そう問われて、どれだけの人が自信を持って100に近い数字を答えられるだろうか。
大手、スタートアップ、起業……さまざまな現場を経験した末、30歳で電通デジタルに入社した清水正洋は、「今が過去最高の99%です」と迷いなく答えた。
新卒からの10年間、スタートアップ界での可能性を探ってきた。起業した会社のイグジットや、参画したスタートアップでの10億円規模の調達にも貢献している。
そんな実績を積み重ねてきた清水が、起業家ではなく電通デジタルの一員として働く道を選んだのはなぜなのだろうか?
興味深い経歴を持つ彼は、これまでの道のりを包み隠すことなく語ってくれた。
投資家ではなく、ユーザーに向き合いたい──だからスタートアップを離れた
「20代で幅を広げ、30代で深化し、40代で極める」
そんな人生設計を早くから立てていただけあって、清水の20代は他の誰とも似ていない景色で埋め尽くされている。
実家が事業を営んでいた影響で、起業に興味があった。まずはあらゆる企業と接点を持とうと、新卒で大手デジタルマーケティング会社に入社。その後、数回の転職を経てビジネスサイドで多様な経験を積んできた。
後の仕事人生に大きな影響を与える出来事は、2社目の不動産コンサル会社でブランドマネジメントを手がけていたときに発生した。リーマンショックによって、会社がどうにも立ち行かなくなってしまったのだ。最終的に事業は競合他社に売却されたという。
「会社が消えていく様子を目の当たりにしてからは、『こうなってはいけない。そのためにどうするべきか』と常に考えるようになりました」
起業家としてのキャリアも経験した。入籍するカップルをターゲットに展開した独自のサービスは全国に広がり、協賛企業への売却に成功。さらに後日、別のスタートアップに参画すると、過去の経験を生かしてシリーズCの約10億円の調達に貢献した。
悔しい経験も、確かな成功も手にしてきた清水は、いつの間にか30歳を迎えようとしていた。
次なる「深化」のステージに向かうべく選んだのは、意外なことに起業ではなく、電通デジタルへの入社だった。
スタートアップ界への未練はなかったのだろうか?そう問うと、清水は落ち着いた口調でこう答えた。
「それはなかったですね。スタートアップでIPOを目指すと、投資家の要求に応えようとするあまり、『サービスを通じてより良いライフスタイルへのアップデートに貢献したい』という自分にとって最も肝心な想いが遠のいてしまいますから」
自ら事業を立ち上げるのではなく、側面から支援する側に回りたい。迷いなくそう判断できたのは、10年間の試行錯誤の中で最も熱意を持って取り組んできた「事業創造」という領域に、誰よりもまっすぐに向き合いたかったからなのだろう。
「型」のある戦略コンサルか。自ら「型」を生み出す電通デジタルか
2018年に電通デジタルに入社した清水の所属は、デジタルトランスフォーメーション事業のCXトランスフォーメーション部門。昨年、自ら立ち上げた「事業DXグループ」のグループマネージャーとして、クライアントの既存事業の高度化や新規事業構想の支援に取り組んでいる。
清水のこだわりは、「クライアントの経営判断を促す」提案にある。
「私たちの仕事は、プロジェクトを完了させることも大切ですが、納品物や報告書づくりだけではありません。経営者が今後の展望を具体的にイメージできた上で意思決定できなければ意味がない。
そのために大切なのは、おこがましいですが『クライアントの経営幹部の一人』というスタンスでクライアントと向き合うことです。経営課題にはどんどん踏み込みますし、言うべきことは忖度せずにお伝えします」
描いた構想を実現するために妥協しないのは、先述したリーマンショックによる苦い経験があるからだ。「サービスが選ばれなくなり、会社が倒れていくほど悲惨なことはありません。自分が関わるからには、絶対にそうならないようにしたい」と、固い決意を口にした。
電通デジタル以外にも、デジタルトランスフォーメーションを手がける競合は多く存在する。入社して3年半が経った今、清水は自社の差別化ポイントをどこにあると認識しているのか。
