AIに対して悲観的な日本人
築地テレサ(以下、築地) ビジネスにAIを取り入れる動きが活発化していますが、日本では悲観的な論調が目立ちます。PwCで調査を行ったところ、未来の仕事をネガティブに捉えている人が74%を占め、諸外国と比べ圧倒的に高い数字でした。加えて、AIなどの新しいテクノロジーに適応する自信も低いという結果が出ています。日本人の特性なのか、新しいテクノロジーの活用に対して「とても自信がある」と回答したのはわずか5%です。
日本人は未来の仕事に対して否定的
・将来の仕事を否定的(心配だ/興味がない)に捉えている日本人は74%おり、諸外国と比較して顕著に高い
日本人は職場へのテクノロジー導入に順応できる自信がない
・日本人が将来の仕事に対して否定的(心配だ/興味がない)である理由として、AIを含む先端テクノロジーの活用に自信がないことが原因と考えられる。「とても自信がある」と回答した日本人はわずか5%であり、諸外国と比較して圧倒的に低い。
原山優子(以下、原山) ある程度納得できる結果です。なぜこういう数字になるかというと、これまで仕事の仕方がまったく別次元になるという経験がなかったからです。この背景を考えなくてはなりません。日本人は自信のない民族なのかというと、必ずしもそうではありません。教育の影響もあるかもしれませんが、技術に対する向き合い方が関係しているように思います。
日本は戦後、外国から技術を取り込み、ブラッシュアップすることで経済の原動力としてきました。その成功体験があるので、技術がさまざまなものをドライブするという意識が刷り込まれています。その技術の進捗のスピードが緩やかであれば、どのように対応していけばよいか想像ができます。しかし、AIに関しては急速に多くの分野に広まったため、そのスピードについていけなくなっているのです。
例えばスマートフォンをちょっと使うだけでも、さまざまな機能にAIが組み込まれています。この先それらはどうなっていくのだろうと考えてもまったく想像できない。つまり、予見できる部分がなくなってしまったことで、テクノロジーと自分との間にギャップを感じ、自信をもてなくなっているのではないでしょうか。逆の見方をすることが大事で、技術に自分を合わせるというスタンスではなく、自分がどうAIを使っていくのかを考えられれば、調査結果は改善されるのではないかと思います。
理化学研究所理事 原山優子
築地 AIで何ができるのかを解像度を上げて考えることができれば、一概に否定的な答えにはならないということですね。ただ気になるのは、新しいスキルの獲得に対して無関心と答えた人が44%もいたことです。
日本人は新しいスキルの獲得に無関心
・新しいスキルの獲得についても日本の回答者は否定的・無関心であり、継続的なアップスキリング、危機意識を醸成することが求められる。
原山 確かに気になりますね。日本でスキルを獲得する手段としてウエートが高いのは、学校システムにおける教育です。すでに整理されている知識のパッケージがあって、それをスキルセットとして獲得することに日本人は慣れてしまっています。ところが、学校システム以外の場所で自主的に新たにスキルを獲得する機会やきっかけは、あまりありません。
例えばヨーロッパを見ると、スキルを獲得して仕事に結び付けることは、若いときから考えなければならないことの一つです。産業構造が目まぐるしく変化しているので、新たなスキルを獲得しアップデートしていかないと、自分が所属している分野がダメになったときに次に進めません。一方日本人は、一度学校に通えば、あとは企業内のトレーニングでスキルが身に付くものだと考えがちです。だからAIのスキルを自ら身に付けようという発想にならないのです。
築地 自分からスキルを獲得しにいくマインドセットを子どもたちにも教えていく必要がありそうですね。この点はもちろん、大人にも必要です。そのためPwC コンサルティングは東京大学とともに、AIやデジタルの活用を通じて日本の競争優位性を高め、未来を創出する経営人材を育成することを目的とした「AI経営寄付講座」を開設しました。
PwC コンサルティングは、企業がAIを起点とするデータ活用を経営の中枢に取り入れる「AI経営」を提唱しており、最終的には企業のあらゆる業務にAIを組み込み、企業の競争力向上を図ることを支援しています。この講座はその取り組みと合致するものとして進めている試みです。今後も、このような新たなスキルを獲得できる手段を提供していきたいと思っています。
原山 おそらくいまの子どもたちが成人するときには社会構造が変わっているでしょうから、スキルアップや新たなスキルの獲得に取り組むことが当たり前になっているでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス シニアマネージャー 築地テレサ
今求められているのはResponsible AI(責任あるAI)
築地 AIは私たちの生活に多くの利便性をもたらしていますが、同時にインシデントも起きています。自動運転車で事故が起きたり、人事評価にAIを取り入れたことで評価プロセスがブラックボックス化し、差別の助長や訴訟に発展したりといったことも起きています。データにはさまざまなバイアスがかかる可能性があるということを認識し、それをどう制御していくかを考えなければならない。つまり、Responsible AI(責任あるAI)が求められているのです。
