幼少期はカトリック系の幼稚園に通いました。「神様は見ている」と言われ続けていましたので、いまでも何かあれば自分がしたことや考えたことを客観的に見つめ直す習慣があります。同時に、幼稚園では「慈悲の心」や「社会のためになること」を大切にするように教えられました。私の信念は、誠実であること、信用されること、正しいことの3つの「まこと」を大事にすることです。やはりそのころに教わり、培われたものがいまでも生き続けているのだと思います。
小学生のころは足も速く、スポーツが得意でした。しかし、中学生になると周りに追い抜かれ、それまで運動が苦手だと思っていた同級生に負けてしまうことも出てきました。バスケットボール部に所属していたのですが、交代要員としてベンチを温めることが多く、挫折も経験しました。ただし、中学時代に数学と出会ったことは大きかった。数の世界の美しさ、不思議さに魅了され、以来、論文を書きたいと大学院で「整数論」を専攻したほどです。
整数論と言われてぴんと来る人は少ないでしょう。実は数学であっても、数式をあまり使わず、整数が持つ性質そのものを研究する学問です。数の世界の本質や構造を読み解くもので、どちらかというと哲学に近い。理論が表す世界観には、芸術にも通じるような美しさもあります。大学院修了時には、このまま数学を続けるか、就職するかで迷いました。結局、就職を選んだのは、世の中に出て、ダイレクトに社会に貢献したいという思いが強かったからです。
困難に立ち向かうときに重要なのは俯瞰して見ること、そして逃げないこと
入社後、いまでも教訓となったことのひとつは、MUFGが始まって以来の赤字決算に陥ったときのことです。当時、担当部門が業績にも深く関わっていて、私自身も責任を感じ、かなり苦しい思いをした覚えがあります。しかし、そのころ心がけたのは、自分が置かれた状況をできるだけ一般化して俯瞰的に見ること。問題の渦中に置かれると、その問題が自分にとってすべてであるように感じ、「この世の終わり」とでも言うような考えに陥ることが多く、周囲や物事の本質も見えにくくなります。解決のためのヒントも、なかなか思い浮かんではこないでしょう。少しだけ引いて見る姿勢が大事です。
もうひとつ重要なのは、逃げないこと。例えば、海で怖いからと言って寄せてくる波に背を向けると、余計に飲み込まれてしまう。反対に、波が来る方向に真正面から向かっていくと、飲み込まれることは少ない。それと同じように、問題から目をそらせば正しい判断はできなくなってしまいます。
問題に向き合っている間は確かに苦しく感じますが、あとで振り返ってみると、意味のある経験となることが多いものです。私自身も、そのころの経験が、のちに自分を大きく成長させてくれたと感じています。
「当たり前」が変わる時代を牽引していく意志を込めたパーパス
世界中の経済や社会で非常に大きな変化が起きています。誰もが、日常でそれらに戸惑うことがあると思います。物事の概念や価値観が変わり、多様化も進んでいる。恐らく、明治維新の時のように、江戸時代では当たり前だったことが、がらっと変わるような大きなことが起きている。そのスピードや大きさは、新型コロナウイルスの感染拡大でさらに加速しました。言い換えれば、いままでの延長線上に未来はないと思っています。もちろん、金融業界も同じ。いままでとはまったく異なるあり方や役割が求められていると考えています。
では、そうした大きな変化の時代に、会社とは何のためにあるのか。その問いを考え続けてきました。会社の歩みを振り返るなかで、いままで私たちのよりどころとなってきた経営ビジョンを改めて読み返してみました。非常に優れた内容ですが、このような時代だからこそ、よりいっそうグループの一体感を強めなければならないと考えたとき、もう少しわかりやすいフレーズで自分たちの存在意義(パーパス)を表現できないか。また、サステナビリティへの取り組みを強化し、トップランナーとして道を開拓していくという覚悟も共有した前に進んでいくか」という課題に直面しています。私たちはすべてのステークホルダーを後押しし、時には引っ張っていく存在でなければならない。パーパスには、そんな思いを込めました。
