顧客満足度を向上するための取り組みである一方で、効率化を追求しすぎるあまりに顧客の不満が募ってしまうということはよくある。企業と顧客の関係性は、CS(Customer Satisfaction/顧客満足)からCX(Customer Experience/顧客体験)へ、つまり、いかに”顧客視点”で好ましい体験を提供できるかへとシフトしている。
デジタルテクノロジーの進化でできることが増えたはずなのに、それが顧客にとって好ましい体験の提供になっているのか。企業はいまいちど自問する必要があるだろう。“顧客が感じる価値”を捉え、自社も含めた企業間エコシステムのなかで顧客と企業が共に創り上げる“顧客体験”の創造が、いま求められている。
顧客起点をつきつめてこそCX
では、顧客と企業が共に創り上げる“顧客体験”とはどのようなものなのだろうかーー。アビームコンサルティング コンシューマビジネスユニット ダイレクターの山根太一はアプリ開発を例に挙げるとわかりやすいと言う。
「商材としてのゴルフがよい例です。多くの企業は“ゴルフクラブを購入する” “ゴルフ場の予約をする”などといった、企業にとっての顧客とのタッチポイントのみで顧客のカスタマー・ジャーニーを描きます。しかしそれでは、CXにはなりません。ゴルフ・プレーヤーのカスタマー・ジャーニーはもっとストーリー性があるはずです。ゴルフに出会い、友人に連れられてはじめてのゴルフクラブを購入し、練習場で練習し、そこからゴルフ場でプレーしようという会話があり、予約サイトを利用する。
そして当日を迎え、クルマでゴルフ場へ向かい、実際に体験し、帰宅する。ひょっとすると反省会もあるかもしれません。こうした一連のCXを全体で捉え、CX全体の中で開発するアプリはどのような役割を担うべきか考える必要があります。さらには、価値観や求める体験は顧客によって異なるだけでなく、顧客のライフステージによって変化もします。アプリ開発においても、個々の顧客やその変化に応じてUX/UIを継続的に改善できるように構築する必要があるのです」
一般的な開発においては、アプリを立ち上げてから終了するまでのUX(User Experience)に終始しがちだ。顧客とのタッチポイントのみを点で捉えてしまい機能的な整理だけでUXをつくってしまう。しかし、これでは顧客の体験全体を捉えて定義し、施策を打ったことにならない。
顧客のライフステージごとに顧客の求める価値をつなぎ合わせ、必ずしも単一の企業のみではなく、さまざまな企業との連携を通じたエコシステムの構築によって、連鎖的な提供価値を設計する“顧客体験連鎖”の考え方が重要だというのが、山根の主張だ。
「顧客起点という発想をつきつめてこそCXと言えるのです」
進まぬ日本企業のCX推進、課題は硬直した従来型の組織構造
しかし、日本企業のCXの実現度はいまだ低いと山根は懸念を示す。
「外部機関の調査によると、日本の多くの企業は一様に“CXは重要”と考えているにも関わらず、わずか10%程度しかその取り組みが進んでいないことが示されています。これは、データだけではなく、私たちが実際にさまざまな企業や組織の変革を支援するなかでも、多くがこの段階にいるのではないかという肌感覚と合っています」
デジタルテクノロジーの進展や世界的なパンデミックによって日本企業を取り巻く外部環境は大きく変化した。顧客の価値観の多様化、購買行動の変容、さらには環境意識の高まりによって、商品や企業運営そのものにサステナビリティが問われるなど、さまざまなテーマが複雑に絡み合い、よいものをつくれば、あるいは機能が優れているものを提供すれば、顧客がついてくる時代は終わりを迎えたと言えるだろう。企業は顧客に選ばれ続け持続的に成長するために、顧客との関係性を見直す時期に来ており、CXをより重要視する潮流が生まれているのは間違いない。これは、B to C企業に限らず、最終的な消費者がいるB to B to C企業も同様だ。
そうした状況にも関わらず、日本企業のCXの取り組みが思うように進まないのはなぜだろうか。山根はその要因のひとつは、従来型の組織構造にあると考えている。
「顧客との関係やそこでの体験創造は本来ビジネスそのものであるはずです。にも関わらず、CXを気にかけているのはマーケティング部門など一部の部門に留まってしまっていて、会社全体のレベルではまだまだ理解が及んでいない。例えば売り上げがKGI(Key Goal Indicator)だと仮定しても、CXの要素はKPI(Key Performance Indicator)に落とし込まれていません。CXを掲げはするものの、CX戦略をもたず、それが経営指標、事業計画に反映されていないのです。組織が分断されサイロ型になり、それぞれの部署が個別に企業側からの視点でカスタマー・ジャーニーを描いている。これが日本企業のCXが進まない要因のひとつです」
本来、CXは企業が提供する価値を起点に、顧客との関係を軸にビジネスを再創造する取り組みのはずで、マーケティング部門だけで推進できるものではない。さらには顧客の価値観は、社会情勢やテクノロジーの発展はもとより、個々のライフステージによっても変化する。求められる顧客体験が常に変化を続けるなかで、企業はサステナブルな対応が可能な組織をつくらなければならない。しかしいまはまだ、“企業側からの視点”に立脚しているため、顧客側からの視点の取り組みになっていないばかりか、従来型の組織構造がそれを堰き止めてしまっているという。
