「ブルー・スイッチ」で電気自動車の価値は増幅する
「日産 リーフ」は、2010年12月に世界初の量産電気自動車として販売が開始された。誕生から10周年を迎えたいま、59の国や地域で販売され、累計販売台数は50万台に到達している。これまでに「日産 リーフ」のオーナーが世界中で走行してきた累計距離は約160億kmに達し、CO2排出量に換算すると25億kg以上(日産調べ)の抑制に貢献しているという。世界で2019年に排出されたCO2が約333億t(国際エネルギー機関の発表)であることを踏まえても、たったひとつの車種で駆け抜けた環境負荷低減の航続距離としては称賛に値するだろう。
持続可能な社会の実現に向けて「日産 リーフ」が貢献できるのは、ガソリンを使わず、排出ガスを出さない電気自動車として「環境性能が高いから」だけではない。この車に組み込まれている「リチウムイオン電池が社会課題の解決に役立つから」でもある。「日産 リーフ」は、走る蓄電池としての可能性にも気づかせてくれた。人や荷物を乗せて移動する手段として従来の車が提示してきた価値を超え、エネルギーマネジメントを実現するための蓄電池として、また自然災害時に非常用電源として活用されるといった新たなモビリティ像を打ち出しているのだ。
日産は世界で初めて電気自動車の量産を開始したリーディングカンパニーの使命として、18年5月から〝日本電動化アクション「ブルー・スイッチ」〟と称したプロジェクトを推進している。そのアクションを実際に起こしてきたのが、トップ画像で「日産 リーフ」と共に立つ高橋雄一郎と石田則子だ。
高橋雄一郎/「ブルー・スイッチ」を執り仕切る日本事業広報渉外部の主管
石田則子/「ブルー・スイッチ」を執り仕切る日本事業広報渉外部の課長代理
「ブルー・スイッチ活動では全国の自治体や企業と協力し、電気自動車の普及を基点にした社会変革に取り組んでいます。いま、全国のどの自治体においても環境に優しく、災害に強いまちづくりが喫緊の課題になっています。『日産 リーフ』は、環境と災害のどちらの政策にも大きく貢献できるのです。例えば、公用車として導入していただければ、環境への負荷を低減すると同時に、地域住民の環境意識向上にも寄与します。災害連携協定を締結した自治体には、災害を起因とする停電が発生した際に『日産 リーフ』を無償で貸与しています」(高橋)
「地震や台風、豪雨といった自然災害による大規模停電が、近年では毎年のように起こっています。日本全国どこのエリアにお住まいの方でも、これは他人事ではありません。被災地の避難所では不便で不安な日々を強いられてしまいます。『日産 リーフ』に車載している大容量バッテリーから電力を供給することで避難所の円滑な運営を図り、市民の不安や不便を解消して安全確保に努めるのが災害連携協定の目的です」(石田)
エンジン音と排出ガスを出さない電気自動車だからこそ、「日産 リーフ」は人のすぐそばに優しく寄り添うことができる。避難所の居住エリア内に入って電気を供給することも可能だ。暖房器具で暖まり、電気調理器で温かい食事を摂り、携帯電話やパソコン、テレビで情報を入手するなど、避難所生活の質が劇的に向上する。
被災地で一般的に用いられることが多い非常用発電機は、稼働時に騒音を生む。その音が被災者の心理的負担につながり、「ストレスが増大した」「眠れない」といった多くの声がこれまでの災害時には寄せられている。また、東日本大震災の際にはガソリン供給の混乱が沈静化するまでに約1カ月を要したが、電気自動車なら人と物資の運搬にも支障がでない。
走る蓄電池としていま必要とされる場所へとスピーディーに電気を運びつつ、人や物資を移動させるモビリティとしての本来の働きもしっかりとこなすのが「日産 リーフ」だ。日産の本社だけでなく、全国に展開している日産販売会社を含めた日産グループで総力をあげて支援体制を整えているのが心強い。
53台の「日産 リーフ」が台風の被災地へ駆けつけた
「日産 リーフ」ならではといえる上記のメリットを伝え、各地の自治体や企業・法人と災害連携協定を結ぶべく全国を飛び回ってきたのが高橋の率いるチームである。災害連携協定は「ブルー・スイッチ」の活動事例のなかでも最大の73件(12月21日現在で自治体67件、企業・法人6件)を数えているが、この取り組みが一気に加速する契機となった出来事について高橋が明かしてくれた。
