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2023.03.29 16:00

薬局起点で日本の医療を変える 社会課題を解く、スタートアップの抱く使命Vol.1

日米市場を中心にB2Bスタートアップへの投資を行っているベンチャーキャピタルファンドDNX Venturesが、日本の産業変革に挑む起業家にフォーカス。「社会課題を解く、スタートアップの抱く使命」と題し、連載していく。

第一弾は、医薬業界の新しいプラットフォーマーとして、薬局業界のデジタル化を大きく後押ししている、カケハシの代表取締役CEO中川貴史をゲストに迎えた。エリートキャリアを投げ打って起業した、業界変革にかける想いとは。聞き手は「日本の産業が抱える課題解決に高い志をもつ起業家を応援したい」とシードステージから同社とともに歩んできたベンチャーキャピタリスト、DNX Venturesのマネージングパートナー兼日本代表の倉林陽が務めた。


他人にできない難しい挑戦、日本の医療の課題解決

倉林陽(以下、倉林):カケハシは製薬会社出身の中尾豊さんと、外資コンサル出身の中川貴史さんのおふたりが共同代表というかたちで創業されました。2015年初めてお二人にお会いした際に、「薬剤師さんの働き方改革をする」とおっしゃっていたことを覚えています。コンサル在籍中から起業を志していたのでしょうか。カケハシ創業のストーリーをお聞かせください。

中川貴史(以下、中川):振り返れば学生の頃から、起業家として社会に大きな価値を出したいという想いがありました。学生時代にもアプリの開発などをしていました。

倉林:新卒ではマッキンゼーに就職し、大活躍されていたと伺っています。起業に踏み切られたのには、何かきっかけとなる出来事があったのでしょうか。

中川:そうですね。シカゴのオフィスに在籍した際に、年間1千億円を超える経常利益を改善する大きなプロジェクトに携わりました。結果的には、その利益によってトップエクゼクティブ陣の給料がひとり数億円ずつ上がることになったんです。他方、調達先であるアジア圏のブルーワーカーの給与は削られていきました。まさに「資本主義としての装置を加速させる」仕事でした。確かに企業は利益を出すことが目的ですが、それは社会にインパクトをもたらすことができる仕事なのかと疑問に思うように。もっとみんなを幸せにする仕事をしたいと思うようになりました。

日本に目を向けてみると、超高齢化社会が急速に進みながら、医療の仕組みは高度成長期に設計されたまま。団塊の世代が働き盛りだった時代には、手厚い年金や医療を用意しても成立しましたが、団塊の世代が働かない世代になり人口構造が逆ピラミッドになっている今、日本の社会保障制度をどうサステイナブルなカタチで継続させていくのかが問われていると思っています。政治や行政に頼りっぱなしではなくて、私たち民間企業やスタートアップの視点で、日本の医療や社会保障制度を真剣に捉えていかなくてはならないと思っています。日本の社会保障制度、医療や介護などの社会保障問題を誰かが解決しないといけない、自分たちの子どもたちや将来に引き継いでいけるものにしなくてはならないと、この領域で取り組むことを決めました。

倉林:社会にインパクトをもたらす仕事という軸で起業の方向性を模索されるなか、特に医療というテーマに絞り込んだのはどうしてだったのでしょうか。

中川:自分が起業するのなら、他の人ができない難しいことに挑戦したいと考えていました。浮かんだのは、日本の医療業界でした。当然いい投資家とチームが必要で、加えて産業界の複雑な構造の中で、医師会や薬剤師会、厚労省などと歩調を合わせることが必要となります。そうしたステイクホルダーを巻き込みながらあるべき姿を突き詰めることは、とても難しいことで誰にでもできることではない。だからこそ、自分が挑戦する意味があると思いました。

倉林:まさに、我々がカケハシのお二人に感じた「Founder Market Fit(起業家とその挑戦領域がフィットしている)」ですね。我々が投資する時に最も重視するのは、経験やパーパス、インテグリティの観点で、その課題解決に最も相応しい起業家かどうかです。投資家から見ても納得感のある、ご自身の勝負すべきフィールドの絞り込み方だと思います。

中川:医療という分野は知れば知るほど難易度が高い。起業して成功することだけを考えたら、他に選択肢があったと思うんです。でも、このエリアに誰かが挑戦しなければならない。守るべきものが多かったり、失うものが大きい人は起業やチャレンジがしづらいと思います。それと比較すると自分の場合は恵まれている。失敗しても学びはあれど、失うものはそんなにない。究極、失敗しても何度もやり続ければいい。こういう状況にあるからこそ、日本の社会の重たい社会課題を解くという使命があるのではないか、という青臭いことを当時に思って起業に至りました。