テクノロジー・オリエンテッドの発想が、顧客からの距離を生む
さらに、もうひとつの要因として山根は、テクノロジー・オリエンテッドの発想を挙げた。デジタルテクノロジーの進展により、従来は限られていたさまざまなデータの取得が可能となり、個々の課題解決のサービスやソリューションは乱立している。しかし最も重要なのは、顧客が何を求めているかに立脚した価値提供のはずだ。テクノロジーに偏り過ぎると、「最新のテクノロジーで何ができるか」とCXとは無関係の発想に陥ってしまう。
実際に、テクノロジーを用いて顧客のさまざまなデータを収集することに主眼が置かれ、そのデータを何に対して、どのように活用するのかが十分に議論されないまま、データを保存するサーバーの費用ばかり高額になってしまうなどの例は枚挙に暇がない。企業側もCSとCXの差を理解しないまま、快適性/機能性のみを追求したさまざまなツールを導入することにばかり気を取られてしまいがちである。
テクノロジー・オリエンテッドの発想では、CXにはたどり着けない。顧客側からの視点で体験を創造し、そこにデジタルテクノロジーの力を生かすという顧客起点の発想で活用しなければ無駄な投資に終わる可能性が高いと山根は主張する。
山根太一 アビームコンサルティング コンシューマビジネスユニット ダイレクター
CXを実現するためのテクノロジーの活用
一方で、テクノロジー・オリエンテッドの発想は避けつつも、顧客起点で考えたCXを実現するためのツールとして、新しいテクノロジーを活用することは積極的に進めていくべきだと山根は言う。
その一例として、アビームは現在、最新テクノロジーを取り入れた“Emotional Analysis(感情分析)“にも取り組んでいる。光学カメラの技術向上により映像に映し出された人物の紅潮や瞳孔などの表情反応や身体的反応により心拍数、緊張度合いなどのデータが取得できる時代。こうしたデータをグループ・インタビューやデプス調査の際に掛け合わせることで、より精度の高い感情的なデータとして裏付けに使うことができるという。山根はCX領域の新たな将来像を見据え、こう語る。
「アンケートやABテストなども、その結果で判断するだけでは十分ではありません。CSなら結果まででも問題ありませんが、CXは『なぜ』まで深掘りしなければならない。『なぜ好きなのか』『本当に嬉しいのか』をつきつめてこそCX。顧客の『なぜ』が把握できれば、仮説設定からどう変化するのかを因数分解し、KPIを設定することが可能です。つまり、CXを向上させるためのPDCAを回す仕組みをつくることができるのです。CXはそれを導き出すデータと分析結果をどう料理するかが重要。顧客との関係性を再創造するために、顧客の感じる真の価値を捉えるのに役立つ感情分析については、これからさらなる発展が期待できると思います」
欧米企業を中心にそもそも多様性のある社会のなかで顧客と付き合い続けてきた企業は、自社の存在価値や提供価値視点の体験を定義し、そこに賛同する顧客を集めていく。一方で、「おもてなし」に代表される「肌で感じる」細やかなサービスを得意としてきた日本企業は、その一連を「顧客体験」として定義してきたわけではない。
しかし、先に述べたような環境のなか、顧客起点でその体験を定義しビジネスを再創造し続けなければ、存在し続けることはできない。日本企業はデジタルテクノロジーの力を借りて、機能面の拡張だけではなく、顧客の状態をよりタイムリーに、そして科学的に捉え、顧客起点で体験を創造していかなければならない。そのためにビジネスを再創造する取り組みをいま始めるべきではないか。感情分析は、そのためのひとつのアプローチとなる。
顧客に寄り添い全社的なコンセンサスを得る
冒頭にも触れたとおり、CXはフロント部門だけでは決して実現できない。顧客と直接的に接点をもつ部門だけではなく、企業全体が顧客体験をベースに、ビジネスやプロセスを再創造し、そこに経営陣がコミットしてこそ実現が可能になる。アビームは長年にわたりさまざまな企業や組織に対し、コンサルティングサービスを提供してきた経験があり、日本企業の組織構造や業務プロセス、そして文化を熟知している。企業全体を俯瞰し、変革を進めるうえで障害になる部門固有の事情や壁に配慮しながらも、実現したい姿を中心に置き、丁寧に推進できるのがアビームの大きな力だ。
「もちろん、餅は餅屋。そもそも顧客起点の体験を実現しようとしたときにはさまざまな力が必要になります。私たちのようにビジネスの観点から俯瞰する総合コンサルとクリエイティブ力のある企業や、デジタルテクノロジーに強みをもつテクノロジー企業など、さまざまな力を結集させることが大切です。私たちには、デジタルテクノロジーから得られるインサイトから導き出す課題設定力や、企業内・外のバリューチェーンへの理解を起点としたビジネスのデザイン力、そして、異なるステークホルダーをまとめ上げるオーケストレーション力があります」
機能追求型でここまで歩んで来た日本企業は、いまこそ顧客とともに本当のCXをつくり出す契機を迎えている。そしてアビームは、企業を客観的に俯瞰し、経営者の意思を共存させ、DXによる変革、CXの共創を促す伴走者となるだろう。