自分らしさを発揮して、ファン、つまりお客さまをはじめとする他者へ喜びを届けてほしいですね。またマネジメント層には、自身のことに加え、こうしたことを念頭に置いて日々メンバーと向き合ってほしいと考えています。
〈みずほ〉は、〈かなで〉によって変わろうとしている
加藤:いま、〈みずほ〉は、社員と会社の関係性を捉えなおし、社員一人ひとりの力が最大限に発揮される組織にしていこうという想いから、人事制度の改革などに取り組んでいます。こうした取組みの総称を〈かなで〉と呼んでいます。「社会やお客さまの価値観の多様性に寄り添うこと。社員が自分らしさを発揮し、自分の想いを実現しながら輝くこと。そうした自分らしさの集積が組織の強みになっていくこと」をめざした改革です。
例えば、人事制度を例にとれば、人事部門が上意下達ですべて決めてから「はい、よろしく」と一方的に制度を変えるのではなく、変化の過程と道筋を示しながら現場と個別に対話し、現場の想いも汲みながら変革を進めています。
そうしたコンセプトに賛同した〈みずほ〉各社の一般社員が「コ・クリエイター」として集まり、人事部の仕事を兼務する形で〈かなで〉にまつわるさまざまな施策の企画・運営に携わっています。
このような各所の取り組みを通じて、24年4月に〈かなで〉の想いを汲んだ人事制度がスタートする予定です。
EXILE HIRO:“エリート集団”のイメージがある銀行業界において、〈みずほ〉では個性を尊重するような方向性で改革が行われると聞き、自分もすごくワクワクしています。
異なる背景をもった人たちが集まってきて、ひとつの作品を創っていく作業をする際、自分たちはよく「コラボする」と言っています。コ・クリエイターのみなさんがやっていることもコラボですよね。コラボって「生きている!」という感じがしていいですよね(笑)。
加藤:確かに、いいですね。〈みずほ〉でも、これからはコラボという言葉を使っていこうかな(笑)。〈かなで〉にはコ・クリエイターをはじめとして、さまざまな形で社員個人の「想い」が起点になり、部門や年齢を越えて集まるメンバーがコラボしている取り組みがあります。多様な背景をもつ社員の知見がコラボすることにも大きな意義があると考えているところです。
HIROさんは、自著のなかで「人を感動させるエンターテインメントには、必ず『生きる喜び』が表現されている」と書かれていましたね。〈みずほ〉のビジネスで「生きる喜び」なんて言ったら社員に「何を大袈裟な」なんて笑われてしまうかもしれませんが、私たちも「自分らしさとは何か」についていま一度、一人ひとりが真剣に考え、そうした社員の想いが存分に発揮されることで、究極的には「生きる喜び」が表現できるような、そんな仕事に取り組んでいけたらと思っています。
EXILE HIRO:自分もがんばっていきます。これからもLDHのみんなと共に成長していきたいと思っています。業界は違えど、〈みずほ〉さんとは共に「生きる喜び」を表現していけたらいいですね。自らが生きる喜びを感じる。相手にも生きる喜びを感じてもらう。それが、あらゆる仕事の本質だと考えています。
加藤:素晴らしいお言葉ですね。私も心に刻んでおきます。今日はいい出会いができたと感じています、HIROさんとのコラボを通じて学ぶことがたくさんありました。本当にありがとうございました。
EXILE HIRO◎本名、五十嵐広行。1969年生まれ。90年にZOOでデビュー。99年にJ Soul Brothersを結成し、2001年にEXILEと改名して再始動。グループのリーダー、所属事務所であるLDHの代表取締役社長として、EXILEを国民的グループに押し上げた。13年にパフォーマーを勇退。15年には文化庁長官表彰を受ける。現在は、代表取締役会長としてトップマネジメントの任に当たっている。
かとう・まさひこ◎1965年生まれ。88年に慶應義塾大学商学部を卒業後、入行。2013年にハノイ支店長、16年にソウル支店長、18年に執行役員、19年から名古屋に駐在し、コロナ禍で借り入れニーズが増した中部企業への資金繰り支援に奔走。20年に常務執行役員(営業担当役員兼エリア長)、21年に取締役副頭取(業務執行統括補佐)に就任。22年4月より現職。