海外の街に普通にあるものが日本にないのはおかしい!
世界200以上の都市でマイクロモビリティ事業を展開する米Bird Ridesは今年5月、SPAC経由でニューヨーク証券取引所に株式を上場する計画を発表した。IPO後の時価総額は23億ドル規模に達すると見込まれる。米リフトのCOOやウーバーのVPなどを歴任したトラヴィス・ヴァンダーザンデンによって2017年に創設されたBirdは、電動キックボードのシェアサービスのパイオニア。サービス開始から1年で利用総数が1000万回に達し、海外展開も進むなど急成長を遂げている。
このBirdがこの夏、いよいよ日本に上陸する。関東地方の複数のエリアで実証実験というかたちでサービスが始まるのだ。日本における唯一のプラットフォームパートナーであるBRJの代表取締役、宮内秀明は次のように振り返る。
「18年にシンガポールで電動キックボードを利用して『こんなに素晴らしいものが日本にないのはおかしい!』と感じたのが、Birdの日本導入に取り組むきっかけでした。家族や友人に乗ってもらいたいという思いもあったし、物流大手での勤務や、買い物サポートサービスを手がけた経験から、国内のマイクロモビリティの可能性に注目していたという背景もありました」
Birdとの交渉がスタートしたのは昨年夏。宮内と仕事のうえでつきあいが深く、米国のビジネスに精通している取締役ファウンダーの吉永力と手を組んでの二人三脚となった。吉永もBirdが日本にないことを残念に思っていたのと同時に、ビジネスチャンスを感じていた。
「上場前に10億ドルの資金調達に成功したBirdは、開発に非常に力を入れていて、交通サービスの品質を確立している点も魅力的でした」
Bird側も、欧州などには主に自社で進出する一方、法規制や商習慣の独自性が高い日本についてはパートナーを探していた。そのタイミングで、日本でのBirdのサービス展開を担うBRJが昨年末、設立。日本の交通法規やニーズに対応するローカライゼーションは容易ではないが、国土交通省が超小型モビリティ政策に力を入れ、警察庁が規制の見直しに動くなど、追い風も強まっている。
Birdでまず人目を引くのは、自社開発の電動キックボードというハードウェアだろう。1号機の「Bird Zero」からアップデートが続き、最新型の「Bird Three」は5月に発表されたばかりだ。およそのサイズは全長・全高がともに120cm、幅が40cm、重量が24kgとキックボードとしては大きい。他方で、大型のバッテリーを搭載しており、1回の充電で45km走行可能、積載重量は112.5kgまで耐えられるという高性能を誇る。
Birdは個人ユーザーに販売するのではなく、まとまった台数の電動キックボードを特定のエリアに導入し、低料金で利用してもらうサービスを主な“商品”とする。日本ではまだ言葉だけが先行している感のあるMaaS(Mobility as a Service)の先行例とも呼べる。
ハードウェアと並んで鍵を握るのは、電動キックボードの制御や管理、利用者の動向の把握、配車や充電の最適化などを司るソフトウェア、あるいはシステムだ。Birdではすべてのハードの状態や位置が一元的、かつ詳細に、リアルタイムで把握されており、上限速度や走行エリアをきめ細かく設定することができる。例えば、特定の地域に入ると最高速度を落としたり、人通りの多い時間帯の繁華街に乗り入れられない制限をエリアごとに設けることができるので、迷惑走行や危険走行を抑制することも可能だ。
市街地でのキックボードの利用には、“迷惑”や“危険”というイメージが伴いがちだが、Birdは高度なソフトウェアやシステム、そしてオペレーションによって便利で安全な、公共性の高いマイクロモビリティ・サービスを実現させる。この公共性の高さは、宮内や吉永が非常に重視しているポイントだ。
『新しくて面白いハードを売ります。地域の皆さんにはご迷惑をおかけするかもしれません』というビジネスとは正反対。地域にあるモビリティの課題を共有し、圧倒的なハードとソフト、そして最強のオペレーションでソリューションを提供するのがBirdです。これは単なるビジネスではなく、ソーシャルインパクトビジネス。非常に高度なシステムとオペレーションを実現できるのは、僕たちが世界最先端を追求し続けるビジネスマンだからですが、自分たちだけがよければいいとはまったく考えていない。マイクロモビリティで地域を、そして日本をよくするというのが目標ですから」
第4世代の最新モデル「Bird Three」は5月に発表されたばかり。これが日本の街の風景となっていく。※GREEN SPRINGS施設内ではBirdをご利用いただくことはできません。
地域の課題解決のパートナーに バス・タクシーとも共存共栄
この言葉がきれいごとではないことは、Birdの国内展開で想定されているプランの一例を見てもよくわかる。
▼人口30万人規模の都市に1000台のキックボードを配置▼設置台数100台以上の大ポートから数台の小ポートまでを、駅前や公共施設、小規模店舗などに300mに1カ所のペースで設置▼充電やメンテナンスなどは新聞販売店やコンビニエンスストアなどの地元事業者に委託......。ポートの設置からキックボードの管理に至るまで、地元の自治体や事業者、商工団体、まちづくり組織などとの協力が不可欠なモデルなのだ。こうしたプランは、すでに複数のエリアで導入を目指して協議が始まっている。これはそれぞれの地域の多様なステークホルダーから、Birdが地元の課題の解決に向けて一緒に取り組むパートナーだと認識されているからこそだ。
マイクロモビリティのニーズはエリアごとにさまざまだが、日本の都市部では介護ヘルパーが一日に訪問できる対象世帯は2軒以下だという調査結果がある。渋滞の多いエリアを自動車で移動するため、8時間の勤務時間のうちサービスを提供できるのは3時間で、残りの5時間は移動時間といったケースも珍しくない。こうした既存のモビリティによるボトルネックの改善・解消を求める声は各地で根強い。
宮内と吉永は、タクシーやバス、電動自転車シェアリングなどを手がける事業者とも協力し、関係の構築を目指す。マイクロモビリティが進出した都市で住民総体の移動ニーズが増加し、その結果、バスやタクシーなどその他の交通手段の利用が向上される可能性も高いためだ。宮内は最後にBirdの展望をこう語った。
「Birdがあることで人が街に出てきて、街で動くようになる。それが小規模店舗の売り上げ向上につながったというケースもあります。今後、日本でもBirdでこうした成功例を生み出していけると考えています」
Birdが目指す成功は、地域の活性化とシンクロし、ひいてはこの国の発展につながっていくことなのだ。
BRJ
www.brj.jp
宮内秀明◎BRJ代表取締役。トラックドライバー、大手物流会社にて現場から本部まで一連の勤務経験を経て、オンデマンド買い物代行の海外スタートアップの日本進出をカントリーマネージャーとして率引。
吉永力◎BRJ取締役、ジャパンエントリーを手がけるBlackShip代表取締役。米国シアトル生まれ。学生時代はハーバード大学アメリカンフットボール部に全米唯一の日本人選手として在籍。