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立命館アジア太平洋大学」(Ritsumeikan Asia Pacific University、以下APU)が来春、日本国内では初めてとなる「サステイナビリティ観光学部 (College of Sustainability and Tourism)」を新設する。聞き慣れない響きに、どのような専門知識を学ぶことができる学部なのか、すぐにイメージがわかないという人も少なくないかもしれない。また、APUを志望している学生やその保護者からすれば、この新学部を修了することで、将来的にはどんな仕事に就くことができるのかということにも興味があることだろう。
なぜかというと、APUの学生たちの卒業後の進路は一般の日本の大学と異なり、かなり多様性に富んでいるからだ。学生の2人に1人が国際学生で多言語・多文化が混ざり合う教育を提供しているAPUではかねてから「世界を変える人材」の育成を掲げて、その言葉通り、国連職員や海外で活躍する社会起業家などユニークな人材を多く輩出している。そんなAPUがなぜこのタイミングで新しい学びの場をつくったのか。そもそもサステイナビリティ観光学とは何か、そしてこの学部ではどのような分野で「世界を変える人材」を育成していくのか。そこでサステイナビリティ観光学部長に就任予定の李燕(Li Yan)副学長に、これらの疑問に答えていただいた。
「APUが今回、新しい学部をつくったのは今や全世界的な課題である持続可能な社会を実現するためです。そして、サステイナビリティ観光学というのは、サステイナビリティ学と観光学の融合で、地域の自然・歴史・人文資源の開発・保護を手段にして持続可能な社会を達成していくという学問です。観光(Tourism)や資源マネジメントによってサステイナブルな地域をつくって、その地域が増えていくことで、持続可能な社会を実現していくという考え方ですね」
そう語る李副学長は、これからの観光は、光るものを見に行くというsightseeingでなく、人やモノ、情報が動くモビリティ社会を支える世界の普遍的かつ成長産業であると同時に「サステイナビリティ」と切っても切れない関係だと強調をする。確かに、観光地の魅力を持続させるためには、その地域にある文化や自然を保護して持続させていかなければいけない。乱開発や観光公害によって自然や文化が破壊されてしまったら、その観光地は衰退してしまうからだ。
「そこに加えて、観光というのは地域経済や地域社会との結びつきが非常に強いものです。つまり、観光を持続させていくことは、地域全体をサステイナブルにしていくということでもあるのです」(李副学長)
では、そこで次に気になるのは、この新学部では学生たちにどのような学びを提供するのかということだろう。まず、大きな特徴としては、環境学、資源マネジメント、国際開発、観光学、観光産業、ホスピタリティ産業、社会起業、地域づくり、データサイエンスと情報システムという9つの専門領域を、学生自身が目指すキャリアに応じて組み合わせて選ぶことができるという点だ。これによって学生たちは卒業後、望む仕事についた時にすぐに新学部で学んだことが活かせるという。
そこに加えて、李副学長が学部長として力を注いでいるのが、「知識と現場の結びつき」である。
「いくら高度な専門知識を学んでも、それを現場で活かせなければ意味がありません。実は私も学生時代、都市計画を学んでいてもそこで得た知識がなかなか現実に結びつかなかったという経験がありました。そこで、新学部では1回生から積極的に現場に行くということに力を入れます。都市整備、水質保全施設、空き家問題なども授業で学ぶだけはなく、実際に現場に足を運んで、現実を見てみるとまったく意味が違ってきますよね。このような大学を飛び出すオフキャンパスの専門実習は現在でも行われていることですが、新学部ではさらに増やしていきたいと思います」(李副学長)
そんな徹底した「現場主義」をさらに後押しするのが、APUの恵まれたロケーションだ。APUがある大分県別府市は、日本有数の国際観光文化都市であり、市内には雄大な自然や歴史などの観光資源に事欠かない。「観光学」「観光産業」「地域づくり」などを学ぶ現場が山ほどあって、既にさまざまな取り組みが始まっているのだ。
「これほど恵まれた場所にいるので、それを活かして持続的な地域開発を考えていくオフキャンパスでの学びを充実させていきたい。」
