その命題はいかに人々の暮らしに組み込み、循環型社会へとつなげることができるか。リアルな現場で中心的役割を果たす、三菱ケミカル サスティナブルポリマーズセクター ポリエステルユニット 市場開発セクション マネジャー渡辺佳那子に、Forbes JAPAN 執行役員 Web 編集部 編集長 谷本有香が話を聞いた。
土に埋めると自然分解される、まさに 自然に還る プラスチック、それが生分解性プラスチック「BioPBS™」である。渡辺佳那子(以下、渡辺)が持参した紙コップ(内側のコーティングにBioPBSを使用)を、谷本有香(以下、谷本)が手に取りながら、対話はスタートした。
約半年〜1年で水と二酸化炭素に分解されるプラスチックとは?
谷本:これを土に埋めると、自然に還るというのは驚きです。どのくらいで分解されるのでしょうか。
渡辺:条件にもよるのですが、実証実験の結果では、堆肥用の畜産牛糞や落ち葉と混ぜておくと、微生物の働きで、だいたい半年〜1年で水と二酸化炭素に分解され、かたちは完全に消えてなくなります。
谷本:こうしたBioPBSはいつ開発され、渡辺さんはいつごろから関わられたのでしょうか。
渡辺: MCHCグループは素材メーカーとして、長年石油化学原料を主力に、産業を支えてきました。私も入社当時は、新たな石油化学素材の研究に邁進していました。
高度成長期にはモノをどんどんつくり、消費を活性化することで生活を豊かにするという風潮がありました。当社も豊かな生活に貢献するべく製品開発に取り組んできたわけですが、1980年代に入ると、この生活を続ければ、ゆくゆくは化石エネルギーが枯渇し、ゴミの増大も加速するに違いないと考えるに至ります。そこから始まったさまざまな試みが、約40年前から始まったBioPBSの開発へとつながったのです。
リサイクルを可能にし、GHG(温室効果ガス/二酸化炭素、メタン)排出量を削減する未来への方策をいかにして生み出すかというチャレンジを、MCHCグループはこのBioPBSの開発等によって試みているのです。
私自身がBioPBSの開発プロジェクトに参画したのは、2012年に三菱ケミカルがタイのPTT Public Company Limited※との合弁会社PTT MCC Biochem Company Limitedで、植物由来の原料を使用したBioPBSのプラントを立ち上げることになったところからです。
※現在は、PTT Public Company LimitedからPTT Global Chemical Public Company Limitedに株式移管。
谷本:消費者の立場から言うと、プラスチックは使いやすいし、低コスト。よい面はたくさんあるのですが、環境に配慮したときにはそうはいかないのですよね。
渡辺:もちろんプラスチックは必ずしも悪者というわけではなく、現代の高い技術力が凝縮されている素材でもあります。世界レベルで人口増加による食糧不安がありますが、その際に長い期間保存を可能にしてくれるのはプラスチック製の包装フィルムですし、近年のコロナ禍においても、衛生面を担保できるプラスチックフィルムは重要です。そうした素材を供給するのもMCHCグループの責任だと考えています。そのうえでどう両立すべきなのか。機能性を担保しながら、環境負荷の低い処理方法について考えていくことも私たちの仕事だと考えています。
渡辺佳那子 三菱ケミカル サスティナブルポリマーズセクター ポリエステルユニット 市場開発セクションマネジャー。手に持っているのは、内側のプラスチックコーティングをBioPBSに置き換えた紙コップ。
実証実験のフィールドに八ヶ岳を選んだ理由
谷本:BioPBSが実際に使われるようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
渡辺:日本国内における主な生分解性プラスチックの使用用途は、地温を保ち、水分を蒸発させないための畑のマルチフィルムが始まりでした。マルチフィルムといえば、農業には欠かせないプラスチック製の資材です。従来は処分時にフィルムをはぎとっていたのですが、廃棄費用が負担になるうえ焼却すれば省エネ・CO2削減に反してしまいます。そこでBioPBSが代替素材として活用されることになったのです。
また、BioPBSは、高齢化が進む農業従事者にとって力作業が負担になっていることや担い手が減り人手不足になっている状況へのソリューションにもなりました。BioPBSに変えると、使用後は農業機械で土と一緒に混ぜ込めば自然に分解され、焼却も不要になります。このフィルムは好評を博し、国内農家ではかなりの数を導入していただいています。
谷本:ほかにも生分解性樹脂は存在しますが、BioPBSの優れた点はどのようなところにあるのでしょうか。
渡辺:そうですね、BioPBSは各国での食品衛生に関する認証をとっており、食品包装にも使えるというメリットもあります。
わかりやすい例に、お弁当の容器があります。通常容器はプラスチック製で、分別すればリサイクルが可能です。しかし現実的には中に生ゴミである食品残渣があるので、分別が難しく、焼却するしかありません。
残渣を洗い流せば水や洗剤を使いますし、焼却するにはエネルギーが必要なので、CO2も排出します。ところが土中で生分解するBioPBSを容器に使用することで、残渣と合わせて堆肥として活用できるようになるのです。
同様に生ゴミを処分する際も、従来のプラスチック製のゴミ袋に生ゴミを入れると、やはり焼却するしかありません。生ゴミの90%が水分と言われており、エネルギー効率も非常に悪い上、衛生的な問題で、あとから分別するのも大変です。
しかしBioPBSのゴミ袋を使用すると、そのまま堆肥処理(コンポスト)が可能となります。日本ではまだ珍しいですが、環境意識の高いヨーロッパなどでは、こうしたコンポスト機は非常にポピュラーです。
