大学発シーズからベンチャーをサポートするこの制度は国が進めるスタートアップ創出の流れを後押しする存在になりそうだ。
2022年、岸田文雄首相は新しい資本主義実現の一環として「スタートアップの創出」を提言。政府からスタートアップ支援への予算強化の方針が打ち出され、関係府省が具体的な取り組みに着手した。
大学の研究成果の企業への技術移転・実用化開発の支援を行う科学技術振興機構(以下JST)もその流れをくみ、新たなベンチャー支援制度「A-STEP実装支援(返済型)」(以下A-STEP実装支援)を発足。大学の研究成果の社会実装を目指すベンチャー企業に対して開発費(上限 5億円)の貸し付けを行う制度だ。
文部科学省所管の公的機関であるJSTのミッションは、科学技術イノベーション創出を実現すること。基礎研究から産学連携、実用化開発に至るまで、研究開発におけるあらゆるフェーズを支援する。多くの研究開発型ベンチャーの事業化の追い風となるべく設計されたA-STEP実装支援の魅力を、JSTの制度設計メンバーに聞いた。
開発段階にある“事業の芽”を後押し
大学発シーズの代表的な実用化事例のひとつに、ノーベル賞を受賞した赤﨑勇博士らが発明した「青色発光ダイオード」がある。この発明は、JSTから豊田合成に委託され製造技術開発へと至り、現在は信号機やスマートフォンなどに使用される身近な存在となっている。JSTに20年以上在籍する産学共同開発部長の坂本祥純はこう語る。「かつて大学の研究成果の実用化には、青色発光ダイオードの例にみられるように、開発力がある既存企業への技術移転が一般的でした。しかし最近は、大学の研究成果に基づく大学発ベンチャーが設立されるようになり、様相が変わってきています。経済産業省の調査によれば、大学発ベンチャー企業の設立数は2021年には3,000社超まで急増しています」
こうしたベンチャー企業を支援できないか。JSTはベンチャー企業やVCにヒアリングを行い、「事業化に向けて開発中」のベンチャー企業が利用しやすい支援制度を目指してA-STEP実装支援を設計。22年7月に新サービスとして発足させた。
「デットファイナンスによる資金調達方法として、大学発シーズを活用した研究開発型ベンチャーを対象に、『開発費』を貸し付ける制度です。基本的な返済条件は、無利子で10年以内の分割返済とし、うち最長3年間の返済猶予を設け、ベンチャーフレンドリーな制度にしています。
開発費といっても、資金使途は開発にかかわる人件費や設備などの物品費、外注費、その他管理費などに活用が可能です。担保・保証は必要額の10%としています。ベンチャー企業にとっては、開発ありきでまだ売り上げが立っていない“事業の芽”の段階で支援を受けられる。こういった点がA-STEP実装支援の大きな強みなのです。」
JST 産学共同開発部長の坂本祥純
審査にあたり、技術(大学発シーズのポテンシャル、開発計画の妥当性)と事業性(社会的インパクト、事業計画の妥当性)の両方に着目するのも、JSTならではといえる。ソフトウェアからものづくりまで、医療分野を除くあらゆる分野を対象とし、革新的な製品・サービスの創出を期待して開発支援を行う。
ベンチャーがぶつかる「資金調達の壁」に注目
ベンチャー企業は事業の成長に応じて出資を募りエクイティ(株式)により資金を調達していくが、その成長が不十分な場合、次の資金調達が難しくなることもある。そのつなぎ資金を、銀行などの金融機関から融資してもらえればよいが、実績がないベンチャー企業の場合には難しい。初期に売り上げが立たない研究開発型ベンチャーが使える融資制度はなおさら少ない。JSTはそこに着目し、資金調達の隙間を埋めるようなニーズに応える制度を目指した。この点も同制度の特徴だ。調査役として制度設計にかかわった沖代美保は次のように説明する。
「研究開発型ベンチャーは開発期間が長くなりがちで、新技術の社会実装まで10年近くかかるケースも少なくありません。その間複数回にわたる資金調達の大部分は、出資に偏っています。
出資は調達した資金を返済する必要はありませんが、持ち株比率が低下してしまいます。そこで資金調達と資金調達の間の資金にニーズがあり、出資を補完する支援があれば、より企業の成長促進が期待できるのではないか、と制度を設計してきました」
A-STEP実装支援の事業推進の実務を担当する沖代美保
公的なベンチャー支援に新たな選択肢を増やす
JSTからの貸し付けがかなえば、ベンチャー企業にとっては技術を理解する公的機関の審査に通ったというお墨付きにもつながる。A-STEP実装支援の実務にかかわる大下内和也は「この貸し付けが信用の向上につながり、民間からの資金調達の呼び水になるとうれしいですね」と制度がもたらす効果への期待を語る。
「公的な支援制度では通常、募集期間が決まっています。本制度は、通年で随時、応募相談に応じる体制をとっており、ベンチャー企業が最適なタイミングでこの制度を活用できるようにしています。出資や一般的な銀行融資とは異なる資金調達のオプションのひとつとして、資本政策のなかでうまく活用いただければと思います」と大下内は言う。
A-STEP実装支援の事業推進の実務を担当する大下内和也
「大学発シーズは新規性や将来性が非常に高いものの、市場で受け入れられる製品に仕上げるまで開発を継続する資金を調達できず、解散をよぎなくされた大学発ベンチャーも多くあったと思います。また、政府は22年を『スタートアップ創出元年』として、今後5年で企業数を10倍に増やす方針を打ち出しており、大学発シーズに限らず開発に長い年月を要する企業の数も確実に増加します。
そのような、事業化まで“あと一歩”というような研究開発型ベンチャーへの公的支援の選択肢を増やすという意味においても、A-STEP実装支援を実施する意義はあると考えています。我々は将来有望な大学発シーズを世の中に出していくために、VCや大学、他の公的機関とも連携しながら、資金面を通じてベンチャー企業の開発を全力でサポートしていきたいと考えています。将来的には、本制度の支援によってイノベーション創出や社会課題解決につながることを期待しています」(坂本)
A-STEP実装支援23年度の募集は4月から通年での実施を予定。期間中は随時応募相談を受け付け、審査を進める。JSTの“本気度”が伝わる同制度。今後、どのような成果が出てくるのか注目だ。
A-STEP実装支援(返済型)
https://www.jst.go.jp/a-step/koubo/hensai.html
坂本祥純◎ 1996年に JST入職。当時の返済型事業を担当。その後、大型の基礎研究やJSPS・AMEDへの出向、経営企画等を経験し、21年を経て返済型の担当部長となり、A-STEP実装支援の創設を牽引。
沖代美保◎民間企業を経て 2012年に JSTへ入職。大学等研究成果の知財化・外国特許出願支援、活用促進や技術移転人材プログラム等を担当。現在はA-STEP実装支援の事業推進の実務担当。
大下内和也◎ 2017年に JSTへ入職。社会課題解決型研究支援事業の企画立案、バイオテクノロジーの倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の検討等を経て、現在はA-STEP実装支援の事業推進の実務担当。