「感動のあるエアライン」を具現するプロジェクト
昨年、コロナ禍によって深刻な打撃を受けていた航空業界に、明るいニュースが届けられた。それはスターフライヤーの「Starlight Flight」プロジェクトと呼ばれる特別チャーター便の運航だ。フライト当日とまったく同じ夜空、600万個の星を機内に投影して再現するという画期的なプロジェクトで、35組限定の搭乗に対して応募は約600組。幸運にも搭乗できた参加者は、約1時間半のフライトを心ゆくまで楽しんだ。
スターフライヤーは北九州を拠点とし、国内6都市への就航や国際線を有する航空会社。真っ黒な機体、全席革張り仕様、そして充実した機内サービスなどで知られる。こうした質の高いサービスは、「感動のあるエアライン」という同社の企業理念から生まれている。そして「Starlight Flight」も、まさに感動のあるエアラインを具現するために生まれたプロジェクトだった。
このプロジェクトが、ヌーラボが主催する「Good Project Award 2021」で最優秀賞を受賞した。ヌーラボは、「Backlog」「Cacoo」「Typetalk」「Nulab Pass」など、コラボレーションを促進し、働くを楽しくするツールを提供している。同社は「日本の生産性を向上させること」を目指して多くのツールを提供しているが、より良いプロジェクトの在り方を共有・発信しようというのが「Good Project Award」の狙いだ。
テレワークや残業削減といった仕組みばかりに目が行きがちな働き方改革を、プロジェクトの在り方という視点から考えるというもので、審査の基準は「目標の高さ」「参加メンバーの意欲」「ステークホルダーに対する影響」などが上げられる。「Starlight Flight」はまさに志が高く、プロジェクトメンバーの意欲に富んだプロジェクトとして最優秀賞に選ばれたのだ。
600万個の星を機内に投影して再現
コロナ禍だからこそ、何としても成功させたいという想い
「発端は社内アイデアコンテストでした。2019年12月に開催されたコンテストで特別賞をいただき、20年1月には実証実験をスタート。前例のない試みでしたので、まずは機内でプラネタリウムを投影できるかという段階からのスタートでした。航空機内でプラネタリウムを点灯させるためには、照明を完全に消さなければならないことも判明しました。
ところが、フライト中に機内の照明をすべて消すこと自体が初めてのケース。そこで安全性を確保するために国土交通省や、使用するエアバスA320型のメーカーであるエアバス社と何度もやりとりを繰り返しました。安全性を確保するために、何カ月もかけて試行錯しながら、認可を受けることができました」
そう語るのは、企画を考案し、プロジェクトの中心メンバーとして活動した空港客室本部 北九州空港支店北九州ステーションコントロール課の川内丸夏希。就職活動中からフライト中のプラネタリウム投影の企画を実現したくて、先進的な取り組みを行うスターフライヤーへの入社を希望したという。そんな入社前からの夢のために採用したのは、1台で100万個の星を投影することができる大平技研の超小型プラネタリウム「MEGASTAR」。機内に6台設置して星空を再現することにした。
そんな中、「Starlight Flight」プロジェクトがスタートした途端に大きな問題が発生する。新型コロナウイルス感染症の急拡大である。20年4月の日本政府による緊急事態宣言により、人の移動が大きく制限される中、航空業界も苦境に陥る。そんな状況下でも、諦めることなくプロジェクトが進められたという。
「逆にこんな時だからこそ、何としてもプロジェクトと実現したいという強い意欲が湧いてきました。航空業界全体が新型コロナにより打撃を受ける中、少しでも業界を元気にしたい、またお客様に感動を届けたいという想いで課題をクリアしていきました。大平技研との打ち合わせなどもオンラインに切り替えて進めました。当然、新型コロナ対策も施して、お客様が安心してご搭乗、フライトを楽しむことに集中できる環境を整えていきました」
そう振り返るのは川内丸と二人三脚でプロジェクトを遂行した総務人事課の古賀美奈子。感染予防の観点からチェックイン時の距離を保ったり機内サービスをなくすなどの工夫をしたという。そして自社のウェブサイトやSNSでプロジェクトの概要を発信し、2020年10月17日、ついに全国から集まった35組の参加者を乗せて「満点の星空」へと向かう特別チャーター機は離陸した。
入社前からフライト中のプラネタリウム投影を構想していた川内丸夏希
社員が自発的にプロジェクトに参加するスターフライヤーの企業文化
同プロジェクトは約9カ月間の準備期間を経て無事にフライトできたわけだが、今回の成功の要因は2人の努力だけでなく、スターフライヤー独自の企業文化が後押ししてくれたと言う。
