サプライチェーンに求められる複雑かつ多様な変革
利益の追求のみを主眼としてきたこれまでの「株主資本主義」は、世界的にその主役の座を譲りつつある。2019年、米NGO「ラウンド・テーブル」は「株主資本主義」の問題点を指摘し、その流れから翌年の世界経済フォーラム(ダボス会議)のマニフェストでは「ステークホルダー資本主義」が提唱された。企業は株主の利益を第一とすべしという「株主資本主義」は時代錯誤であり、企業は従業員を含め、取引先、顧客、地域社会といったあらゆるステークホルダーの利益に配慮しなければならないと謳われたのだ。同年次総会ではこのマニフェストのもと、エコロジー、エコノミー、インダストリー、ジオポリティクス(地政学)、ソサイエティ、テクノロジーの重要6項目が挙げられ議題となった。
こうした潮流は、企業が取るべき戦略、運営と密接に、そして複雑に絡み合う。企業競争力の源泉となるサプライチェーンもしかりだ。多様化する顧客のニーズへの対応、COVID-19を最たる例とするグローバルレベルのインシデント、サステナブルな社会の実現に対する責任といったテーマと、日々の課題や機会との両軸で、企業は改めてサプライチェーンと向き合う必要性があると、アビームコンサルティング デジタルプロセスビジネスユニット SCMセクター ダイレクターの今村達也は言う。
「世の中の経済活動において特にサステナビリティに関する共通価値が高まっています。なかでもSDGsへの投資が広がりを見せ、また国によっては人権についての法制度整備が進んでいます。21年、ドイツではサプライチェーン・デューデリジェンス法の施行が決定し、来年から施行が予定されています。これにより(サプライチェーンにおける)人権侵害や環境汚染のリスクを特定し、企業が責任をもって予防策や是正策を講じる義務が求められるようになりました。これに違反すると80万ユーロの罰金、また企業規模によっては売上の2%ほどが課されるほどです」
さらには、世界は経済安全保障上の輸出、調達規制があり、そのうえ、米中貿易摩擦、パンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻などの要因によってサプライチェーンが突如寸断されてしまうといった不確実性も高まっている。経済効率性から推進されてきた「サプライチェーンの集中」は、いまやは「リスクヘッジのため分散」へと転換しつつある状況だ。例えば不足が叫ばれ続けた半導体業界では、欧米企業は生産拠点を国内に戻す傾向にある。
「こうした流れから、サプライチェーン全体はこれまでより複雑化しているのが、現在のマクロトレンドです。これまでは直接的なクライアントと主要サプライヤーさえ把握していればよかったのですが、これからは間接的な取引先も把握する必要があります。
加えて、管理視点でもQCD(Quality/品質、Cost/コスト、Delivery/納期)だけを観ていくのではなく、3E(Ethical/倫理、Environment/環境、Emergency/有事・緊急事態)の考慮も欠かせない。地震、水害、火災などのBCPルールを決めるレベルだったのが、あまりにもさまざまなリスクが発生するため、経営上のインパクトに着目するオールハザード型へのBCP対応が必要になっているのです。
サイバーセキュリティも同様です。そして、昨今は、ステークホルダーからのサプライチェーンに対する、社会的責任がより強く求められる時代になりました。人権問題が不買運動につながり、サプライチェーンが突如止まってしまうといったこともあります。自社を取り巻くサプライチェーン全体をさまざまな観点からサステナブルなものにアップデートし続けることがとても重要です」
今村達也 アビームコンサルティング デジタルプロセスビジネスユニット SCMセクター ダイレクター
これから先、企業は、会社の事業としての最適化を超え、サプライチェーンを含めた社会と環境がサステナブルであるかという観点を重要視し、それを意識していかなければならない。サステナブルなサプライチェーンの構築を通じて、それ自体を自社の経営戦略の中心にしっかりと位置づけたうえで、経営層がイニシアティブをとり、部門横断で取り組まなければ、そもそも企業としての存続も危ういと今村は言う。
デジタルのインパクトでサプライチェーンにおけるビジビリティの拡張とレジリエンシーの向上を実現し、社会的責任を果たす
今村によると喫緊の課題として、取り組まなければならないポイントは、大きく分けて以下の3つだという。
1.デジタルを活用した、自社を取り巻くサプライチェーン情報の可視化とシミュレーションによるリスク対応の強化