倉林:アメリカでも「一見難しいアイデアに見えるが、実は素晴らしいアイデアに投資すべき」と言います。御社は最初から良いアイデアに見えていましたが(笑)、それに重なりますね。成長市場で絶対にうまくいきそうというものよりあえて難しい所を変えにいく、その挑戦は使命感あってのものですね。
カケハシ 代表取締役CEO 中川貴史

カケハシ 代表取締役CEO 中川貴史

苦しい時も焦らず諦めない、我慢が成功のカギ

倉林:輝かしい成長に見えているカケハシも、実はシード調達後に苦しい時期がありました。プロダクトの完成度向上とセールス拡大が難しく、脱却に時間がかかりましたね。

中川:はい、特に営業チームのスケールには苦戦しました。営業の読みが全然当たらなくて、投資家になんて説明しようかと悩むほど。そんな苦しい時期から数年、同月比の売上は100倍規模になりました。正直信じられません。諦めずに頑張ることが大切ですね。

倉林:おっしゃる通り、SaaS事業において、成長を焦ってはいけません。もちろん早く成長できればいいですが、プロダクトの成熟や組織の構築にどうしても時間がかかるんです。我慢して丁寧に向き合う時間が大事です。カケハシはコロナ禍に突入した頃、我慢の時期を超えて一気に足りないパーツが全部揃いましたね。

中川:事業をつくるのは、外から見ている以上にとても大変なことです。本には「PMF(Product Market Fit)すれば勝手に売れる」と書かれているのですが、全然勝手に売れない(笑)。既存の産業や社会が現在の形になったのには歴史と理由があり、その変革となれば時間もかかる大変なことです。だから「成功したい」と考えるより「成功するまで諦めない」と考えて長期目線で取り組んでいくことが大事だと思っています。

倉林:決して楽じゃない道のりを成功まで走りつづけるには、最後は社会をよくしたいという想いが、起業家の人生のテーマになっていないと、苦しいときに我慢しきれないですよね。

中川:結果が出ない時期、クラさん(倉林)を含め投資家陣が信じ支えてくれたから今の僕らがあります。苦しいときや大変な時に人間の本性が出ると思うんです。起業家は人生をかけてこの場に立っています。従業員の命運を握り、自分の人生を賭ける。それに対して投資家はポートフォリオ経営、その点で差はあります。そこでIRR(内部収益率)やリターン、キャピタリストとしての出世を優先するのか、経営者に向き合って苦しいときに支え乗り越えようとするのか。クラさんには、本気で向き合ってもらい本当に辛い時に幾度と相談に乗ってもらいました。そしてそれをカケハシだけではなく、他の企業にも同様にしているのがわかる。だからこそ、DNXにはいいスタートアップが集まってきていい投資ができる好循環がつくれているのでしょうね。VCにも当然ファイナンス工学はあるんですが、そういう賢いファイナンスの世界というより、本当に花開くまで伴走する決意が、DNXの魂であり、ミッションやビジョンに根付いています。

倉林:一番大事にしているところを見てくれてありがとうございます。

中川:以前、マッキンゼー時代の後輩にあたるUPSIDERの代表 宮城さんにクラさんを紹介しました。彼の成功のためにもベストな投資家に繋ぎたいと思いましたし、同時にいい起業家を紹介することでクラさんに少しでも恩返しできたらと思っています。宮城さんが「中川からの紹介なら」とDNXからの調達を決めてくれたのも嬉しいですね。
DNX Ventures マネージングパートナー兼日本代表 倉林 陽

DNX Ventures マネージングパートナー兼日本代表 倉林 陽

次のステージは、製薬・医薬が抱える社会的ミッション

倉林:この5年間の挑戦で、実に全国7000店舗以上の薬局がカケハシの次世代型電子薬歴システム「Musubi」とその周辺サービスを導入しました。薬局の約10%以上が利用している計算です。医療業界の変革という意味では、まだまだ挑戦が続きそうですね。今後の展望をどうお考えですか。