「社内イントラネットなどで当プロジェクトを知った社員が、自ら手を挙げて参加するなど、自然発生的にプロジェクトメンバーが増えていきました。とくに現場をよく知るキャビンアテンダント、整備士、パイロットなどのプロフェッショナルからの適切なアドバイスがあって初めて成功したと感じています。例えば、600万個の星を再現するには、超小型のプラネタリウムを通路に6台設置しなければならず、そのため緊急時の脱出時の手順の変更や、そのための訓練も必要になりました。」
川内丸はこう続ける。
「訓練の際、キャビンアテンダントの方々が手順書の検討・作成、さらに訓練自体も率先して行っていただきました。また、整備士には航空機の仕様や安全確認、パイロットの方にはフライトのルート提案をしていただくなど、各部門の知識・ノウハウを総結集することでプロジェクトを成功することができました」
「Starlight Flight」のフライト時間は約1時間30分。上昇と下降の時間を除くと、プラネタリウムの投影ができる時間は約35分。投影できない間も北九州市街の夜景を楽しんでもらえるように、パイロットからルート提案があったという。まさに社員が一丸とって取り組んだプロジェクトといえる。
そんなスターフライヤーの社員たちの想いを乗せた「Starlight Flight」に参加した人々は、北は北海道から南は沖縄まで全国から集まった。機内に満天の星が映し出されると、大きな拍手が沸きあがった。35組の中には、天体ファンのみならず、フライト当日に誕生日を迎えた人、春から家族と離ればなれになった人など、様々な背景を持つ人々が搭乗した。そんな人々からの感謝の言葉を聞いた時、二人は「当社の企業理念である『お客様一人ひとりに感動を届ける』ことができた」と確かな手ごたえを感じたという。
二人三脚でプロジェクトを遂行した総務人事課の古賀美奈子
「できない理由」を探すのではなく、「どうすればできるのか」を探す
20年10月17日に第一回のフライトが行われた後、第二回を12月5日、そして1週間後の12月12日には第三回の「Starlight Flight」が行われた。この2つの特別チャーター便のフライトは、第一回とは異なるメンバーが担当した。
「私たちがスタートさせたプロジェクトでしたが、今ではスターフライヤーの新しい取り組みとしてたくさんの方々に知っていただき、他の社員がさらにお客様に感動していただけるようブラッシュアップしています。例えば、事前に星空マップや解説書を作成して配布するなど、よりお客様に楽しんでいただける工夫が施されています。そんなプロジェクトの成長が何よりも嬉しいです」(川内丸)
古賀も「Starlight Flight」プロジェクトから多くのことを学んだと、次のように語る。
「当社の企業理念である『お客様に感動を届ける』ということを実感できたことが嬉しかったです。そんな達成感を感じながらも、今回のプロジェクトで2つのことを学びました。『できない理由』を探すのではなく、『どうすればできるのか』を探すことの大切さ、そして味方になってくれる仲間をつくること。この2つが重要なことを学びました。そして、そのためには日ごろからのコミュニケーションがベースになることも知りました」
2人ともまだ入社数年の若手社員。そんな2人が周囲を巻き込んで、ハードルの高い課題を克服し、ついに実現した「Starlight Flight」プロジェクト。その背景には新しいことにチャレンジできる風通しのいいスターフライヤーの企業文化の存在も大きい。そして何よりも同プロジェクトは、新しい制度導入などの仕組みの改善だけでは計り知れないプロジェクトの本質を示した好例といえる。そんな優れたプロジェクトを表彰することで、日本の生産性向上に寄与する「Good Project Award」からも、ますます目が離せない。
ヌーラボ:https://nulab.com
古賀美奈子 こがみなこ◎スターフライヤー 総務人事部人事課所属。岡山理科大学総合情報学部(現工学部)建築学科卒業。ハウスメーカーで営業として5年間勤めたのち、2018年スターフライヤーに既卒入社。2020年実施のStarlight Flightの発案者川内丸と一緒にプロジェクトを立上げた。
川内丸夏希 かわちまる なつき◎空港客室本部 北九州空港支店北九州ステーションコントロール課所属。熊本大学理学部理学科地球環境科学専攻卒業後、2017年スターフライヤーに新卒入社。学生の頃から天体に興味があり、入社3年後の2020年にStarlight Flightプロジェクトを立ち上げ、実施。
●Good Project Award
「日本の生産性を向上させること」を目指し、働くを楽しくするためのツールを数多く提供しているヌーラボが主催しているオンラインイベント。困難に挑戦したプロジェクトのストーリー、アクション、そこから得られた知見を共有することで、日本全体のプロジェクト管理・チームコラボレーションを一歩前進させることを目的に、過去3回開催されている。