例えば、今年からAPUは大分県と一緒に、APUの学生50人が大分の魅力を発掘して発信をしていくというプログラムを進めています。世界各地からきた学生たちが地元の人にはない視点で、地域の魅力を掘り起こし、それをプロのユーチューバーに動画をつくってもらうのです。今はまだ単位付与していませんが、いずれは魅力を探す方法や動画編集のやり方を教えるような授業に発展させていってもいいのではないかと考えています」(李副学長)
こういった地域の価値を創造する学びは国内だけにとどまらない。国際的なネットワークを持つ多国籍な教員たちが中心となって、学生とヨーロッパや東南アジアにある国際機関などにも出向き、世界の事例を現場実践的に学べるプログラムも数多く用意されている。
サステイナビリティ観光学部では、持続可能な世界をつくっていくための幅広い専門知識が学べて、しかもそれらは現場で実践できるというのがわかったと思うが、新学部の受験を検討する学生たちやその保護者にとってやはり気になるのは、この日本初の学部を修了することで、どんなキャリアデザインができるのかということだろう。
APUを卒業した学生たちの進路は、この大学の特徴と同じでまさしく「多言語・多文化」である。国連で働いている者もいれば、停電の多い国でも延命措置が中断されないように、電気を使わない人工呼吸器を発明して、英国王立工学アカデミーから表彰を受けたような人物もいる。また、タイやカンボジアの農村で開発にしている卒業生もいれば、途上国でフィンテック(ITと金融を融合させる動き)企業を立ち上げて、資産管理アプリを開発した卒業生もいる。
もちろん、これだけ多様性に富んでいるので、海外ばかりではなく、日本国内で就職・起業をする卒業生も少なくない。そういう多種多様なキャリアというところでも、新学部はかなり「就職に有利」だと李副学長は言う。
「サステイナビリティ観光学部で学んだことは観光業のみならず、あらゆる業界で活用できます。中でも特に大企業への就職には強みになるでしょう。今、ほとんどの大企業はSDGsに取り組んでおり、この分野への投資を促すESG部門も新設されており、今後もこの動きは盛り上がっていきます。しかし、日本にはこの分野をしっかりと学べる大学はほとんどありません。そういう意味では、いいタイミングで新設できたと思っています」(李副学長)
また、「地域づくり」という専門領域があることからも、自治体などの行政でも学んだことは活かされるはずだという。そこに加えて、李副学長が卒業生のキャリアとして挙げるのは「社会起業家」だ。
「例えば、先ほども紹介したように、これまでもAPUの卒業生たちはさまざまな国で地域開発をしていますが、新学部ではさらに専門的な地域づくりを学びますので、それを習得した卒業生が、日本だけではなく世界で活躍することを期待しています。そして、APUの卒業生同士のネットワークを活用して、日本のノウハウを世界に伝えたり、その逆もできます。そんな社会を変革するイノベーターを目指している若者には、ぜひ新学部の門を叩いてもらいたいです」
実はサステイナビリティ観光学部は2022年開設の予定だったが、コロナ禍によって1年延期になってしまったという経緯がある。しかし、学部設置委員会の委員長としてゼロから新学部の立ち上げを主導してきた李副学長は、今となってはそれもよかったかもしれないという。
「時間がもう1年できたことによって、教員たちの議論もさらに深まって、新学部の内容がより精緻になり、どのような学びによって、世界に通用する人材ができるのかというキャリアデザインもより明確になりました。APUの“第2の開学”に相応しい新学部ができたと思っています」(李副学長)
日本で初めてとなるサステイナビリティ観光学部から、果たしてどんな「世界を変える人材」が育成されるのか注目をしたい。
李 燕(リ エン)◎中国出身(59歳)。日本国内で博士号(工学)を取得後、立命館大学助手やコンサルタント会社研究員を経て、2000年の開学時より立命館アジア太平洋大学にて勤務。アジア太平洋学部長及びアジア太平洋研究科長を務めた後、現在は副学長として2023年設置予定のサステイナビリティ観光学部を担当。近年の主な研究業績には、東京大都市圏の空間構造の分析や都市の温室効果ガスインベントリー等があり、主要国際学術誌への論文掲載も多数。また、地元大分県や別府市の環境・都市計画・観光に関する専門委員も務める。
◎立命館アジア太平洋大学
https://www.apu.ac.jp/home/newapu/