いま、日本の企業で、誰がどのような変革を起こしているのか。日本のデジタル大国化を予見させる変革の現場を紹介する連載企画。第4弾は、自動運転OS(基本ソフト)「Autoware(オートウェア)」の開発をリードするティアフォー。日本の自動運転技術を搭載したクルマが世界中の街を走る。そんな未来を描く、同社創業者兼CTOの加藤真平に開発の苦労や世界戦略について話を聞いた。
自動運転OS「Autoware」を世界に公開
ティアフォーの創業者でCTOの加藤真平は、米カーネギーメロン大学で研究員を務めていた2010年、IT大手が手がける自動運転車のプロトタイプを目にする機会があった。時代の最先端を行く取り組みを目の当たりにし、研究者としての血が騒いだと加藤は述懐する。
「研究にはストーリーが必要ですが、将来的に自動運転が普及するというストーリーがすぐに思い浮かびました」
帰国後に加藤は名古屋大学の准教授に就任し、自動運転のソフトウェアの開発に着手した。ところが日本には、アメリカで感じた熱狂はなかった。新しいテクノロジーへのアレルギーからか、自動運転なんてもってのほかという風潮があり、「運転支援」がせいぜいだったのだ。
潮目が変わったのは14年頃だった。当時の安倍政権が経済再生政策として放った“第3の矢”である「新たな成長戦略」に「自動走行システム」が含まれていたのだ。「それによって状況が何もかも変わった」と加藤が振り返るとおり、一気に自動運転開発の気運が高まった。
加藤は15年に自動運転OS「Autoware」を世界に公開し、ティアフォーを創業した。自動運転OSのオープンソース化は、非常にまれなケースと言えるだろう。しかし、そこにこそテックジャイアントを念頭に置いた加藤流の戦略があった。
「多くの起業家は、自分が天才だと思って事業を始める傾向が強いですが、世の中にはさらに上をいく人がいるものです。リーダーを頂点とするチームでは、基本的にはリーダーの器を超えることはできません。しかし、誰でも開発に参加できる仕組みをつくれば、チームでは思いつかなかった革新的な発想が生まれることもあり、リーダーの器を超えていくことができるのです。これ以外に世界で先行する企業に勝てる方法はありません」
ティアフォー 創業者兼CTO 加藤真平
未知の領域に不可欠な「やってみる」人材
大学の研究室で誕生したAutowareは当初、学生や研究者が使いやすいことを意識したソフトウェアだった。しかし、加藤は起業したことで社会実装への想いをより強くし、実際に自動車に搭載しても実用に耐えられるように、一から開発をやり直した。それは簡単な作業ではなかった。
「通常の製品開発は道筋がある程度見えているので、必要な人材を集め、ワンチームで開発を遂行できます。しかし、AIや自動運転は未知の分野なので、どういう人がいれば完成させることができるかがわかりません。コンピュータービジョンやロボティクス、ディープラーニングなどさまざまな分野の人を集めるため、自然とチームが横断的になります。どの分野の人が研究をリードするかも不確定で、エンジニアリングが難しい。進めながら徐々にわかってくるので、相当な調整能力が必要です」
さまざまなプロフェッショナルが必要とされるわけだが、加藤が求める人材には共通の要素がある。
「『やってみる』人材がいちばん大事だと思っています。ディープテックや自動運転では、その『やってみる』ときに当たりを掴める筋が大事です。例えば100の問題があったとして、10の問題を片付けたら90の問題が残りますが、筋が悪いと、10を片付けたはずなのに2しか片付いていないということがあります。逆に筋がいいと、片付けた10に関連している問題がいっぱいあって、一気に半分くらい片付いてしまうこともあります。しかし、こういう未知の分野で力を発揮する人材は非常に少ない。なぜなら、マニュアルのある世界でしか生きてこなかった人が多いからです」
東京大学大学院の准教授でもある加藤は、この「やってみる」人材を育成してきた。ティアフォーではこれまでに13の子会社を立ち上げてきたが、実はそれらの代表者のほとんどが加藤の教え子であり、0から1を生み出すチャレンジの重要性を実体験を通して学んでいるのだ。
