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2021.03.10 20:00

イノベーションの「卵」が孵化する歴史的瞬間を創出。 仕かけも仕組みもチャレンジングな広島県の新たな「祭り」とは

「イノベーション立県」を掲げ、次々に革新的な取り組みを展開してきた広島県が新たな「祭り」をぶち上げる。1件最大1,300万円の実証実験支援をする「D-EGGS PROJECT」の採択に一般からも関われるパブリック評価を、3月10日から開始したのだ。評価の対象となるのは、391件もの応募があったなかから1次審査をクリアした100件のアイデア。採択されれば規定の支援にとどまらず、VCやIT企業、広告代理店の強力サポートを受けてビジネス化される道も用意されている。「いいね!」が決める運命の分かれ道と、ニューノーマルの再定義。このチャレンジングな仕掛けに込められた思いとは何か。同プロジェクトの事務局を取材した。


実ビジネス展開への道筋まで視野に入れて


人口減少にコロナ禍。まさに危機の時代を迎えている現在、めまぐるしい変化に適応する新たな価値やサービスを生み出し続けることが求められている。そのことをいち早く察知し、持続可能な経済社会を実現するイノベーション・エコシステムの構築に取り組んできたのが広島県だ。

「イノベーション立県」を掲げて数々の取り組みを実施してきた同県の取り組みのなかでも、とりわけチャレンジングなのが2018年に3年間10億円規模の予算を投じてスタートした「ひろしまサンドボックス」だろう。「ひろしまをまるごと実証フィールドに」という魅惑的なキーワードのもとに、県内のみならず県外から企業や人材を呼び込んでオープンイノベーションを実践してきた。そのネクストステップとして位置づけられたのが、「D-EGGS PROJECT」である。同県商工労働局の佐伯安史局長は、その狙いについて次のように語る。


広島県商工労働局長 佐伯安史

「新型コロナウイルス感染症の拡大で、さまざまな課題が顕在化しました。ひろしまサンドボックスではDXを推進してきましたが、人とモノの動きを止めてしまうコロナ禍において、やはりデジタル化が非常に重要です。ウィズコロナ、アフターコロナでの新たな日常を再定義し、地域経済を活性化したいとの思いを込めて、新たに『D-EGGS PROJECT』を立ち上げました」

D-EGGSは、DXと「卵」を掛け合わせたものだ。「常識を再定義するソリューションの“卵”広島へ集まれ」をコンセプトに、アイデアの「卵」を集め、孵化させるためアクセラレーション(伴走型支援)をしていくことで、確固たるイノベーション・エコシステムを構築していきたいと佐伯は力を込める。

その本気度の高さは、伴走の支援体制の充実ぶりにも見て取れる。AI・IoTエンジニアコンサルティングを得意とするワクト、創業期からシリーズAのスタートアップに特化した出資・インキュベーションを実施するVC(ベンチャーキャピタル)であるサムライインキュベート、そして情報発信に長けている広告代理店の第一エージェンシーの3社が事務局に参画しているのだ。

「ひろしまサンドボックスを進めていくなかで、多くの企業様に参画いただきました。その経験から、イノベーション・エコシステムを構築するには『技術支援』『資金調達』『情報発信』の3つの要素が不可欠だと改めて気づいたのです。今回、これらをすべて満たすプロフェッショナル集団に伴走支援いただくことで、アイデアという『卵』を孵化させるだけでなく、大きなビジネスとして展開させることも可能となりました。“広島でなら何かが生まれるかもしれない”という期待感を現実のものとするエコシステムが、3社のご協力によって動き出すと確信しています」

1,300万円の支援以外の資金調達も可能?


