GLOCOM
主幹研究員/准教授
櫻井 美穂子
三菱地所
運営事業部長 兼
管理技術統括部長
安達 晋
9月1日は防災の日。コロナ禍に加え、近年は気候変動の影響もあり、実効性の高いBCP(事業継続計画)策定が求められている。オフィスビル・商業施設の開発、運営管理を行う三菱地所では、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)地区において、オフィスやビル単体だけではなく、エリアとしての防災対策の強化を図っている。どのような対策を行っているのか。また、企業がさまざまなデジタルツールを導入するようになったDX時代に、BCPを考える際に留意すべきポイントとは。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)准教授の櫻井美穂子氏と、三菱地所 運営事業部長 兼 管理・技術統括部長の安達晋氏の対談をお届けする。
東京駅を中心とした日本有数のオフィス街、大丸有地区。約120haの区域にある建物棟数は102棟。約4,300の事業所が集まり、就業人口は約28万人を誇る。
その大丸有地区にて、オフィスビル約30棟を所有・管理するのが三菱地所だ。所有ビルはいずれも新耐震基準と同等以上の耐震性能を有し、2002年以降の超高層建物では、震度7クラスの極大地震においても継続して在館可能な性能を持ち、複数回線による安定的な電力供給や、非常用発電機によるバックアップ電源などを備える。また、「大手町フィナンシャルシティ グランキューブ」「大手町ホトリア(大手町パークビル及び大手門タワー・ENEOSビル)」「丸の内二重橋ビル」は、災害時に地区の拠点となる高度な防災力を有するビル「エリア防災ビル」として指定され、非常時には近隣ビルへのサポート機能を担う。
さらに、三菱地所が所有するビルだけでなく、大丸有地区の約7割のオフィスビルを「丸の内ダイレクトアクセス」の光ファイバー網で結ぶ通信ネットワークを構築し、千代田区災害対策本部などと情報連携。ローカル情報を含めた情報収集・編集・編成・ 配信を担う情報HUB機能を設け、ICTの面からも災害に強いエリアとなっている。
こうした動きについて、自治体や地域社会におけるデジタル活用について研究する国際大学GLOCOM准教授の櫻井美穂子氏はどのように見るか。櫻井氏は、自治体の課題解決を複数自治体の横連携とデジタル活用によって実現するための研究プロジェクトを運営し、全国30を超える自治体と協働してきた。また、ヨーロッパ内7つの自治体と地域のレジリエンスを高めるためのデジタル活用に関する戦略策定を行ってきた実績を持つ。三菱地所および大丸有地区の防災対策について、主にICTの面から話を聞いた。
自治体や医療機関、民間各社と連携し、
面的な防災対策に取り組む
櫻井美穂子(以下、櫻井) 私は経営情報システムが専門ですが、2011年の東日本大震災(以下、3.11)をきっかけに、災害時にどのように情報システムを継続的に動かし、現場のニーズに応えていくかをテーマに研究しています。多くの自治体や企業がBCPやICT-BCP(ICT部門の業務継続計画)を作っていますが、BCPはあくまで計画。災害時は意思決定者が社内にいるとは限りませんし、災害対策本部と想定していた場所が被災して使えないかもしれない。建物やサーバーなどの物理的なモノの多くは失われても他のもので代替ができますが、代替できないデータが失われたり意思決定者がいなかったりするときはどうすればいいか。アクションを起こすときに自分たちの能力やリソースが足りなければ、外部の人たちと補完し合う連携が重要になります。そのためには平素からの人間関係、パートナーシップの構築が大切だと考えています。
安達晋(以下、安達) その点においては、大丸有地区では官民さまざまなメンバーが参加し、災害対策時の対応などについて「大手町・丸の内・有楽町地区都市再生安全確保計画(2022年3月29日改定版)」を策定し、面的な防災対策に取り組んでいます。具体的には、たとえば当社は千代田区と協定を結んで、大丸有地区内の17棟のビルのロビーなどを帰宅困難者の受け入れ施設として開放。医療クリニック・聖路加メディローカスやアイン薬局と連携し医療支援をお願いしています。また、大丸有の無料巡回バスを運行している日の丸自動車興業とは、千代田区やJR東日本と一緒に、負傷者や配慮者の緊急輸送にご協力いただけるよう協定を結んでいます。