谷本:BioPBSの実証実験(「生分解性樹脂 BioPBS™と地域資源を用いた循環型社会の構築」)を八ヶ岳で行ったのは、なぜでしょうか。
渡辺:今日お持ちした、内側のプラスチックコーティングをBioPBSに置き換えた紙コップとBioPBSを素材としたストローを開発したのですが、BioPBSの最大のメリットである堆肥化の実証実験を行うノウハウや場所がMCHCグループにはありませんでした。
各方面に相談するなかで、八ヶ岳の現地コーディネーターとの出会いがありました。その結果、八ヶ岳エリアで農業従事者のみなさんの協力を得て、コンポストを中心とした一連のループを生み出す循環型エコシステムを構築する機会をいただけたのです。
具体的な実験の中身はまず、使用済みのBioPBSを使用した生分解性紙コップ、ストロー、カトラリーを畜産牛糞や落ち葉などを用いたコンポスト処理を行い、堆肥化します。その堆肥を農業に活用することで、野菜などを育てます。収穫した野菜は当社グループ会社が運営するカフェ、都内のホテル、子ども食堂に提供します。今後は使用された場所で生分解性製品を回収し再び堆肥化することで、循環するエコシステムの完成を目指しています。
実際に地域で地元のみなさんと実験を行うことで、農業が抱える課題を肌で感じることができました。また企業と地域が連携することで、地方創生につながる可能性も感じています。
谷本有香 Forbes JAPAN 執行役員 Web 編集部 編集長
実証実験を通じて見えてきた課題
谷本:素晴らしいエコシステムの誕生ですね。実証実験のなかで課題は生まれなかったのでしょうか。
渡辺:八ヶ岳の方々には素材のメリットを実感していただきましたが、やはりBioPBSをはじめとする生分解性プラスチックの認知度の低さは課題だと感じました。このような循環型のエコシステムを構築できる素材の存在を、もっと広く知ってもらいたいですね。当社は、経済産業省が支援する海洋プラスチック問題のイニシアチブ「CLOMA」にも参画していますので、声をあげていきたいと思っています。
実証実験では、使用するコンポスト処理やBioPBS製紙コップなどの資材で、メーカーの協力もいただきました。今後も企業との連携は大事にしていきたいと思います。なぜなら環境問題は一社だけで解決できるようなものではなく、バリューチェーン全体で考える必要があるからです。
谷本:MCHCグループがハブとなり、イニシアチブを握って、循環型エコシステム構築をリードしていくということですね。MCHCグループは未来に向けて、どのような社会を築こうとお考えなのでしょうか。
渡辺:MCHCグループは2022年2月に発表した新経営方針「Forging the future 未来を拓く」において、未来を拓くためのキーワードの一つにカーボンニュートラルを実現するサステナブル技術を掲げています。
全社的に2050年のGHG排出量ゼロ/カーボンニュートラルを目指すことを前提に、GHG削減、食糧・水問題を、化学メーカーとして解決していくことを目指しているのです。命題はいかに素材を生み出し、環境に負担をかけない処理ができるかです。
八ヶ岳の実証実験はそうした問題解決のための、非常に重要な知見を得る機会となりました。個人的にも、「社会のために寄与している」という充実感は、この実証実験を経験したからこそ、より強く感じることができました。
谷本:MCHCグループがイニシアチブをとり、循環型のエコシステムによって環境問題を解決する。明るい未来社会のための、希望にあふれた取り組みと言えますね。参加表明をする企業も今後増えていくのではないでしょうか。
コラム:
プロジェクトの自走を目指し、広がる現地事業者のネットワーク
八ヶ岳エリアで行われた実証実験で、MCHCグループと地域を結びつけるコーディネートを行ったのが、FOOD AGRI NEXT LAB社コーディネーターとして参画した八木橋代表だ。
「約10年間、山梨県北杜市で資源循環事業を進め、森林保全と堆肥製造を実施していました。その過程をMCHCグループの方がご視察され、事業に賛同してくださったことがきっかけで、プロジェクトの運営・現地コーディネートをすることになりました。
八ヶ岳地域の大学、協力農家、ホテルには、地域の活性化につながることを丁寧に説明し、協力をとり付けました。活動を通して地元商品自体の価値が上がり、商品を通じて都市側の消費者が地域に来訪することは地域の誰もが望んでいることです。
ただ農林業では生分解素材自体の理解が進んでいなかったこともあり、当初は機能の説明に重点を置いて、まずは素材自体をご理解いただくことから始めなければなりませんでした。プロジェクトが進むなかでは、スピード感や成果ポイントなど、都市部の企業と現地事業者とではそれぞれの立場によって異なることもあります。すり合わせるためには密なコミュニケーションが欠かせません。
それでも最近は、都市との新たな接点、地域を知ってもらえる可能性を感じて、前向きに話を聞いてくれる方が、以前よりはるかに増えています。
目標は、プロジェクト自体が自走するようなサプライチェーンを組むこと。そのための都市企業と八ヶ岳事業者の出会う機会を、さらに増やしていきたいですね」
八木橋 晃FOOD AGRI NEXT LAB 代表
プロフィール:
渡辺佳那子(わたなべ・かなこ)◎入社当初は石油化学素材の研究開発を担当。9年前に三菱ケミカルがタイの企業と合弁で設立したPTT MCC Biochem Company Limitedでのプラント立ち上げに参画したところからBioPBS™を手がけるように。三菱ケミカルサスティナブルポリマーズセクターポリエステルユニット 市場開発セクション マネジャー。