「2019年9月、台風15号の影響によって特に千葉県で大規模な停電が続くという未曾有の事態となったのです。その際に、私たちは過去の経験から編み出していた災害緊急対策の方針に基づいて行動を起こしています。まず、千葉県内でも停電被害が大きいとされた地域(市原・君津・木更津・香取・富津)には、9月11日から「日産 リーフ」14台と可搬型給電機を届けて電力供給を実施しました」(高橋)
台風15号が観測史上最強クラスの勢力で上陸したのは、9日のことだった。ブルー・スイッチの特別編成チームは被害の状況を見極めながら、各自治体と連絡を取り合い、迅速かつ的確に動いている。横浜の日産本社から東京湾アクアラインで千葉に向かった14台のなかには、高橋と石田自身がハンドルを握った「日産 リーフ」もあった。当時を振り返り、石田が話を続ける。
「避難所となった公民館のほかに要請が特に多かったのは、福祉施設や保育園でした。まだまだ残暑が厳しいなか、各地で冷蔵庫や扇風機を稼働させたり、情報取得や連絡手段として欠かせない携帯電話に電力を供給したりしていきました。夜間においては室内照明や野外の給水スポットを照らす投光器の電源としても『日産 リーフ』を活用することができました」(石田)
台風15号の猛威により、千葉県内では送電塔2本と電柱84本が倒壊したほか、約2,000本の電柱が損傷したという。この甚大なる被害によって復旧は難航し、停電は長期間に及んだ。そのため、14日からは東京電力の要請があり、当初の14台に続いて39台が首都圏の販売店からのサポートを受けて出動した。合計で53台の「日産 リーフ」によって解消された、または和らげることができた住民の不便と不安はいかほどだったのだろうか。
日産では、さらなる要請があった場合に備えてより多くの「日産 リーフ」をスタンバイさせていた。この取り組みはメディアでも大きく取り上げられ、台風15号が過ぎ去ったのち、高橋と石田のもとには全国の自治体から数多くの問い合わせが寄せられたという。
公民館でスマホ・携帯電話を充電
公民館の照明用に活用
保育園で扇風機の電力として
ゼロ・エミッション社会への加速度が増し、輝かしい未来へ
馬車からエンジン車へと移り変わる革命が起きてから、およそ100年が過ぎた。電気自動車による新たな革命が始まり、いま、モビリティはかつてない可能性を有するに到った。災害や気候変動に対するソリューションのひとつとして車を活用していく時代がすでに訪れている。そのことを世界に向けて発信し、革命の起点として高々と鐘を打ち鳴らしているのが、世界初の量産電気自動車として時代を先導してきた「日産 リーフ」であり、〝日本電動化アクション「ブルー・スイッチ」〟だ。
先に挙げた自治体との連携による被災地支援は一例であり、ほかにも観光、過疎化、エネルギー・マネジメントといった多様なセクションで日産は全国の自治体や企業・法人と協働している。11月12日に発表された石川県白山市との「SDGsにおける電気自動車の利活用推進に関する連携協定」が「ブルー・スイッチ」の活動実績として100例目となった。
いま、サステナビリティやレジリエンスといった言葉を聞かない日はない。この時代に生まれた私たちは、公助・共助・自助のバランスを図りながら逞しく、そして美しく生きていかなければならない。
「当然ながら、『日産 リーフ』は一般家庭に電力を供給することも可能です。蓄電池としての容量は避難所(公民館)で3日分、一般家庭ではほぼ4日分に相当します。V2H(Vehicle to Home)の定置型機器を介せば、停電時でも家庭のすべての電化製品とコンセントが使用可能になります。また、再生可能エネルギーによって電力供給が行われている家庭であれば、太陽光パネルで発電した電気を日産 リーフに充電して走るなど、普段の生活においてゼロ・エミッション社会の実現に積極的に貢献していただくことができます」(高橋)
最後に「ブルー・スイッチ」の責任者は、上記のように語ってくれた。電気自動車が社会にとって欠かせないインフラの一部になるときは遠くない将来やってくる。それは、ゼロ・エミッション社会の先導車である「日産 リーフ」をはじめとする電気自動車が、完全に当たり前の世の中になったときだ。輝かしい未来は、すでに始まっている。
日産 リーフe+
高橋雄一郎
「ブルー・スイッチ」を執り仕切る日本事業広報渉外部の主管。
1999年日産自動車(株)入社。商品企画、マーケティング等を担当した後、現業務に従事。
石田則子
「ブルー・スイッチ」を執り仕切る日本事業広報渉外部の課長代理。
2001年日産自動車(株)入社。グローバルコミュニケーション本部を経て、現業務に従事。