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利便性と強靭さを備えた「スマートシティ」。
セールスフォース・ドットコムと浜松市が示す自治体の未来像とは。
世界中でプロジェクトが進行している「スマートシティ」構想。IoTやAIといったテクノロジーの活用、ゼロエミッション、スマートグリッドなどのエネルギーマネジメント、自治体のデジタル化といった文脈で語られることが多いが、それらはすべて手段に過ぎない。本質は「住みやすいまちづくり」であり、住民一人ひとりのQOL(Quality Of Life、生活の質)を向上させることが目標だ。
皮肉にもCOVID-19禍は、その本質を捉えることの重要性を浮き彫りにした。パンデミックのなかでQOLのベースとなる「安全・安心」を確保するには、「3密」を避けて感染拡大防止策を実施しながら、迅速かつ効率的にクラスターや感染ルートの特定・隔離を行える仕組みが必要だ。同時に大規模な自然災害が発生する恐れも考慮すれば、都市としてのレジリエンスを向上させていくことが、スマートシティ実現に必須なミッションだといえよう。
では、高い利便性と強靭さを備えた真に暮らしやすい都市を実現するには、どのような取り組みが求められるのか。この究極の社会課題解決を目指す浜松市とセールスフォース・ドットコムの挑戦を取材した。
住民がパーソナライズされた情報を受け取れる仕組み、「住民CRM」が必要
スマートシティが実現する「住みやすさ」とは何か。それは、あらゆるタッチポイントで一人ひとりに最適な体験が提供されることによって、生み出されるものではないだろうか。日本が未来社会のコンセプトとして掲げている「Society5.0」は、内閣府によれば「モノやサービスを、必要な人に、必要なときに、必要なだけ提供されるとともに、社会システム全体が最適化され、経済発展と社会的課題の解決を両立していける社会」と定義されているが(参考:内閣府ホームページ)、それを享受できるまちがスマートシティだといえよう。
スマートシティ実現のため、セールスフォース・ドットコムが構築する「住民CRM」によるプラットフォーム。住民を起点とした構造のため、パーソナライズされた情報提供が可能となり、幅広い行政サービスへスマートにアクセスできる。
しかし、現状はどうか。オンライン申請など行政サービスをデジタル化する必要性が叫ばれているものの、いまだ道半ば。しかも、住民の理解が進んでいるとは言い難い。国内でいちはやくスマートシティ構想を打ち出し、G20スマートシティ都市連合のパイロット都市にも選定されている浜松市のデジタル・スマートシティ推進事業本部の瀧本陽一は、地域の反応を次のように明かす。
「浜松市は19年10月31日に『デジタルファースト宣言』を行い、市民QOLの向上と都市の最適化を目指して20年度からデジタル・スマートシティ構想をスタートしました。しかし、高齢者の方から『社会から置いていかれるのでは』『行政サービスに接続できなくなるのでは』といった不安のお声をいただいているのも事実です」
浜松市 デジタル・スマートシティ推進事業本部 瀧本陽一
例えば中山間地域の医療MaaSで看護師が現地に赴きオンライン診療の受診サポートをするほか、ICTリテラシーを高める出前講座の開催など、不安を解消する取り組みももちろん実施しているが、並行して“突破口”をこじ開けようとしている。その試みのひとつが「災害・見守り」だ。
「スマートシティが実現すれば便利になる、安心できるというのを、早い段階で住民のみなさんに実感いただきたいのです。その点、災害・見守りへの対応は一見地味ですが、暮らしに密着した安全・安心ですから、スマートシティの成果を体感しやすいと考え、デジタル・スマートシティ構想の第一期(20年度~24年度)の重点取り組み分野のひとつとして位置づけています」
目的の情報へ着実にたどり着ける
“スマートシティ版スーパーアプリ”
スマートシティの価値を、都市としてのレジリエンスの向上によって高めていこうとしている浜松市。それとシンクロするように、同様の構想を練っていたのがセールスフォース・ドットコムだ。インダストリーズトランスフォーメーション事業本部のシニアマネージャー、梁田(やなだ)智仁は従来の自治体の問題点を次のように指摘する。
セールスフォース・ドットコム インダストリーズトランスフォーメーション事業本部 シニアマネージャー 梁田智仁
「『住みたいまちとは何か』と考えたとき、安全・安心はかなり高いウエイトを占めると思います。安全・安心を実現しようとするなら、一人ひとりに寄り添った情報提供をしなければなりません。しかし、いままでは一斉に情報が発信されていましたので、住民のなかには情報を受け取れない人もいました。新たなデバイスに対応できなかったり、膨大な情報量をうまく処理できなかったりということもあったでしょう。本来は、地域に散らばっている情報をひとまとめにして、目的の情報へ確実にたどり着けるスーパーアプリのようなプラットフォームが必要なのです」
