「既存の事業ドメイン、ビジネスモデル、組織のかたちがどんどん壊れつつある時代です。分解し、組み替えて、新たな組み合わせを生み出していくこと。そんなデフレーミングの思考様式が、ビジネスシーンにおいて重要性を増していくはずです」
東京大学大学院情報学環准教授・高木聡一郎は、アマゾンジャパンが主催した「E-commerce Innovation Forum」にて、そう自身の考えを強調する。この日、高木と対談したのはアマゾンジャパンの井野川拓也。フルフィルメント by Amazonなどの立ち上げを経験し、現在、Amazon Pay事業本部長を務める人物だ。
2人の対談のテーマとなった「デフレーミング戦略」とは、高木自身が生み出した造語である。その定義は、「伝統的なサービスや組織の『枠組み』を超えて、内部要素を組み合わせたり、カスタマイズしたりすることで、ユーザーのニーズに応えるサービスを提供すること」。
デフレーミングを理解するための要素には大きく3つの側面があると高木は説明する。「分解と組み替え」「個別最適化」、そして「個人化」だ。
「分解と組み替え」は、それぞれがもつさまざまなサービスレイヤーのなかから、必要な要素を組み合わせて、新たなサービスを生み出すことを指す。例えば銀行がもつさまざまなサービスのうちの「送金」と、通信会社がもつ「メッセージング技術」を組み合わせることで、電子決済サービスのような発想が生まれてくる。そして、情報技術の発展により、低コストで各ユーザーに「個別最適化」されたサービス展開が可能となり、「個人」が会社や組織に属さずとも働ける環境を着実に広げていることからも目を離すことはできない。個人の力がイノベーションを生む潜在力として期待され、個人と個人がアドホックに連携することで、柔軟性をもった新たな組織の力にもなってきている。
地球上で最も顧客を大切にする企業であるために
そんなデフレーミング戦略の提唱者である高木が、同分野の先頭を走る企業として着目するのがAmazonだ。もともと本に特化してビジネスを開始したが、その後、食料品や日用品など他分野を開拓しつつ、物流や決済などの機能を組み合わせて新たなビジネスを次々に創出していることは周知の通りだろう。高木は「すでに“デフレーミング戦略の2巡目”というイメージ」と、同社の動きを分析・評価している。
これに対し井野川は、「Amazon Payは決済機能をAmazonのオンラインストアから切り出して、事業者様に提供しているID決済サービスです。デフレーミング戦略の要素のひとつである、『個別最適化』の文脈でいえば、Amazonは各事業者様が取り扱う商材のリスクに応じた不正対策を講じています。一方、お客様はAmazon Payが導入されたECサイト上では、Amazonアカウントに登録した自分用にカスタマイズされた情報を使って、新たな住所情報の入力の必要なく、便利に商品を注文することができます。この決済の仕組みをAmazon Payとして事業者様にご利用いただくことが、デフレーミング戦略の要素のひとつである『個人化』の文脈にもマッチするかと」と説明する。
日本のEC事業者は「新規顧客獲得」「顧客満足度の向上」「リピーターの醸成」「カゴ落ち防止」など、さまざまな課題(図参照)を抱えている。Amazon Payはその課題を効率的に解消してくれるID決済サービスだ。自社EC事業者が同サービスを導入すると、顧客は「Amazon.co.jp」のアカウントに登録されている情報で支払いが可能となる。顧客は複数のECサイト上でいちから情報を入力する手間が省け、事業者は自社のサイトの信頼性を高め、コンバージョン率および新規顧客獲得率の向上や、情報漏えいのリスクを低減しながら不正取引対策まで実現できる。
井野川は、Amazon Payのようなサービスを次々と生み出すことができるAmazonの根源的な強みについて答える。
「Amazonのミッションは『地球上で最もお客様を大切にする企業になること』。そして、『お客様の購買体験を高めること』を重要視しています。Amazon Payは、複雑になりやすいECサイト上での購買フローに加え、ログインIDやパスワードを覚えられない、クレジットカード情報をさまざまなECサイト上で入力したくないという、お客様の悩みを解決したいという思いから生まれました。常に新たなサービスが生まれるのは、お客様の購買体験をより健全に高めたいというミッションとモチベーションがあるからこそです」
加えて、チャレンジを歓迎するAmazonの企業文化についても、井野川は説明する。「イノベーションが生まれる好循環は、組織としての仕組みによるところも大きい。どの企業も『いいことをやろう』というグッドインテンションを少なからずもっています。ただAmazonは善意だけではうまくいかないことを理解し、仕組みを整えることに注力してきました。社内ではイノベーションを応援する仕組みがあり、それを実現するためのチャレンジが積極的に奨励されています。プロセスに重きを置き、失敗を許容するカルチャーが、新しいことに取り組みやすい仕組みを生み出しています」
高木も井野川の言葉に賛同。「今後、日本企業がデフレーミング戦略を取る重要性がさらに高まる」と続ける。
「人々の切実なニーズをくみ取り、デフレーミングを実行していくためには、ミッションやコーポレートカルチャーが重要だということを強く感じている。Amazonの事例をキャッチアップしつつ、日本企業のなかでより成果の高いイノベーションが進むことを期待しています」(高木)
不確実性の高まる世界において、顧客の課題解決を第一に考え生み出されたAmazon Payの思想から得られるヒントは多い。それは、自らのミッションという最も大事な場所にいつでも立ち返ること、そしてその場所からダイナミックに既存の方法や成果を分解・再構築していくことこそ、ビジネスの新たな地平を開いていくために重要な要素になりうるということだ。
Amazonアカウントを使って簡単で安心な買い物体験を
最近では、自社ECサイトで買い物をする際に、決済方法として「Amazon Pay」が選択可能になる場面も増えている。販売店が「Amazon Pay」を導入することで、利用者はAmazonアカウントさえもっていれば、新規でクレジットカードや住所等を登録せずに買い物が可能となる。
2020年2月と2021年2月の新規顧客獲得数の増加率を比較すると、Amazon Payの導入店(100店舗)と未導入店(100店舗)の平均とでは約7割程の差があったという。
※フューチャーショップ調べ
Amazon Pay
https://pay.amazon.co.jp
井野川拓也◎アマゾンジャパンセラーサービス事業本部事業開発部部長としてマーケティングやAmazon Payの立ち上げなどを担当したのち、15年11月より、Amazon Pay事業本部本部長に就任。
高木聡一郎◎東京大学大学院情報学環准教授。専門は情報経済学、デジタル経済論。科学技術と経済の会技術経営会議「デジタル変革による新サービス創造」専門委員会アドバイザーなどを歴任。