デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタル・トランスフォーメーションと移り変わるなか、そのどれもが単なる目的と化しており、それらを生かした経営に変革をもたらすビジョンを描き切れていない。これは、いわゆる「データドリブン経営」についても、同様だ。
「実に多くの経営陣や現場から『データドリブン経営』という言葉を耳にするのですが、そのどれもが共通認識のもとに使われていない。これが『データドリブン経営』の実現を阻害するもっとも大きな問題だと思います」
そう応えるのは、アビームコンサルティング 戦略ビジネスユニット 執行役員 プリンシパル 小宮伸一だ。
「『データドリブン経営』とは何か。データドリブン経営を通じて何を実現したいのか。それを特定できていない、発信できていない企業があまりにも多い。これが日本企業の現状なのです」
小宮伸一 アビームコンサルティング 戦略ビジネスユニット 執行役員 プリンシパル
データドリブンで解決したい経営課題とは
「事業ポートフォリオを組み替えたいのか、顧客接点を強化しライフ・タイム・バリューを最大化したいのか、需要予測精度を向上したいのか、従業員エンゲージメントを高めたいのか、データドリブン経営によって解決したい経営課題・事業課題を経営陣が描き切れていないことが、もっとも大きな問題」と小宮は指摘する。
経営陣は戦略を定めたつもりでいる。しかし、その戦略を理解し行動するのは、現場だ。経営と現場は戦略を共通認識のもとで共有できているのだろうか。戦略と行動、つまりオペレーションのギャップは、企業における永遠のテーマである。
戦略を定める、すなわち解くべき経営課題を特定し、データ分析の目的を明確化し共有することなくして、データドリブン経営の実現はありえないということだ。
分析レポートが活用される経営管理プロセスの再設計
解くべき経営課題を特定し、データ分析の目的を明確した次に行わなければならないのが、分析レポートをどのように活用するのか、つまり経営管理プロセスの再設計だ。
「データドリブン経営に取り組んでいるというクライアントにその様子を聞くと、『データ分析に必要なレポートは何か』について議論していることが多い」と小宮は言う。
「どのような分析レポートを出力することがデータドリブン経営に有効か、という話なのですが、そこが終着点ではありません。その分析レポートをもとに、現場にどんな意思決定を期待し、その意思決定に基づき、どんな行動を選択してほしいのか、ここまで具体的に設計しなければ、データドリブン経営の効果は生まれません」
これは「ROIC経営(Return On Invested Capital/投資資本利益率の略)」についても同様と小宮は考える。
小宮は、正しい危機感をもった部長陣(経営企画部長、事業企画部長など)から要請されてROIC経営の再導入を支援することも増えている。わが社はもうすでにROIC経営を全社的に導入済であり、社外にも開示済である。何をいまさら再検討するのかーー。とあるプロジェクトを開始したタイミングで、部長陣と経営陣のこんなやり取りに触れることがあった。
「部長陣はもちろん、ROICレポートが出力できていることは理解しています。彼らが問題視しているのは、せっかく作成したそのレポートをもとに経営会議でどのような意思決定がなされているのかわからない、そもそも活用されていないのではないかということなのです」
全社のセグメント別ROICレポートをもとに、どの事業に追加投資するのか、どの事業から撤退するのか、そうした英断を経営陣が下した実績もなく、セグメントごとのROICツリーのレポートが配布されている現場においても、どの指標を参照して、どのような意思決定・行動が期待されているのか、ほとんどの従業員が理解していない。
つまり、分析レポートが出力されていても、それだけでは何も成果は生まれないということだ。データドリブン経営をリードするものがまず取り組むべきは、経営課題の特定と経営管理プロセスの再設計であると小宮は繰り返し指摘する。
こうしたデータドリブン経営の導入課題を抱えつつ、しかし、データに基づいた意思決定はますます重要性を増している。その背景には、デジタイゼーションにより参考にすべきデータが膨れ上がり、データに基づいた素早い意思決定が競合優位性となる状況があると小宮は言う。
小宮はこの「データドリブン経営」の成功例として、とある専門商社の取り組みを挙げた。
成果が生まれるプロセス再設計の事例
当該専門商社では、営業部門の各人がルートセールスとしてひとり数十社程度の販売代理店を担当し、販売代理店を介して、エンドユーザーにセールスをかけていた。昔の営業は「足で稼ぐ」が基本。販売代理店とともにエンドユーザーを回り、その時々でどのような商品が導入・活用されているかをヒヤリングし、ニーズに合わせ最適な商品の提案・販売に結び付けていた。