例えば大型の台風がやってきた場合、停電や川の水位、避難所などそれぞれの情報は精力的に発信されている。しかし、1人の住民として見ると、ばらばらのアプリやウェブサイトにいちいちアクセスしなければならない。それでは、一刻を争う局面で情報の伝達が間に合わない恐れもある。梁田の提唱する、いわば“スマートシティ版スーパーアプリ”の存在意義は非常に大きいといえるが、同じくセールスフォース・ドットコムでシステム開発を担当する永野ゆかりは、CRM(Customer Relation Management)に強みをもつ同社だからこそ、その構築が可能だと話す。
「いままでは、災害を起点とした情報発信がなされていました。だから住民側は、違う地域でも同じ情報、例えば自分が行かない避難所の情報も受け取っていたのです。しかし、住民を起点とした『住民CRM(Citizen Relation Management)』を構築し、避難者一人ひとりを起点とした情報管理をすることで、その人が本当に知りたい避難所や災害現場の情報を届けることができます」
住民を360度から支え、
QOL向上にコミットするのがスマートシティの本質
相生地区8町合同地域防災訓練の様子。
この住民CRMによるプラットフォームは、拡張性が高いのも特徴だ。しかも、COVID-19禍にわずか1~2週間で「新型コロナ保健所業務支援クラウドパッケージ」を全国の保健所に無償提供したように(20年9月30日まで)、開発スピードも飛び抜けている。その底力を発揮したのが、浜松市の実証実験プロジェクト「Hamamatsu ORI-Project(オリプロジェクト)」(20年6月~12月)で採択された「避難所におけるCOVID-19感染防止対策の実証」だ。
浜松市が用意したスマートフォンで初めてセールスフォース・ドットコムのアプリに触れた参加者。特にトラブルもなく、スムーズに目的の情報へアクセスできた。
COVID-19禍での避難所運営は、感染拡大防止とクラスター発生に備えた接触者管理が求められるが、住民起点のCRMなので「検温後に適切な区画への誘導」「誰がどの区画にいるかの把握」「万一のクラスター発生時の追跡」がワンストップでスムーズにできるようになっている。
気になる住民の反応だが、20年12月に「相生地区8町合同地域防災訓練」で実施した実証実験の感触について、同市危機管理課事業グループ長の三輪光司は、次のように話す。
アプリの案内に従って受付を済ませる。実は受付スタッフも当日初めてアプリにアクセスしたのだとか。
「事前に気になっていたのは、みなさんが問題なくアプリの操作ができるかどうかでした。60代から70代の計10名に参加いただきましたが、滞りなく操作されていて安心しました。避難所は、開設時は市役所の職員がサポートしますが、その後は避難者の方々が運営することになりますので、誰でも使えるシステムであることが非常に重要です。受付も従来の紙ベースよりスムーズにできましたので、住民のみなさんにとっても我々行政にとっても利便性の高いことが実感できました」
浜松市 危機管理課事業推進グループ長 三輪光司(左)
計画推進グループ長 井熊 亨(右)
官民連携によって実現した、従来にない住民起点のCRMによる情報発信と管理。セールスフォース・ドットコムの梁田は、このレジリエンスでの成功を、幅広い分野と連携した“スマートシティ版スーパーアプリ”の第一歩と位置づけている。
「住民CRMのプラットフォームは、もちろんAPI連携ができますので、防災を入口に、医療や福祉、子育てといった分野ともシームレスにつながっていけるのが特徴です。最終的には、住民一人ひとりのライフイベントやライフログに寄り添った360度の見守りができる『Citizen360(シチズン)』の実現を目指したいと思います」
あらゆる分野のデータが連携し、住民の手元にあるスマートデバイスを通じて包括的なつながりが構築される。その利便性の高さが、住民QOLを著しく向上させる。
Citizen360が支えるスマートシティ。浜松市の瀧本は、その実現によって次のエコシステムを生み出したいと語る。
「スマートシティは、産官学があらゆる分野でコラボレーションし、『住みやすさ』という価値を創出していきます。企業が地域課題解決に貢献し、結果として新たなビジネスチャンスが生まれる好循環となっていくわけです。これまで、行政はサービスプロバイダーとしての役割を担ってきましたが、今後は地域のコーディネーターとして、企業がまちづくりのなかで活躍できる領域を広げていく役割が求められると考えています」
産官学すべてにメリットをもたらすエコシステム――。これを創出することこそが、真のスマートシティ実現の条件となるといえるだろう。しかも、住民起点のCRMがベースであるため、どのステークホルダーも住民のQOL向上にコミットすることが前提となり、住民不在の施策が先走ることも防げる。また、暮らしにつながるあらゆる分野とシームレスに連携できるため、自ずと従来の自治体の宿痾(しゅくあ)ともいえる「縦割り行政」からも脱却でき、他の自治体との有機的なつながりも生みやすくなるだろう。高い利便性と強靭性、そしてしなやかも併せもつ魅力あふれるまち。全国の自治体がこぞってモデルケースとする日は、意外なほど早くやってくるかもしれない。
Promoted by セールスフォース・ドットコム / Text by 高橋秀和 / Edit by 高城昭夫