「立命館アジア太平洋大学」(Ritsumeikan Asia Pacific University、以下APU)が来春、新設する「サステイナビリティ観光学部」が注目を集めている。このような学部が日本国内でつくられるのは初めてということもあるが、社会を驚かせたのは、やはりその「先見性」だ。持続可能性は産業の垣根を超えて、地球全体で考えなくてはいけない課題であることは言うまでもない。それを世界的にも成長を続け、日本でも発展が著しい「ツーリズム」の手法を用いて解決をする知恵を学ぶというのは、まさしくこれからの時代を生き抜く若者には必要不可欠な学問だ。2000年の開学以来、学生の2人に1人が国際学生という日本国内の大学にはない多様性に富んだ教育環境を整備して、「世界」を常に意識してきたAPUらしい、未来を見据えた挑戦と言えよう。ただ、一方で、まったく新しい学問、まったく新しい取り組みということで、「サステイナビリティ観光学部」でどんな学びが得られるのか、その詳細はこれからさらに明らかになっていく。そこで来年4月から、新学部の学生たちを担当するBUI Thanh Huong Bui(タン フォン ブイ)教授と、Thomas E. Jones(トーマス・ジョーンズ)教授に話を聞く。 現在、アジア太平洋学部(Asia Pacific Studies 以下、APS)でも教壇に立つ2人には、APUの強みと、新学部の門を叩く若者たちへのメッセージも語ってもらった。
「私はベトナムの大学を経て、オースラリアや欧州の大学や研究機関でも働いてきましたが、APUほど多様性がある大学はありません。私自身もさまざまな国からやってきた学生から文化など学ぶことが多い。ダイバーシティとは何かということを知るには、ベストな環境だと思います」
そう語るブイ教授の研究領域は、人文地理学、商学、社会心理学、観光心理学、観光開発、文化遺産保全、観光経営など多岐に渡っているが、APSでは主にツーリズムの質量的な分析などを学部生や大学院生に教えている。そこで特に力を入れているのが「フィールドワーク」だ。
「ツーリズムは現場で学ぶことが非常に重要で、最近でも、コロナ禍で打撃を受けた観光業やホテル業で働く人たちから実際に話を聞いて、どのようなストレスを抱えているのか、そしてどのようなサポートができるのかということを学生たちと一緒に考えました」
このようなフィールドワークを行う上でも、APUの環境は非常に恵まれていると力説する。大分、国東、杵築、中津などの観光地に囲まれ、そもそも大学がある別府は日本最大の温泉湧出量を誇る「国際観光文化都市」だからだ。
そんなAPUの「地の利」は、同じくAPSのジョーンズ教授も高く評価している。環境学入門、ジオサイエンス(地球科学)を教えるほか、ゼミの演習なども受け持つジョーンズ教授は、APUには多くの学生たちが気づいていない「強み」があると指摘する。
「学生たちからは、安全な日本の中で“海外留学”のような経験ができるところがこの大学の魅力だという話をよく聞きますが、APUの強みのひとつはこの立地です。雄大な阿蘇国立公園にも近いほか、目の前にはブルーツーリズム(海洋観光)ができる美しい海があって、APUでもかねてからウミガメの産卵地を守るプロジェクトも行っている。つまり、APUは日本のエコツーリズムのリーダーになれる環境にあるのです」
実際、APUは既にその強みを活かしている。19年に大学として初めて、環境省の国立公園オフィシャルパートナーシッププログラムに参画したのだ。ジョーンズ教授は「阿蘇くじゅう国立公園」の国際化プロジェクトに関わり、学生らと現地を訪問して、レンジャーとともに標識の設置などを手伝った。ちなみに、ジョーンズ教授は、富士山が世界遺産に認定された際にも、登山道の標識を「国際基準」に変更したり、わかりやすく改善したりという取り組みも行った、エコツーリズムの第一人者だ。
そんなジョーンズ教授と、ブイ教授が今、新しい始まりを心待ちにしているのが来春、APUに新設される「サステイナビリティ観光学部」だ。ツーリズムという「手法」を用いて、持続可能な社会を実現していく、というこの学部のミッションは、これからの時代を生きるすべての人々に必要な考え方だと両教授は口を揃える。
そこに加えて、ブイ教授が新学部に期待しているのは、大企業に頼らず地域住民が自分たちで行う「まちづくり」のリーダーになれる人材や社会起業家を世に送り出すということだという。
「私のこれまでの研究でも、サステイナブルな地域社会というのは、大企業主導の開発によって実現するものではなく、現地の人々による規模の小さな産業を持続可能にすることで実現できています。例えば、インドネシアでは、ブルーボンドという海洋保全や漁業支援のために使われる債券を活用して、地域のレンジャーが環境保全に努めながら、リゾート開発も進めるという取り組みが成功しています」
