JETRO京都では対日投資の促進、農林水産物・食品の輸出支援、また日本企業の海外展開支援などを行っている。そんななかで現在、特に注力しているのは外国人の起業支援だ。
京都府は2020年3月に国からの認定を受け、京都府、京都市共同で外国人の起業促進のためのビザ制度「スタートアップビザ」の運用を開始した。世界市場で活躍できる企業の創出を目指すスタートアップ・エコシステム拠点都市として、府内産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点を形成することが狙いだ。これを受け、JETRO京都では専任担当を配置。国内外の外国人からの起業相談窓口として、創業支援や関係機関の紹介などを行っている。その制度の利用第一号となったのがファンフォCFOの張舜智だ。
事業に専念しやすいスタートアップビザ
京田ジョセフ(以下、京田):ファンフォはスマートフォンでQRコードを読み取るだけでメニューを注文できる、モバイルオーダーアプリ「funfo(ファンフォ)」を開発されましたが、改めてその特徴をお話しいただけますか。
喬恒越(以下、喬):アプリを導入した飲食店は、わずか180秒でお客様と接触することなく注文・決済が可能となります。加えて、アプリから得られたデータの活用が可能です。顧客への広告やクーポンの送付により、売上の拡大やコストの低減につなげることができます。
モバイルオーダーアプリ「funfo(ファンフォ)」
京田:ファンフォは6人で立ち上げられましたが、どのようなきっかけで起業することになったのでしょうか。
張舜智(以下、張):私は喬に誘われたのがきっかけですが、自分も日本でどこまでできるかやってみたいという気持ちがありました。それに私の出身である台湾にはまだこのようなサービスがあまりないので、台湾で展開するチャンスがあるのではないかと思いました。
喬:私は立命館大学の在学中から起業活動をしていました。大学院生になって本格的に起業しようと考えて張や自分の同級生を誘って、この事業を立ち上げようと考えたのです。
京田:異国で起業するのは簡単でないと思いますが、日本でやりたいという思いはどこから生まれてきたのでしょうか。
喬:ITやDXの領域において、日本は以前からシステムについては強かったですが、SaaSのようなサービスの分野はあまり進んでいないように思えました。私たちはそこにチャンスがあると考え、日本で起業することにしました。
日本にこだわる理由はもうひとつあります。他の国や地域で起業しようとしても、その場所の文化に馴染むには時間がかかりますが、私たちは長く日本にいるので、日本の文化をわかっているつもりです。それにITサービスで先端を行くアメリカや中国の情報も得やすい環境にあります。そうした理由から、日本でなければならないと考えました。
京田ジョセフ JETRO京都スタートアップビザコンシェルジュ
京田:起業するにあたって、どんな苦労がありましたか。
張:私たちは外国人なので、まずビザのことを考えなければなりません。それがいちばん頭の痛い問題でした。悩んでいたら、外国人起業家の先輩から、スタートアップビザの制度が始まるという話を聞きました。すぐにJETRO京都に連絡し、最初にお会いしたのが京田さんでした。
京田:特徴的だったのは、学生6人による起業ということと、すでにPoC(概念実証)が進んでいて、その結果をもとにしたロードマップがしっかり組まれていたことです。海外のバックグラウンドも含めて自分たちの強みを整理されていて、本当にスタートアップビザを必要としていると感じました。
IT業界は競争が激しいので、事業をできるだけ早く進めていかなければなりません。通常の経営管理ビザですと、資本金が500万円必要であったり、オフィスを借りていなければならなかったりと、さまざまな条件を満たす必要があり、準備しているだけで競合に先を越される可能性があります。スタートアップビザは有効期限が1年(*)ですが、そうした厳しい条件がないため、事業の立ち上げに集中できるのが大きなメリットです。
(*)最長1年だが6カ月で更新が必要
喬:スタートアップビザを取得してから経営管理ビザに切り替えるまでの間に、京都府やJETRO京都からはさまざまな方をご紹介いただいたり、いろいろなことを教えていただいたりし、私たちはビジネスの感覚を身につけることができました。それによって、スムーズにビザを切り替えることができました。
京田:スタートアップビザは、経営管理ビザを取得するまでの準備として最適です。
JETRO京都の情報発信がきっかけで3,000万円の資金調達に成功
喬:ビザ以外でもJETRO京都にはいろいろとサポートしていただきました。実績のない外国人が法人口座の開設を申請しても、なかなか受理されません。私たちは一刻も早く口座を開設して事業を開始したいという思いがありましたので、JETRO京都に相談し、信用金庫をご紹介いただきました。1週間ほどで申請が完了したので、とても助かりました。