原山 その通りですね。加えて、企業はまず自社のガバナンスをいま一度見直す必要があると思います。AIは自らが意思をもって判断を下しているのではなく、書かれたアルゴリズムに則ってデータを処理し、答えをはじき出します。その基となるのは過去のデータなので、バイアスが生じることは避けられません。
例えば、代々幹部に男性が多かった企業では、AIは男性中心の判断基準をデュプリケート(複製)してしまうことになります。導き出した解に男女格差が出たとしても、それはAIが悪いのではなく、そもそもその企業のガバナンスに問題があったことが、AIの活用によって顕在化したということなのです。世の中にパーフェクトな会社はありません。人間もAIを使いながら学習していくし、企業も学習し、よりよい方向を目指すべきです。
築地 原山先生が関わられていた経済協力開発機構(OECD)や現在共同議長を務められているAIに関するグローバルパートナーシップ(GPAI)でも、ジェンダーなどのバイアスをきちんとコントロールするための議論はされているのでしょうか。
原山 AIの技術的な部分に携わるのは男性が多いのは確かですが、活用の仕方や影響に関してはいろいろな人が議論に関わってきました。専門家だけの集団で意思決定をして行動を起こすのは、限界があります。考え方や行動の取り方のダイバーシティをいかに担保するかがカギで、そうすることでジェンダーによる偏りがなくなります。
企業側からルールづくりに対して主張するとともに第三者視点も入れるべき
築地 AIガバナンス構築のためのルールづくりもいろいろと議論されています。OECDの原理原則を実現するために、個々の企業がAI活用を推進するなかで、AI特有のリスクにどう対応していくかが論点になっています。
原山 OECDがリーダーシップをとって、各国の意見を取り込みながら最終的に合意に達したのが「AI社会原則」です。そこで定めたのは概念的なガイドラインや原則であり、これだけは守りましょうという大きな枠組みです。たどり着くまで大変でしたが、それ以上にこれをどう個別に運用していくかが課題です。その効果を生み出すためには、メンバー国やサインした国が自国の実情に合うようガイドラインを策定しなくてはなりません。
ところが日本の場合、AIに限らず日本企業の多くは、ある程度ルールを決められれば行動を取ることができるけれど、ルールがなければ動かない。自分で判断すると責任も自分に降りかかるため、行動しないという方向に流れやすいのです。そうした傾向からAIに無関心になる企業もあるのではないでしょうか。
思考停止に陥らず、逆に企業サイドから「こういう最低限のガイドラインが必要だ」と主張したほうが健全です。収益を得るという部分と、ルールをつくって律しなければならない部分とのすり合わせが、政府ではなかなか難しい。企業はその両方を考慮しなければならないのだから、本来はいちばん課題に直面しているはずであり、この辺で線を引くべきだと提言するべきです。
築地 どちらかというと、まだ日本ではAIをどう活用するかという部分にばかりフォーカスされる側面がありますが、AI活用推進と同時にその裏側でガバナンスやリスクコントロールへの取り込みをセットで考えていく必要があるということですね。実際に、各国政府もAIリスクへの懸念を強めるとともにリスクを制御し、AIアルゴリズムに説明責任を負わせるための法的枠組みの開発に着手しており、日本においてもAIガバナンスの態勢強化が進められているなか、既に複数の企業が先進的な取り組みを行っています。また、米国では、第三者視点を活用した評価を求める動きも見受けられます。
このような動向や企業が直面している課題を注視し、現在PwCでは、リスクコントロールを第三者視点で支援するサービスをグローバルで提供しています。AIの利活用には必ずリスクが伴うので、どういうリスクがあるのかを調査した上でアセスメントを実施し、その結果に応じて規制動向の調査・ガバナンスの構築・バイアスの整理などを一貫して支援しています。日本でもこれから本格的に展開する予定です。
原山 有意義な取り組みですね。AIは、使い方次第でいい方向にも悪い方向にも進みます。OECDは原則を策定したら、何年後かにアセスメントをしてその妥当性をチェックします。原則と現実とのギャップを確認する必要があるからです。企業もガバナンスを構築したらそれで終わりでなく、定期的にチェックすることが必要でしょう。
はらやま・ゆうこ◎理化学研究所理事。スイス・ジュネーブ大学教育学博士課程修了、同大学経済学博士課程修了。東北大学大学院工学研究科教授、経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局次長、AIに関するグローバルパートナーシップ(GPAI)共同議長、総合科学技術・イノベーション会議常勤議員などを歴任し、2020年より現職。東北大学名誉教授。
つきじ・てれさ◎PwCコンサルティング合同会社 データアナリティクス シニアマネージャー。AIやアナリティクスを活用したコンサルティングに携わり、企業におけるアナリティクス・AIの経営やビジネスへの適用支援、それに伴うAIガバナンス構築、AI人材育成を中心に複数のプロジェクトを手掛ける。