安達 晋
三菱地所
運営事業部長 兼 管理技術統括部長
1992年三菱地所に入社し、オフィスビルの運営管理に関する部署や、丸の内熱供給㈱(大丸有エリアの地域冷暖房会社)、TOKYO TORCHの開発を行う部署を経て、2020年4月より管理・技術統括部長、2022年4月から現職。9.11発生時ニューヨークに駐在していたことや、3.11発生時に大丸有エリアに居合わせ帰宅困難者への物資提供やビル開放に携わったことも、防災への意識を高めるきっかけとなった。
櫻井 それは素晴らしい取り組みですね。災害対策を自社ですべて準備するのは不可能です。だからこそ、外部のリソースをいかに借りるかが大事になってきます。
安達 以前から大丸有の開発は官民連携で進めてきたところがあり、特に、東京都や千代田区とは、まちづくりの段階から密接に連携してきたという背景があるのです。連携体制に完成形はないので、できるところから協力していただき常に計画を見直していくようにしています。
櫻井 その点も大切です。協定が協定のまま終わらず災害時にちゃんと機能するように、関係はメンテナンスし続けなければなりません。こうした社会的なつながりを我々は「社会関係資本」と呼んでいます。
安達 3.11では公共交通機関が止まったためこのエリアが一時的にパニック状態になりました。協力いただいているみなさんはその記憶が鮮明なので、「なるべく多くの企業と一緒に検討し、行動しなければ防災は成り立たない」と、真摯な姿勢で向き合ってくださるのかもしれません。
命を守るために必要なのは、
ピンポイントの情報
櫻井 3.11のときにエリア内のビルに多くの人が流入してきたとのことですが、都市部での災害では、そこに住んでいない=顔見知りでない人たちが帰宅困難者として瞬間的に膨大な人数が留まることが大きな特徴です。その対応は、三菱地所のような民間企業だけでなく、多くの自治体の課題にもなっています。
安達 当社では3.11で毛布や食料などを提供した経験を生かし、備蓄を相当数確保し、帰宅困難者に配布できるようにしています。また、各ビルには普段は広告やエリアイベントの告知などを流しているデジタルサイネージ「丸の内ビジョン」が設置されていまして、災害時は「災害ダッシュボード」として、NHKニュースや千代田区の公式Twitter、帰宅困難者の受け入れ施設周辺の情報、周辺のライブ映像などを流せるように準備を進めています。
また、最近では、富士山噴火の火山灰対策を検討し対応策を公表しました。ハード対策だけでなく、富士山が噴火した後に、どのようにビルスタッフが行動し、どのようにテナントさんはじめエリアにいる人たちに情報提供するか、という行動手順を定めたものですが、一般の民間企業でここまで検討しているところは少ないと思います。
櫻井 それはいいですね。2019年に多摩川が氾濫した際、外国人留学生がどのように情報を得たのかを分析したことがあります。テレビなどのニュースだけではローカル情報は得られにくい。開設している最寄りの避難所はどこか、電車はいつ動くのかといった、ピンポイントなローカル情報が命を守る行動を後押しするときに必要です。
安達 その通りですね。実際に3.11では当社が所有する横浜ランドマークタワーのホールも帰宅困難者に開放しました。その際に、定期的に館内放送で交通情報を流したのですが、それが大変喜ばれました。災害の時に一番求められるのは情報だと痛感した出来事です。デジタルサイネージなど公共に流す情報は許諾が必要なことが多いので、どんな情報を載せられるか一つ一つ確認しながら、その場に人がいなくても遠隔で操作して切り替えできるように実証実験を重ねています。
日頃使っているシステムを
災害時に生かす
櫻井 情報システムをレジリエント(想定外の事象に対応・適応する)に運営するためには、「ドメインナレッジ」が必要とされています。ドメインナレッジとは、システムへの「慣れ」のこと。災害用の特別なシステムを組んでしまうと、特定の担当者でないと動かせないという問題が発生します。日常的に使っているものを災害時も拡張して使う、あるいは災害時に使うものを日常使いのものに入れ込むなどして、誰でも扱えるような工夫があるといいですね。例えば、防災用のアプリを開発・普及するのではなく、普段使っているアプリに防災ツールを入れて使い慣れておくよう促す、といった試みが官民で始まっています。