平時だけではなく有事もモノ・サービスを安定供給できる基盤の構築が必要だ。これまでも企業内、グループ内で機会損失低減には対応してきた。ただし、突発的変化が起きる有事においては構造的な問題が露呈することが多い。そうしたことにも対応できる、グループ内、企業内に留まらない、取引先との企業間連携を含めたSCMを構築していく必要性が高まっている。リスクを捉えて、影響する製品・部品・顧客・サプライヤーを把握し、生産数や出荷数、あるいは収益への影響をシミュレーションし、各種計画の見直しにつなげていくデータマネジメントをベースとしたアーキテクチャ、プロセスの構築が急務である。その際、自社だけではなく、取引先を含めたリスクの横断的な分析が求められる。これまでは、自社の品質、コスト、納期というQCDのみが議論されてきたが、これから先はパンデミックや紛争など地政学、およびサステナビリティのリスクも含め、物流業者、サプライチェーンの先にある顧客のリスクまで評価する必要がある。一方ですべてのリスクを事前に予見することは不可能に近い。そのため大事なのは、環境変化に対して、どう対応するかシナリオを決めたうえで、その影響の分析・予測をして、予防措置に生かしていくことでレジリエンシーの強化につなげることだ。
2.戦略的に意思決定するための組織体制づくり
迅速な対応に不可欠なのは、SCM部門とマネジメント間の連携意思疎通だ。上記でシミュレートしたサプライチェーン計画の経営層によるレビューを、自社のサプライチェーン計画プロセスに組み込むことが必要。世の中ではS&OP(Sales and Operations Planning)と呼ばれているが、根付いている日系企業は多くない。例えば、生産・発注・出荷などが、キャッシュ投入/当期予算進捗/ROIC・CCCに与える影響を可視化し、CEO・CFOが経営レビューできるようにする。極度の状況変化、リスクが発生する現状では、SCM部門だけで判断するのが難しい意思決定もでてきている現状を考えると、経営層を意思決定プロセスに巻き込むことが重要だ。
3.ステークホルダーとのより強固な関係構築と、そのための透明性ある情報開示
情報開示においては、欧米では、情報開示における規制強化が進んでいるが、それは法対応の側面だけではない。外部機関、関連するステークホルダーからの評価と信頼は企業の存続に直結するため、情報の共有には繊細でなければならない。特に環境、人権などサステナビリティに関する情報の開示は重要だ。これまでの日本のサプライチェーン改革は、顧客の需要変動をいかに捉え、在庫適正化をどう実現していくかがテーマだった。それはもちろん今後も必要だが、顧客や社会といったステークホルダーの期待や要請に、今後より応えていくためには、複雑化、多様化する供給側のリスクに適応しつつ社会的責任も果たす、つまり、経済性と社会性を両立した次世代のサプライチェーンを構築する必要がある。そのためには、顧客やパートナーとの信頼関係を中心においた透明性ある情報開示は不可欠だ。サプライチェーンのエコシステムをWin-Winの関係で構築・維持し、組織として体制を整備していく必要がある。調達部門には自社の調達購買プロセス・生産・販売・主要サプライヤーへの深い理解と、調達先のサプライチェーンまでをも見通す力が求められる。サプライヤーに対する対外的な顔である調達が果たすべき役割、責任は、今後ますます大きくなっていくだろう。
戦略的な“調達”こそが、これからのサプライチェーンの要
一方で、「日本企業の調達部門は、欧米に比べて20年遅れているとよく言われている」とも今村は言う。
「そもそも日本では、最高調達責任者(Chief Procurement Officer=以下、CPO)を置く企業もまれです。言わずもがなですが、そのこと自体よりも、調達部門自体が会社の競争力の源泉となる部門のひとつだという意識が根付いていないのが課題です。『ものづくり大国』という自負からか、優秀な人財とリソースはものづくり部門(設計、生産、品質)に集中させる傾向にあり、調達は発注処理や納期管理や調整のオペレーションができればいいという風潮が強いのです。すると、現在のようにさまざまなリスクが増大するなか、リスクを捉えて能動的な対応をリードすることは難しいですし、いざ対応しようにも日々の納期調整や有事のBCP対応に追われ人手が足りないという状態になってしまいます」
それに比べて、欧米はどうか。今村は続ける。
「欧米では付加価値の高いものを安く調達できるかが重視されており、調達部門が利益に貢献すべく、全社の支出管理に責任をもつという意識が強い。そのためにサプライヤーとのリレーションにも責任と権限をもつ。場合によっては、サプライヤーと共同し新しい価値を生み出している。現在、企業における調達部門が担う役割は大きい。企業の市場価値は、サプライヤーとの関係で決まるとさえ考えられています。いままで以上に社会的な責任を果たすうえでも、経済だけでなく、政治や社会、環境面含めて外部環境の変化を捉えて 、サプライヤーと良質なエコシステムを築くことは待ったなしなのです」