佐伯が言及したように、「D-EGGS PROJECT」は実証実験だけを目的としているのではない。採択した30件のアイデアのうち、10件程度は事業化を目指し、さらにそのなかから大きくスケールアップさせてのビジネス創出も目論んでいるという。「技術支援」「資金調達」「情報発信」の3要素をカバーし、広島だけでなく東京、そして世界への道筋をつくることができる3社のプロフェッショナル集団が参画する意味が見えてくるが、具体的にはどのようなサポートをするのだろうか。「技術支援」を担うワクトの取締役兼COOの星山雄史は、次のように話す。

「優れたアイデアがあっても、技術的な裏付けがなければ実現性が低くなってしまう恐れがあります。AIやIoTといったテクノロジーを私どもがマッチングすることで、よりアイデアを膨らませることもできるのではないかと思っています。また、私自身の起業経験や事業創出経験を生かすことで、メンタリングの面でもご支援します」


「HIROSHIMA SANDBOX Make! NEW NORMAL」記者発表会場にて。(左)サムライインキュベート 代表取締役 榊原健太(右)ワクト 取締役兼COO 星山雄史

事業経験が少なかったり、アイデアが先行して技術力がまだ追いついていなかったりするスタートアップにとっては実に心強い話だ。メンタリングに関しては、シードVCとしての実績が豊富なサムライインキュベートが伴走するのも見逃せない。しかも、広島県は実証実験支援に1件最大1,300万円、県外企業には交通費や滞在費、オフィス賃料など最大1,000万円の実費を補助と手厚いサポートを用意しているが、加えての資金調達も期待できるという。同社の代表取締役、榊原健太郎はこう語る。

「パブリック評価を経て採択される30件はもちろん、応募いただいたスタートアップや起業家のみなさんすべてが出資の対象です。はるか高い志に勇ましい心、どんな小さな約束も守り切る誠実さを併せもち、誰も取り組んだことのない社会課題に立ち向かう人を弊社は応援しています。出資を希望される方はぜひ気軽にお声がけください。私のほうからもお声がけをさせていただきます」


「D-EGGS PROJECT」のサポート体制


ディープテックの観点からも「地方」は重要


シードVCとして数多くのスタートアップに出資してきたサムライインキュベートが、なぜここまで積極的に地方発のプロジェクトに参画するのだろうか。榊原はその理由について、「今後のイノベーションの起点は地方になると考えているから」と明かす。

「私自身、コロナ禍をきっかけに生活の拠点を家族が暮らす岐阜に移し、地産地消の暮らしへとシフトしました。それによって、従来と変わらず日本全国やイスラエル、アフリカ、中国と仕事ができているだけでなく、いままでイノベーションの起点だった東京は今後『コネクト』が中心になり、起点は地方へ移ると確信しました。世界のイノベーショントレンドは、すでにソフトウェアから『デジタルとリアルの融合』にシフトしていますが、これを生み出すDeep Tech(ディープテック)は地方とマッチするのです」

ディープテックとは、まだ形になっておらず何に使えるか不明瞭だが将来に大きな変化をもたらす可能性のある技術のこと。ハードウェアやインフラの仕組みが抜本的に変わるため大きなインパクトを生み出すが、当然のことながら社会実装に備えた実証実験が求められる。

「自動運転の実証実験もそうですが、いきなり東京でトライするにはハードルが高すぎます。研究と試行を重ねて改善していくためには、うまくリスク管理をしながら試せる場所が必要です。同時に、抜本的に仕組みを変えるアプローチに見合うほどの社会課題を解決できるフィールドでなければ意味がありません。その点、少子高齢化や過疎化の進展といった今後の日本が抱える大きな社会課題の最前線は地方です。単なる実証実験の場としてだけでなく、実際の課題解決のマーケットとなるのです」

広島県が、こうした榊原の主張とマッチする諸条件を兼ね備えているのは言うまでもない。抜本的に仕組みを変えていくためには幅広い領域をカバーできる複数のプレイヤーが必要だが、「D-EGGS PROJECT」は事務局の段階ですでにそうした点をクリア。プロフェッショナル集団3社が、「三本の矢」の伝説の地である広島に結集して土台を固め、日本全国から綺羅星の如く集まってくるアイデアの「卵」を孵化させていく――広島県が目指してきたイノベーション・エコシステムが、いままさに動き出そうとしているのだ。

「社会実装が主軸となるこれからのイノベーションは、『リアル』のウェイトが非常に高くなります。デジタル部分に強みをもつスタートアップにとってのみならず、リアル部分の先端技術をもつスタートアップにとっても、技術開発や量産性の証明といった部分で強みをもつものづくり企業に恵まれ、多数のコア人材を抱える広島県とマッチングする意味は非常に大きいといえます」