「電通グループは、『DX』という言葉が流行するずっと前から顧客体験(CX)を起点としたサービス設計やコミュニケーション戦略に取り組んできました。CXを中心に事業やサービス、業務から組織までどのように変革していくべきかを考え、実績を積み上げながら領域を広げてきたからこそ、我々は“日本の企業文化に合ったDXソリューション”を提供できていると感じておりますし、差別化につながっていると考えています」
戦略コンサルのDXには決まった「型」がある。一方電通デジタルは、考えをまとめるために「型」を使うが、「型」にはめようと考えてはおらず、常に最適な方法を模索する積極的な姿勢がメンバーの間に見られる、と清水は言う。
「非常に知識欲が高く、チャレンジ志向が強いメンバーが多いです。プロジェクトの協力者を募れば、すぐにレスポンスが返ってくる。しかも、社内の誰かに対して競争意識を燃やすのではなく、『このゴールに向けて一緒に頑張ろう』と、同じ方向を向いて協力してくれる人が多いと感じますね」
健全な組織風土の醸成には、管理職と現場メンバーの距離の近さが関係していると、清水は考えている。
「弊社の管理職の方々は現場が好きな方ばかりです。職位が上がれば上がるほど、スケジュールは役員同士ではなく、現場との打ち合わせで埋まってしまうほど。管理職の目線が現場にしっかり共有されているからこそ、メンバーは自由にチャレンジできるのだと思います」
残業はする気もない、させたくもない──その人“らしい働き方”を支える
電通デジタルの人材は多様性に富んでいる。SIer出身者もいれば、ビジネスサイドの経験が豊富なメンバーも多く、最近は清水のような起業経験者も増えている。
働きやすさについて問うと、「皆さん協力的な方々なので心地よいです」と笑って答えた。
仕事に対する真剣な想いを隠さない一方で、不思議とガツガツした雰囲気はない。穏やかな人柄は生来のものに加え、人としてのバランスを保ちやすい業務環境にも一因がありそうだ。
「忙し過ぎて帰れない、なんてことは全くないです。私は今、ほぼテレワークで、業務は9時半に出勤し、18時には切り上げるようにしています。クライアントの期に合わせて多少忙しくなることはありますが年1、2のレベル。残業はする気もないですし、させたくもないですね」
そうきっぱりと言い切る背景には、清水のマネージャーとしての信念があった。
「そもそも仕事は、プライベートを充実させるためにするものだと思っていますし、プライベートが充実していると仕事のパフォーマンスも上がるので表裏一体と考えています。
1on1を通じて、『プライベートも仕事も充実しているのはその人にとってどんな状態なのか』を理解し、そのメンバーらしく働ける方法を一緒に考えるようにしています。
ちなみに私はサーフィンが趣味で、また奥さんのテニスの試合や練習についていくこともあります。そういった時間を持てることが活力になりますし、チームメンバーも、自分をリセットする手段を持っている人が多いですよ」
公私ともに充実した生活が送れる環境は、品質の高い仕事を生み出す条件。豊富な経験を経てたどり着いた答えには、確かな説得力があった。
最後に、冒頭の言葉について改めて真意を聞いてみた。電通デジタルに入ってからの日々の満足度は、なぜ「99%」なのだろう?
「絶対に満たされない1%がある、という意味です。満たされたら、成長がそこで止まってしまいますから。その1%をどこまでも求めていきたいです。
成長し続けるためには目標がないといけないと思うのですが、私は面接で出会った執行役員や部門長に追いつくことを目指しています。スキルの高さだけではく、仕事に対する実直な姿勢を持ち続けている。そして、常に一歩先を見据えており、具体的なイメージを持った上で牽引しているところを特に尊敬しています。その背中を見ながら、自分も成長し続けていきたいですね」
ゴールとは、何かを100%できるようになることだと思っていた。しかし、自身が成長し続けることに喜びを感じるのが人間なのだとしたら、必ずしもそうではないのかもしれない。
“絶対に満たされない1%”によって、満たされる──。
そんな彼の生き方に、幸福なキャリアの本質を見た気がした。