しかしそのノウハウは完全に属人化しており、優秀な営業部員もいれば、受注を取れない営業部員もいた。さらに、優秀な営業部員でさえも、昔ながらのやり方では立ち行かない時代になっていた。ビジネス規模は拡大したが、エンドユーザーの増加とともに直接的な接点が薄れ、販売代理店の単なる御用聞きになりつつあった。そうしたタイミングで小宮のもとに相談が舞い込んだのだ。このように具体的に解決したい問題があってこそ、はじめてデータ分析が有効に機能する。
小宮はこの相談を受け、「どういった販売代理店、エンドユーザーに対して、どのような商品の組み合わせを提案すれば受注確率を最大化できるか」を、解くべき経営課題として設定した。属人化された経験に基づくのではなく、データドリブンによる意思決定のテーマを特定した。
さらに、成績優秀だった営業部員へのヒヤリングを重ね、どのような組み合わせによる提案で受注に至ったのか、データの蓄積を粛々と進めた。蓄積されたデータの分析から導かれる最適な提案パターンを参考に、初見の販売代理店やエンドユーザーにも提案を実施。これが功を奏し、受注獲得増に結びついたという。
「こうしたデータも当初から精度が高かったわけではありません。蓄積したデータ活用によって受注に至ったのか否か、そのフィードバックが重要です。しかし、そのデータを地道に積み重ねたことによって会社全体としての受注確率は見る見る向上していきました」
こうしたデータはこれまで営業部員が直接収集した経験則に基づくデータ、つまり顧客接点をもてるリアル・チャネルでしか収集できない限定的なものだった。
そこで、次のアクションとして小宮が注目したのは、デジタルチャネルだった。受注に至らずとも、どんな業種の顧客が、どんな商品を求めているのか、ポータルサイトやECサイトは、有効なデータを取得するのに非常に有効な手段となるからだ。導入を機にデータは飛躍的に蓄積されていった。
経営管理プロセスを定着させる組織・人事制度
だが、営業部員にとっては、自身が長年かけて積み上げたノウハウを会社に吸収されてしまい、利点がないのではないか。成績優秀な営業部員はそんなふうに考えて、非協力的だったのではないだろうかーー。
「優秀な営業部員に対しては、社から『個人成績を上げることが、君のミッションではない』と明確に打ち出してもらいました。さらに単なる営業ではなく、会社全体の受注率向上をミッションとした『データドリブン営業企画部』を新設し異動してもらったのです。社の業績によって、その元営業部員を評価する制度も策定しました。また、サステナブルな経営管理プロセスにするために、営業部員による提案内容・結果を登録するシステムをつくり、登録に対する評価を可能とする制度も導入しました」
これなら社員のモチベーションは上がりこそすれ、下がることはない。しかし、こうした課題解決に至るには、コンサルタント側にもクライアントの経営課題、業務課題に対する深い理解力が求められる。
小宮は、各業界の業務プロセスについての“圧倒的な”理解度の高さと課題解決に必要なデジタルテクノロジーの目利き力が、アビームの強みと胸を張る。
アビームは、40年以上、さまざまな業種・業界の企業や組織のビジネス変革を支援してきた。業界に精通したインダストリーコンサルタントに加え、戦略からプロセス、テクノロジーまであらゆる変革テーマに強みをもつ、プロフェッショナルが、有機的にチームを編成し、企業の変革テーマを一気通貫で支援することができる。
コンサルティング業界にも時代の流れがある。以前は、主にはクライアント側が経営課題を設定し、その課題の解決に専門性を保有するコンサルタントが解決に貢献してきた。しかし、時代はより複雑化しており、また変化のスピードは各段に速まった。いまはクライアント側から「課題がわからない」と相談が舞い込むことも多いのだという。
小宮はその理由をこう分析している。
「アビームでは、クライアントとご一緒する際、クライアントの未来を想像し、課題の仮説を提示し、クライアントが何について悩んでいるのか、一緒に考えます。成功している企業のやり方をフレームとして当てはめるのではなく、その企業にとって重要な課題や成長の源泉は何かといったことに立脚して、実装まで伴走します。そうしたアビームのスタイルに共感いただいているからだと思っています」
最後に小宮は日本企業の経営者へのメッセージとして、こう締めくくってくれた。
「データドリブン経営」という言葉が一人歩きし、それ自体が目的化してしまうケースがあまりにも多いのが日本の企業の実状です。まずは、『データドリブン経営』という言葉から離れて、経営課題を特定し、分析目的を明確化することから始めるべきです。
少子高齢化のなか、オペレーションの自動化はますます進んでいくでしょう。シンギュラリティが訪れて、AIが意思決定の多くを代替することになっても、「何を意思決定すべきか」は、私たち人間が定義し続けていきたい。
すべての従業員が「私が意思決定すべきことは何か」これを定義できる人材であってほしいと思っています。