櫻井 美穂子
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)
主幹研究員/准教授
慶應義塾大学特任助教、日本学術振興会特別研究員(DC2)、アグデル大学(ノルウェー)情報システム学科准教授を経て、2018年より現職。ノルウェーにてEU Horizon2020プロジェクトに参画。専門分野は経営情報システム。特に基礎自治体および地域コミュニティにおけるデジタル利活用について、スマートシティやレジリエンスをキーワードとして、情報システムの観点から研究を行っている。
近著 『ソシオテクニカル経営~人に優しいDXを目指して』が日本経済新聞出版より発売予定。
(https://www.amazon.co.jp/dp/4296115197/)。
安達 そういった意味では当社も、大丸有エリアの映像を一括で制御・管理できる「次世代カメラシステム」の災害時での活用を進めています。もともとは防犯や利用者の利便を目的に、エリア内の約20棟のビルに設置している最大約4万台のカメラを光ケーブルでつなぎ、カメラを一括して制御・管理するために構築したシステムです。災害時には被災状況や帰宅困難者のおおよその人数を把握し、安全な場所へのスムーズな誘導に活用できると考えています。
櫻井 そうなんですね。災害時の滞留人口に関する情報は自治体が強く求めているものです。というのも、災害時は救援物資をどのように被災者に届けるかが課題。物資を自治体に送っても対応できる人の数が不足するので分配できないことが多いのです。どこに何人くらいの被災者がいるかが把握できれば、ダイレクトに送ることができる。滞留人口の情報はぜひオープンにしてほしいですね。こういったデータは、自治体より民間企業のほうが持っていますから。
安達 ただ、通常時、次世代カメラシステムは個人情報の観点で扱う人を限定し、その上で高度なセキュリティシステムを入れています。そうすると災害時に扱える人がいなければ見られないという、ドメインナレッジの懸念点があります。また、外部への開示がどこまで許されるのか、たとえば顔にマスキングをかけたり、画像ではなく人数だけ開示したりすれば済むのかといった点も今後解決していかなければなりません。
櫻井 確かにデータや個人情報の取り扱いについては、課題があります。一方で、「リエゾン(情報の橋渡し、災害対策現地情報連絡員)を制するものは災害を制する」とも考えています。災害時は組織間でデータを共有することが何よりも重要です。それにより、その場にいる人たちがその場の判断で目の前の事象に対応する「創造的対応」が可能になります。大丸有地区に限らず、情報共有できる異業種間のリエゾンを構築していけたらいいですね。そのためのデジタルプラットフォームの理想形は世界でもまだ事例がないので三菱地所の役割は大きいですし、期待しています。
安達 ありがとうございます。災害について、よく自助・共助・公助と言われますが、それぞれが範囲を広げて隙間なく重なるような形になることが理想です。当社から情報をどんどん出すことで、協定を結んだみなさんからも情報を加えていただき共助を広げて、さらに公助ともうまく連携が取れるように励んでいきます。
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「21世紀は災害の世紀」といわれるほど、気候変動による水害・土砂災害、地震、火山噴火などの自然災害リスクが高まっている。企業としても盤石なBCP対策は喫緊の課題だろう。しかしながら、対談でも話題に挙がっていたように、すべての対策を自社だけで講じるのは不可能に近い。その点、インフラだけでなくさまざまなパートナーシップによる対策が整っている丸の内(大丸有エリア)は、まさに企業がオフィスを構えるに相応しい場所と言えるだろう。
丸の内のエリア防災の詳細はこちら
https://office.mec.co.jp/concept/bcp.html
Promoted by 三菱地所 text by Yukiko Anraku photographs by Aiko Suzukiedit by Kaori Saeki