地方都市はいつ変わるか
市街地域からは若者が大都市に流出し、周辺市町村は過疎化が進む。多くの地方都市が抱えるこの問題は、中央集権的な何かで改善されるものではない。地方都市はいつ、どのように変わり始めるか。静岡県浜松市で2022年に新設されたアワード「NEXT LOCAL LEADERS 浜松」が、ひとつのモデルとなるかもしれない。同アワードは「地域が変わる契機は、地域に好循環をもたらす地域人財を発掘することにある」という理念のもと、挑戦する人財を支援する仕組みを地域全体でつくっていくプロジェクトである。
第二次審査では書類審査で選ばれた10人による公開ピッチコンテストが開催され、この日は、勝ち残った4人がグランプリを目指して再び最終ピッチに臨んだ。
「植物で人を魅了する農園」という理念を掲げ、マイクロハーブを育てるMz Farm -縁結農園-の松本良介。「食を豊かに」との思いからWebメディア「Peloli」を立ち上げたマスターピースの新村康二。未来における里山のあり方を模索している山ノ舎の中谷明史。福祉を軸にした街づくりを提唱する認定NPO法人クリエイティブサポートレッツの久保田瑛。本稿ではグランプリに輝いた中谷と準グランプリの久保田を取り上げ、彼らの尽きせぬ思いに迫っていきたい。
左:久保田瑛(認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ) 右:中谷明史(山ノ舎代表)
泥くささ、面倒くささ、エモさの先に
「思い出の詰まったお店の数々がなくなっていたんです。このままではだめだ。何かしなければまずい。私は、そう思いました」浜松市東区で生まれ、中学から高校までの多感な時期を天竜区で過ごしてきた中谷は、グランプリ受賞直後に行われたForbes JAPANの取材に対して、真っすぐな瞳でそう言った。初めてのデートに花火大会……。かけがえのない瞬間の数々を刻んできた故郷の活気が失われていく現状を目の当たりにした彼は、東京からのUターンを決意した。今年で32歳になった彼が、まだ25歳のときだった。
「まずは場所が必要なんです。この地域を何とかしたいと考えている人は、自分のほかにもいるはずだと。場所さえあれば、思いの強い人が必ず集まると信じました」
中谷は、シャッターが目立つようになった天竜区二俣の商店街にコミュニティスペースとしてのカフェをオープンさせた。その後、まさに思いが思いを呼び寄せ、色とりどりの情熱が商店街に集まっていった。
「いまでは、自転車屋さんが手がける餃子、蜂蜜を使ったお酒など、面白い商材が売りの店が集まって商店街のにぎわいが復活しています。若いお客さんが地区外からたくさん来てもらえる場所になりました」
中谷は、カフェのほかに駅舎を改装して1日1組限定の宿もオープンさせた。有名誌に取り上げられ、著名人が泊まりにくるなど、天竜区二俣の活気を全国に知らしめることに大きく貢献している。
中谷の物語は、まだ終わらない。近隣の5市町村が平成の大合併によって浜松市に組み込まれて誕生した天竜区は943.84㎢という広さを誇り、その面積の約72%を森林が占めている。商店街がある二俣地区は、天竜区の玄関口だ。3年前、中谷は自身の住まいを二俣地区から車で30分ほど奥地の熊地区に移した。そこは、65歳以上の高齢者が人口の半数を超える限界集落だ。
「中山間地域では地元のコミュニティからの信頼がなければ、熱意や創意をもった外部プレイヤーは何もできません。地元の人たちが集まる『草刈り』に参加することから、私は活動を始めました。その場で熱意をもって、地域をよくしていきたいという話をしたのです」
草刈りに代表される中山間地域ならではの活動は「泥くさくて、面倒くさくて、エモーショナルですよ」と表現し、中谷は笑った。東京から戻ってきた7年間で、そうした日々の着実な営みを「心から楽しめるようになった」と彼は明かしてくれた。いまはそこからさらに一歩前進し、地区の内外をつなぐコミュニティスペースとして廃幼稚園を再利用したフレンチダイニング&カフェをつくり、雇用とともに保育環境も整える計画が進行中とのことだ。
シティボーイの弟、たけしとともに
限界集落という日本の人口問題のフロンティアで活動する中谷に対し、市街地を拠点にして「福祉に対する人々のマインドセットを変えて、福祉を軸にした街づくりを実現したい」との思いをほとばしらせているのが久保田だ。「いまは、誰もが生きづらさを抱えている時代です。その生きづらさをモノやサービスだけで解決するのは難しい。福祉の視点が必要だと私は考えています。18年には浜松市の中区連尺町に『たけし文化センター連尺町』という拠点をつくりました。障害の有無にかかわらず誰でも遊びに来られる福祉施設、音楽スタジオ、ゲストハウス、シェアハウスを併設したスペースです」
施設の名称にある「たけし」とは、久保田の弟のことだ。重度の知的障害があるたけしはいま、「たけし文化センター連尺町」でヘルパーの支援を受けながら生活している。たけしの生活スタイルは自由闊かっ達たつだ。閑静な住宅地では難しかったことも、浜松市の中心市街地がもつ多様性や寛容性が救いになり、いまの彼は生き生きと暮らせているという。障害のある人たちが自由でいられる街なかは、障害のない人にとっても自由で楽しい場所になりうるのではないか。
「20年には『浜松ちまた会議』を立ち上げ、福祉、医療、建築、金融などの約40 団体と個人がつながるプラットフォームをつくりました。同年10月には街なかに誰でも立ち寄れる私設の『ちまた公民館』もオープン。福祉を軸にして多様なちまたが集まれば、街はもっと面白くなるはずです」
中谷は山側から、久保田は街側から。ふたりのNEXT LOCAL LEADERSによって浜松は変わろうとしている。このふたつの事業が地域でさらなる成長を遂げたとき、浜松は確実に変わっているだろう。
「NEXT LOCAL LEADERS 浜松 −地方から社会を変える次世代リーダー発掘プロジェクト−」
コンセプトメイクや審査基準の設計段階からForbes JAPAN編集長の藤吉雅春がアドバイザリーとしてかかわってきた本プロジェクトの後援には、浜松市や浜松商工会議所、地元のFMラジオ2局がつき、日本たばこ産業やBLUE LAKE Projectなど総数20を超える協賛企業も集結している。第一次から第三次となる最終選考会まで貫かれた選考基準は「1. チャレンジ精神、2. 巻き込み力、3. 真似したくなるユニークさ」の3つだ。
主催:公益社団法人浜松青年会議所
開催パートナー:Forbes JAPAN
アワード詳細はこちら
https://www.hamamatsujc.or.jp/2022/nllh/
浜松青年会議所
https://www.hamamatsujc.or.jp/2022/
久保田瑛◎ 1992年、静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学卒業後、2018年にNPO法人クリエイティブサポートレッツに参画。20年に「浜松ちまた会議」を開始。
中谷明史◎ 1990年、静岡県浜松市生まれ。東京農業大学卒業後、東京R不動産に参加。2015年に浜松にUターンし「山ノ舎」をオープン。