言葉の一つひとつにも、こだわりがあります。パーパスは、MUFGで働くすべての社員にとっても、自分のこととして捉えられる普遍的な言葉で言い表せていなければなりません。まず「世界」という言葉、実は当初「社会」にしようか非常に迷いました。最終的に「世界」を選んだのは、単にグローバルという意味だけではなく、世の中、社会、あるいはステークホルダーの一人ひとり、というような広い意味を込めたいと考えたからです。次に、「チカラ」をカタカナにしたのは、物理的なパワーだけでなく、社員の強い思いまで含めたかったためです。最後の「。」には、必ずやり遂げるという意志を込めました。
三菱UFJ銀行が実施する「あしたの金融プロジェクト」でミュージシャンのtofubeats氏と対談する亀澤。さまざまな業界で活躍する方々と対話することで多様な層との接点を広げるほか、MUFGの考えや事業を広く伝えている。
会社も世界も一人ひとりの総和 「自分ごと化」が好循環を生む
では、このパーパスに沿って、私たちは何をするべきでしょうか。世の中の変化を正しく読み解くことも重要ですが、同時に、社員には自分で感じることも大事にしてほしい。というのも、世界は一人ひとりの集合体でできているからです。それは会社も同じです。「世界」なり、「会社」なりと言うと、どうしても他人事に感じ てしまう。しかし、決して自分という存在とかけ離れたものではないのです。社員一人ひとりの総和が会社であり、社会であり、世界です。こうした発想で考えれば、一人ひとりがどう感じ、どう動いたかによって世界や会社が形づくられていることがわかるはずです。
世界や会社を変えるためには、何か巨大なチカラが必要というわけではありません。一人ひとりが、少しずつ変わるだけでいい。目の前の業務に対し、自分はどのような価値を提供すれば、前に進むチカラになれるか。つまり、パーパスを「自分ごと化」し、自らの行動と結びつけ、具体化することが重要です。こう考えていくと、いろいろとやるべきことが見えてくるはずです。やるべきことを着実に積み重ねていけば、どんなことがお客さまや社会の役に立つかも次第に分かってきます。 例えば、ビジネスを支える融資を実行することでお客さまが前に進むチカラになった。大きな振り込みを完了することでお客さまが安心して次に進むチカラになった。こうした積み重ねでいいのです。
このとき、「チカラになった」という手応えが得られるようにするには、職場で上司や周囲の仲間と思うところについて話し合うことが重要です。話し合うことで、パーパスへの理解が深まり、自分の仕事が社会やお客さまの役に立っているという実感も得られます。すると一人ひとりが持っているチカラを最大限発揮できるようになる。こうした循環をいかにつくり出せるかが非常に重要になってきます。
この循環を実現させるためには、当たり前のことを当たり前に言える雰囲気や、自由に議論できる場が必要不可欠です。年齢や性別、立場、人種を問わず、自然に意見を言い合い、まさに多様性を受け入れて柔軟に変わっていけるような組織でなければ、この先は生き残っていくことはできません。
なぜこの会社に入ったのか自分のパーパスに立ち返る
今回パーパスをつくる過程で、私自身、なぜこの会社に入ったか、何がしたかったのかを改めて振り返り、掘り下げました。私は、やはり仕事や会社を通じて社会に貢献し、いい社会をつくりたい。これまでにない大きな変化の本質とは何かを読み解き、その変化が私たちにどんな影響を及ぼすか、そしてその変化が経済や社会に対してよい方向に作用するようにするには何ができるかを考えていきたい。私自身も、すべてのステークホルダーのチカラになりたいと強く思っています。
MUFGは、非常に優れたアセットをもっています。優秀な社員約17万人、国内537/海外1,914拠点のネットワーク。そしてすばらしいお客さまがいます。いままで築いてきた信頼と信用もあります。でも、私たちはこうした強みを生かしきれていない。では、そのチカラを十分発揮するためにはどうすればよいか。それを考えるのが私たち経営陣の課題であり、責任です。私自身、志として「社員のチカラになる。」を掲げていますので、今後も全社員の先頭に立ち、変革に取り組んでいく覚悟です。
かめざわ・ひろのり◎東京大学大学院理学系研究科を修了後、現三菱UFJ銀行入行。2010年に銀行・MUFG執行役員。以降、本部企画担当、米州副本部長を歴任。またデジタル領域でも多くのポストで実績を積む。2020年より現職。
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