すべてはより信頼性が高い開かれたサプライチェーン構築のために
今後は、デジタルを梃子に先に述べた役割を果たすことが重要だ。一方で、「調達部門へのデジタル投資はなかなか進まない実態にありますが、いまこそ調達部門の戦略的な位置づけを明確にしたうえで、権限と責任を再配置し、必要な投資を行うべきなのです」と、今村は言う。
例えば、災害が発生した際、これまではバイヤーが一軒一軒電話をかけ、取引先のサプライヤーがどんな被害を受けたか手作業で情報収集していた。現在はSNSやWEB上のニュースなどオープンデータを活用した情報を提供するサービス会社が存在する。取引先の財務リスクも同様です。サービス提供会社とデータを連携することで、リスク検知を効率化することも可能だ。これに加え、人権および環境に呼応するリスクの把握も急務となっている。これまでは定期的に取引先に質問表を送り手作業で回収していたが、SaaS型ソリューションやプラットフォームを活用することで効率的にデータを収集することができる時代になった。
企業を跨いだ日々のオペレーション連携を迅速に行うことも重要なテーマだ。検知されたリスクを起因とした長納期の部品や重要原材料等の納入遅延/在庫不足による販売機会損失を抑止するためには、中長期視点でキーパーツ・長納期原材料の供給を担うサプライヤーを巻込まなければならない。サプライヤー側の納期回答情報をもとに、需給調整、調達計画、販売計画との連動性をもたせることがレジリエントなサプライチェーンの胆となるからだ。企業間連携を促進する調達デジタルプラットフォームを活用することで、バイヤー企業とサプライヤーが長期の調達計画を情報共有できれば、バイヤー企業はサプライヤーの“枠どり情報”をサプライヤー制約として、自社の生産計画・収益計画へ反映させることが可能となる。メーカーとサプライヤー、物流業者がサプライチェーン計画情報を共有し、そこから輸送効率化やCO2排出量の低減に貢献していくことも叶うため、社会貢献という観点でもメリットは大きい。
「お客様には『いまの状況はなんとかしないといけない』という危機感があります。私たちもその危機感を共有しながら、みんなで課題を解決しようという意識を統一することが大事なポイントです。アビームは構想から実現までを強みとしています。実際にクライアントの中に入り、データを分析し、現状の業務もしっかりとヒヤリングし、現場の方々の意見に耳を傾けながら進めていくスタイルです。そこがお客様から信頼を得ているポイントだと思っています」
「絵に描いた餅」を見せるのではなく、実現化に向けた具体的なアプローチを足並み揃えて、寄り添いながら進める。「実現力」のあるサプライチェーン改革が、自社、ステークホルダー、さらにはその先の顧客と共に新しい価値を生み出していく。サプライチェーン領域の深い知見とデジタルを掛け合わせ、具現性の高い提案と伴走型による支援を行う、それこそがアビームの付加価値である。
企業の経済性の効率化はこれまで通りもちろん重要だ。だがこれからは人権、環境などを含めた社会性、つまりは非経済性にも投資が必要であり、経済性、非経済性の両輪をいかに具体的に進めていくかが求められる。
「日本企業が今後、この社会性の問題解決に取り組まない場合、大きな企業リスクになることは間違いありません。日本もグローバル・プレーヤーの一員です。人権問題、環境問題については、十分に取り組まない企業は必ず社会的に叩かれます。不買運動に発展するなど消費者だけではなく、法整備はドイツのように急速に進むと見込まれており、この対応を怠れば欧米との取引に支障が生じます」と今村は警鐘を鳴らし、こう締めくくった。
「サプライチェーン上のリスクが複雑化、高度化した現状にネガティブになるのではなく、むしろ新たな仕組みづくりや取引先との関係構築に向けたチャンスと捉えるべきです。
デジタルを梃子にしながら企業部門間、企業間を跨いだサプライチェーンオペレーションの変革を推進し、企業責任としての人権、環境負荷への対応を早期に行っていくことで、経済性と社会性の両立を実現し、企業価値向上とサステナブルな未来につなげていくことが重要ではないでしょうか」
自社のビジネスの最大化・最適化のためだけにサプライチェーンと向き合う時代は終わった。その流れを受け、顧客やパートナーをはじめとするステークホルダー、そして社会との開かれた関係性を実現するサプライチェーンの構築に舵を切るのか、否か。過渡期がやって来ている。