「やってみる」の精神で実用向けにAutowareを開発し直した加藤は、18年、自動運転OSの業界標準の確立を目指し国際業界団体「The Autoware Foundation(AWF)」を設立。アーキテクチャーを公開し、参加する誰もがAutowareを利用できる環境を用意した。いわばエコシステムの構築だ。
AWFの設立によって、ティアフォーは大手企業からも注目されるようになり、開発が飛躍的に加速した。メンバーには、長年にわたってIT業界をけん引してきた世界的企業も名を連ね、いまでは参加企業・団体は60を超える。競合の多くが国内のみの実証実験にとどまるが、ティアフォーは、AWFを通じてすでに20以上の国で実証実験を行っている。
地域に根ざした自動運転でテックジャイアントに対抗
GPU(グラフィックス プロセッシング ユニット/リアルタイム画像処理に特化した演算装置)やディープラーニングの普及などテクノロジーが急速に発展したことで、演算処理にかかるコストや消費電力が減り、自動運転は実用化が見えてきた。最大の課題はコストだ。
「なぜ価格が高いかというと、以前ほどではないにしろ、たくさんコンピューターを積まなければならないからです。また、自動運転に失敗は許されず、間違いがあってはならない。間違いがないことを証明するためには、公道で実証実験を繰り返さなければなりませんが、それには人件費もガソリン代もものすごくかかります。テクノロジーだけの問題なら、もしAIを1チップで稼働できるようにすれば搭載するコンピューターも1台で済むため、一気に価格が下がります。しかし、実証実験に関しては基準がないため、ひたすら走り続けるしかないのです」
それは日本の法整備の問題にもなってきてしまうのだが、それとて解決できない課題ではない。東京大学大学院に籍を置く加藤は自動走行ビジネス検討会の委員を務め、政策にもかかわることで実現に向けた最善のアプローチを模索している。
日本政府は、25年頃までに自動運転レベル4(特定条件下での自動運転)の市街地での実用化を目指している。Autowareはすでにそのレベルに達しているが、広く普及するには「そこから5年はかかるだろう」と加藤は予測する。
その先に見えてくるのは完全自動運転のレベル5だが、加藤は「研究者としては目指すが、ビジネスでは考えていない」と断言する。
加藤が目指しているのは、地域に根ざした自動運転の普及だ。バスやタクシーなど、限定されたエリアの道路を走る交通機関の自動化であれば、レベル5になったからといって輸送時間が短縮されるわけではないし、料金を上乗せすることもできない。つまり、レベル5が必要とされていないのだ。
地域に根ざした自動運転であれば、世界と戦ううえで勝ち目があると加藤は言う。
「ビッグデータを活用した汎用の世界では、テックジャイアントに勝てません。しかし、AWFを通じて各地域に特化したデータを集め、その地域にローカライズしたAIを構築すれば十分に戦えるのです」
それを推進するうえでカギとなるのは、地域にアジャストできるデータサイエンティストやデータを検証できる人材の存在だ。
「データサイエンティストは脚光を浴びてきたため一定数が存在しますが、なかなかいないのが検証のできる人材です。私はこの人材の育成がまず必要だと感じています。中国やアメリカを追ってスーパーデータサイエンティストを育成するのは、研究分野では間違っていないかもしれませんが、ビジネスの世界では必ずしも必要とはいえません。アメリカや中国のスーパーデータサイエンティストが数多くの論文として発表している成果を、地域にアジャストして検証できたほうが産業的価値は高いと言えます。もともと日本はそういう国だったはずです。自動車にしても電機にしても、海外メーカーを参考に世界に負けない品質をつくりだしてきたわけですから。日本はいまこそ初心に帰るべきです」
データドリブンな戦略で自動運転の世界での存在感を高めるティアフォー。加藤の強かな戦略には日本ならではの勝ち方が緻密に計算されているようだ。加藤が描くストーリーに今後も注目したい。
かとう・しんぺい◎慶應義塾大学で博士号(工学)取得後、カーネギーメロン大学などで研究員を務める。2015年、名古屋大学発ベンチャーとしてティアフォーを創業。現・東京大学大学院情報理工学系研究科准教授。