会社設立時には、司法書士も紹介いただきました。しかも紹介いただいただけでなく、会社登記にかかる費用についても補助があり、資金がほとんどなかったので、とても助かりました。
京田:ビザの取得だけでなく、伴走して起業家を支援することが重要だと考えています。
喬:中小企業診断士もご紹介いただきました。当時はまだビジネスモデルが完全に固まっていない時期でしたが、プロダクトとビジネスモデルを見ていただき、診断士から「いける」とおっしゃっていただき、自信がもてました。ユーザーが導入しやすいアプリだという点を評価していただきました。
最も大きかったのは、日本経済新聞に当社のことが掲載されたことです。それが中国の媒体に転載されたことがきっかけで、香港の投資家から3,000万円を資金調達することができました。記事が出ることでメディアへの露出が増えるとは想定していましたが、まさか資金調達につながるとは想像していなかったので、夢みたいな話です。
資金調達は私たちにとって非常に大きく、これによってサービスの利用を無料化し、一気に全国に広めることができました。フリーミアムモデルへの移行によってユーザーの獲得が加速し、さまざまなビジネスチャンスをもたらせてくれました。例えば提携先のLINEからは、無料化したことでより関係が深まったというお話をいただいています。
京田:投資家からの資金調達は、スタートアップビザを取得された方ではじめてのケースでした。スタートアップビザを取られる方にはぜひビジネスをスケールしていただきたいという期待があるので、私たちもとても嬉しいです。
JETROは多くの企業様とつながっています。親和性の高そうな企業様をご紹介するビジネスマッチングも強みですので、投資家も含め、これからも皆さんにご紹介できればと思います。
喬:スケールという点で言うと、私たちは日本だけにとどまらず、世界進出を想定しています。最初のターゲットとして考えているのは台湾です。
京田:経営管理ビザを取得したら終わりではありません。私たちだけでなく、京都府や京都市をはじめとする京都海外ビジネスセンターとともに引き続きサポートさせていただきますので、何かありましたらお気軽にご相談していただければと思います。ますますの事業の成長を期待しています。
外国人起業家向けのアクセラレーションプログラムを開催
京都府、京都市、JETRO京都の三者が目指しているのは、京都発のグローバルスタートアップの誕生だ。京田はそのモデルとなる事例を紹介する。
「JETRO京都では『Notion(ノーション)』という情報共有ツールを利用していますが、このツールを提供しているNotion Labsは、シリコンバレーで創業しました。ところが事業に行き詰まり、アイバン・ザオCEOらが京都に移住して再起を図りました。そして再建に成功し、いまや評価額が100億ドル(約1兆1,500億円)を超えるユニコーン企業に成長しています。私たちのスタートアップ支援にとって、同社は参考にすべきストーリーであると捉えています。この事例を共有しながら、グローバルスタートアップが京都から誕生することを目指します」
それを推進するため、三者は外国人向けのアクセラレーションプログラムを開催した。ビジネスモデルの構築方法やピッチの手法、ビザの取得、日本での資金の集め方など、外国人が京都でビジネスを立ち上げるために役立つ情報を提供し、京都での起業に関心をもってもらうことが狙いだ。京都に縁のある講師陣が5回にわたって講義を実施。プログラムの最後には、選ばれた参加者を対象としたピッチコンテストを開催し、京都府内でのビジネス立ち上げを支援する。ここから京都発のグローバルスタートアップが誕生することを京田は期待する。
「京都には排他的なイメージもありますが、実際には新しいことに挑戦しやすい場所ですし、海外の起業家の方にもどんどん挑戦していただきたい。そういう土台をしっかりとつくっていきたいです」
京都での起業を目指す外国人を対象としたアクセラレーションプログラムについて
https://www.pref.kyoto.jp/trade/news/r03/accera.html
張舜智(ジャン・シュンジ)◎ファンフォCFO。立命館大学大学院修了後の20年、喬恒越ら5人の仲間と共にファンフォを設立。
喬恒越(チャオ・ハンユエ)◎ファンフォCEO。2013年に中国より来日。19年、立命館大学経営学部卒業後、大阪大学経済学研究科に入学し、在学中立命館大学(大学院)の仲間5人と共にファンフォを設立。
京田ジョセフ◎JETRO京都スタートアップビザコンシェルジュ。シリコンバレーでものづくりベンチャー支援をしていた経験を有する。海外企業の日本進出支援をするかたわら、20年4月にスタートアップビザコンシェルジュに就任。