これは日本でいうところの地域住民による「まちづくり」だとブイ教授は指摘する。新学部で教えることは、そのような地域コミニケティのリーダーや、そのようなサステイナブルな社会を実現するための取り組みを進められる社会起業家も育成できると強調をする。
ただ、そこで育成される人材が活躍するのは「観光」という分野だけに限らない。10年間、ツーリズムを教えてきたブイ教授だが、教え子たちの卒業後の進路は、マーケティング、物流、カスタマーサービス、国際開発系のエージェント、コンサルタントなど多岐に渡っている。「持続的なツーリズム」を学ぶことで身につく「問題解決」のノウハウは、社会を変えていくさまざまな業種で生かされるという。
一方、新学部で公園や自然保全エリアに関する講義を新たに開設することが決まっているジョーンズ教授も、この学部から「リーダー」が巣立っていくことを期待している。
「世界では未曾有の気候変動が起きています。少し前にイギリスに帰国していましたが、毎日40度という高温が続き、2〜3ヶ月も雨が降らなかった。このような地球規模の問題を解決していくには、人々のマインドセットを変えていくリーダーが必要です。小学校の授業で、子どもたちにゴミの分別を教えたら、彼らが自分たちの親にそれを教えてゴミの分別が広まったという例があります。これと同じく、新学部で学んだ人たちもサステイナブルやSDGsを社会に広めるリーダーになれるのではないでしょうか」
そこに加えて、ジョーンズ教授が新学部にもうひとつ大きな期待を寄せるのが、日本のエコツーリズムの「意識」を変えるきっかけとなるということだ。
「日本には、北海道の知床半島や小笠原諸島など素晴らしいエコツーリズムの成功事例があります。しかし、残念ながら富士山などで一時期、ゴミやトイレの問題があったようにまだ十分ではない部分もある。そこにはさまざまな原因がありますが、やはり意識にも問題があると考えています」
日本社会ではまだ「エコツーリズム」の重要性がまだそれほど広まっていない。そう考えるのは、環境問題やSDGsというものに関心をもち、大きな志を抱いた学生たちがなかなかその能力を発揮できる場所が少ないからだ。
「私のもとで環境学やエコツーリズムを学んだ学生の大半は、それらとは関係のない仕事についています。残念ながらまだ日本ではこの分野の仕事が多くないのです。しかし、サステイナブルな社会を目指すというのは、地球全体の課題ですからいずれ間違いなく必要になってくる仕事です。日本社会も意識が変わっていけば、このような現状も変わっていく。新学部のミッションはそこにもあると私は考えています」
新学部への入学を検討している若者たちに、ブイ教授も、「コンフォートゾーンから飛び出して、新しいものを探しにきて欲しい」とエールを送る。そして、最後にジョーンズ教授もこんな力強いメッセージを送った。
「アメリカなどでは、自然保護などの学問はメジャーですが、日本は含めたアジアではこのような学部ができること自体かなり目新しい。オープンマインドできてくれればより多くのことが学べるでしょう。社会を変える、SDGsという大きな変革のプラットフォームになれる学部です」
「持続可能」という視点が社会のあらゆるところで求められている今、新しい時代をつくっていけるのは、APUのサステイナビリティ学部のように、世界でも注目されているサステイナビリティ学×観光学という新たな学問を、理論と実践の両軸で学べるという利点を持った学部で学んだ人々なのかもしれない。
Bui Thanh Huong(ブイ・タン・フォン)◎ベトナム出身。Griffith University Department of Tourism Sport and Hotel Management Tourism Managementで博士号を取得し、2013年に立命館アジア太平洋大学に准教授として着任。現在はアジア太平洋学部の教授として教鞭を執る。専門分野は観光学、商学、社会心理学。旅行産業論、観光経済、イベントマネジメントや統計学を教える傍ら、研究者として、東日本大震災後の復興をテーマに被災地でのフィールドワークに取り組んでいる。
Thomas Jones(トマス・ジョーンズ)◎イギリス出身。東京大学 農学生命科学研究科で博士号を取得後、明治大学ガバナンス研究科で准教授として勤務。2017年に立命館アジア太平洋大学 アジア太平洋学部の教授に着任。専門分野は環境政策、森林科学。現在は自然資源の保全、国立公園やジオパークの持続可能な観光、野生生物ツーリズムについて強弁を執る。好きな言葉は「敷かれた道を進むより、道なきところに自ら道を築いて進め。」(ラルフ・ワルド・エマーソン)
立命館アジア太平洋大学 https://www.apu.ac.jp/home/newapu/