中川:ちょうど処方箋の電子化やマイナンバーカードの保険証利用など、国主導で医療の仕組みが変わっていく方向にあります。

次の挑戦の一つは、患者さんに対する医療体験をどう創造していくか。現在患者さんには「薬局を選ぶ」という感覚はないと思います。クリニックで処方箋をもらい、「そうか薬局に行かないと」と目についた薬局に立ち寄る。そこで待たされることもありますし、薬局への期待は低いという方もいらっしゃるかもしれません。ところが本来は、医療・薬剤師を安心して選び取れる世界も作っていけるはずと考えています。例えば癌を患い不安な時に、癌の症例を年間200症例診ているスーパーカリスマ薬剤師がいて、薬の特性についてちゃんと相談に乗ってもらえたら安心しますよね。

また治療の継続という側面でも貢献できることはあります。統計によると、健康診断で生活習慣病を指摘され再検査に行っても、症状がないこともあって真剣に服薬や改善に取り組まず、自己判断で治療を中断し放置して重症化する患者さんが60〜80%もいると言われています。社会問題になってしまっているわけです。そんな患者さんの服薬指導に正しく介入するなど、薬剤師ができることがまだまだあります。患者さんが健康になれる仕組みづくりを、僕らだけでなく薬局さんや製薬メーカーさん、卸さんなどを巻き込みながら、ひとつのエコシステムとして作っていくことができればと思います。

倉林:すでにお付き合いのある薬局さんとの取り組みで、まだまだ医療業界に貢献できるわけですね。さらにその先で思い描いていることはありますか。

中川:薬の流通にも課題が多くあります。ジェネリック医薬は品質問題に端を発して、現在、数百種類の薬剤が不足しています。薬が地域ごとに偏在し、本当に必要な人に届かない状況にあるんです。背景には、どのメーカーがどの薬をつくるか、誰も決められないという事情があります。国は民間への介入となるため指示を出せず、メーカー同士も談合になるからといって相談できない。みんな空気を読んで「誰が作るんだ?」と見合って、結果的に薬を作りすぎたり、誰も作らないということが発生しているわけです。国内の必要な供給を担保するためには、誰が何の薬をどれくらいの量製造するか綺麗に差配する機能が必要です。

また、後発医薬品はこの40年間の間で一気にマーケットが立ち上がって、増産増量をミッションとしてきたため、大量のメーカーが乱立しています。実はその各社が数千種類の薬を製造する少量多品種をとってきました。製造工程に目を向けると、一つのラインで複数の種類の薬を作っています。ひとつの薬を作り終わったら、ラインを洗い替えして綺麗にしてから次の薬を作るんですね。時間がかかり非効率なことに加え、洗いが不十分で品質不良まで発生しています。理想としては、特定のメーカーが得意なものを製造すると、品質の問題も改善しコストも下がり安定供給ができるようになるはずです。クラウドを通じて薬局と面で付き合える我々だからこそ、そうした社会的なミッションを担うことができるのではないか。カケハシが薬局向けの事業者から、日本の医薬産業全体に寄与する、そういう世界を作っていきたいと思っています。

倉林:非常にワクワクする世界観ですね。我々は産業変革に挑戦する起業家に投資をし、伴走したいという思いでベンチャーキャピタリストをやっています。難易度の高い日本の産業課題に怯むことなく対峙している中川さん・中尾さんの挑戦は、その際たる例とも言える。今回のシリーズCラウンドでも追加投資をさせていただきましたが、引き続き資金だけでなく、日本の医療業界を背負うカケハシの経営のさまざまな場面でしっかりご支援していきたいと思います。



中川の並々ならぬ使命感と課題意識があっての挑戦。それは単に「薬局のデジタルトランスフォーメーション」に終わらず、さらに大きな日本の医薬業界への課題解決に挑戦していく視座の高さと、それを実現に移す覚悟が伝わってきた。カケハシの今後の飛躍に期待したい。

DNX Ventures
https://www.dnx.vc/jpfund/top



中川貴史(なかがわ・たかし)◎ 東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて製造・ハイテク産業分野の調達・製造・開発の最適化、企業買収・買収後統合マネジメントを専門として全社変革プロジェクトに携わる。イギリス・インド・米国でのプロジェクトに携わった後、株式会社カケハシを創業。

倉林 陽(くらばやし・あきら)◎DNX Ventures マネージングパートナー兼日本代表。富士通、三井物産にて日米のITテクノロジー分野でのベンチャー投資、事業開発を担当。MBA留学後Globespan Capital Partners、Salesforce Venturesで日本代表を歴任。2015年DNX Venturesに参画。同志社大学博士(学術)、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営大学院修了(MBA)

Promoted by DNX Ventures / text by Natsumi Ueno / photographs by Toru Hiraiwa / edit by Akira Kurabayashi