「ひろしまサンドボックス」の構想

カープ、サンフレッチェのファン要注目の「スポーツ枠」も


そう榊原が話すように、広島県は自動車をはじめとするものづくり産業に強みをもつほか、農業・水産業も活発で観光資源も豊富だ。一方で、労働生産人口が減少しているのは厳然たる事実であり、広島県にとっても、多様な企業や人材が集まりイノベーションを次々に沸き起こしていくことの意味は大きい。だからこそ「挑戦できる場であり続けたい」と広島県商工労働局長の佐伯は力を込める。

「広島県は、2021年度からの新たなビジョンとして『安心・誇り・挑戦 ひろしまビジョン』を掲げました。本県は挑戦を非常に大切なものと考えていますが、そのためにはしっかりとした土台となる安心や誇りが必要不可欠だと思うのです。そうして土壌としてのイノベーション・エコシステムを実現させるため、新たな事業を起こして世の中を変えていく起業家精神をもつ人材や産学連携の推進といった“横軸のイノベーション促進施策”と、本県の強みである技術・産業分野を生かした“縦軸の分野別振興施策”を組み合わせて実施していきたいと考えています」

こうした非常にチャレンジングな発想には、広島県のアイデンティティも大きく影響しているようだ。佐伯と、広島出身・在住であるワクト取締役兼COOの星山は、「平和都市として世界に知られる広島だからこそ、あらゆる社会課題に挑戦する元気・勇気の源となるエコシステムを構築する使命がある」と口を揃える。

「さまざまな困難を乗り越えて挑戦するというメッセージを国内にとどまらず世界に発信することが非常に大事だと思っています。その意味もあって、3月10日から開始するパブリック評価は、一般の方々が参加できる仕組みを構築しました。1次審査を通過した100件がすべてそれぞれを紹介する短い動画を作成し、特設サイトにアップしていまして、『いいね!』の数を最終審査に加味するようにしました。広島県内在住の方はもちろん、広島県出身の方、広島県にゆかりのある方はぜひアクセスしていただきたいと思います。また、協業を希望される方のマッチングも受け付けていますので、興味をおもちになったらぜひご連絡ください」(星山)

 一次審査を通過した100件のアイデア
https://newnormal.hiroshima-sandbox.jp/voting
一覧はこちらから

星山の説明どおり、100件のアイデアの内容は世界中どこからでも確認でき、「面白い」「実現してほしい」と感じたら「いいね!」を通じて実現を後押しできる。こうした自治体主催のプロジェクトには珍しく、内容がバラエティに富んでいるのも興味深いところだ。

「ワークスタイルやヘルスケア、モノづくり、物流から観光・飲食まで幅広いアイデアが日本全国から391件集まりました。ものづくりを学んできた高専生のチャレンジを支援する『高専枠』を最大3件設定しているほか、コロナ禍で大きな影響を受けたスポーツをテーマとした特別枠も企画していますので、ぜひご期待ください」(佐伯)

スポーツ枠とは、プロスポーツチームが多く、スポーツ観戦人口全国1位の広島県らしい企画だ。日本全国・世界中にいるそれぞれのチームのファンにとっても、どのようなアイデアが登場しているのか気になるところだ。また、ニューノーマルをより便利に、快適にするアイデアの“発芽”の目撃者となれる稀有な機会でもあり、アーリーアダプターなら見逃せない。

すでに広島県は、そうした先端の人材や産業を集める“磁力”を放ち始めているようだ。県内の複数の自治体が自然発生的に実証実験を開始しており、「広島では何かが起きている」というブランディングが定着し始めている。サムライインキュベートの榊原は「最先端イノベーションのショールームをつくりたい」と表現したが、近い将来、平和都市としてだけでなく、イノベーションの源泉として元気・勇気を発する街として認知されるようになるかもしれない。その第一歩を記す“祭り”に参加した証を、「D-EGGS PROJECT」のパブリック評価に残してみてはいかがだろうか。

D-EGGS PROJECT
https://newnormal.hiroshima-sandbox.jp

Promoted by 広島県 / text by Hidekazu Takahashi / edit by Akio Takashiro