患者の体に優しい治療法
辻比呂志(以下、辻) 重粒子線治療法は、私が務める千葉の量子科学技術研究開発機構・QST病院が世界に先駆けて実運用に成功した技術で、1994年から治療を始めました。その後全国5カ所の施設でもがん治療を行っており、2019年末までに約3万件の治療に成功しています。
林屋克三郎(以下、林屋) アメリカでは重粒子を使いこなすだけの環境整備が難しく、研究が停滞していた経緯があったと聞きます。日本が世界をリードする立場になったと言えますね。
辻 日本の研究において大きな助けとなったのは、当時一般化したCTスキャンでした。断層写真が撮れ、重粒子線が体内のどこでとどまるか計算できるようになり、照射技術が格段に向上したのです。早い段階から普及へのアクションをとり、導入に向けて国を説得しました。今ではアメリカをはじめ、ヨーロッパ、中国なども導入し始めています。
林屋 重粒子線治療法は、他のがん治療と比べてどのような点が優れていますか。
辻 狙ったところに集中照射できるので、放射線を当てたくない周辺の正常な組織や臓器に、ダメージをあまり与えずに治療ができる点です。放射線のなかで、電子より重いものを「粒子線」と言います。重粒子線治療には、そのなかでも比較的質量の大きい粒子である炭素を使用します。
林屋 X線よりも質量が大きく重たい放射線を使用するということですね。
辻 X線には質量がないので散乱しやすく、体を通り抜けます。体内に深く行くほど影響力が下がってしまいます。しかし、重粒子線は体の表面の放射線量は弱くても、体内の一定の深さでピークを設定でき、体内でとどまるので通り抜けません。しかも、位置だけでなく病巣の形に合わせて照射できるため、集中性の高い治療ができ、副作用も少ないのです。
林屋 体への負担が少なければ、治療期間も短くてすみ、社会復帰への時間が短くなるのも利点ですね。がん治療のなかでも得意な領域はありますか。
辻 整形外科領域の骨肉腫については、重粒子線治療が最も優れています。前立腺がんや頭頸部のがん、外科療法やX線、陽子線による放射線治療が難しい体内深部のがんにも適用可能です。従来、放射線が効きにくいタイプのがんに対しても、効果が得られているものが多々あります。
林屋 逆に、苦手な領域はありますか。
辻 胃や腸などの消化管のがんですね。胃は非常に放射線に弱いので、がんを攻撃できても、胃がやられてしまいます。それに、胃腸は呼吸のように一定のリズムではなく不随意に動くので、照射が難しい。でも、そこから転移したり、別の部位に再発したりした場合は治療できます。大概のものは治療できると考えていいでしょう。
林屋 重粒子線治療のさらなる普及には、保険適用がひとつの鍵となるでしょうか。
辻 骨肉腫、前立腺がん、頭頸部のがんに対してはすでに保険適用となっていますが、ごく一部です。もっと広範囲の疾病に対して承認が必要です。同時に、技術的に装置を小型化し、ランニングコストを下げて、普通の病院でも購入可能にすべきです。現在は機械も大型ですし、建物も含め百数十億円かかりますから。「保険適用の拡大」と「装置の小型化・低コスト化」を並行して進めていくことが重要です。
林屋 その2つが実現すれば、いま、X線で行っている治療のほとんどを重粒子で行える時代に切り替わっていきますね。
辻 それが放射線を活用したがん治療の理想であり、あるべき姿だと考えます。がん治療に関して、現状では進行した状態で見つかる場合も依然多い。手術が難しい患者さんもいる。その方々に対しては重粒子線によって効果的な治療を提供することが可能になりました。一方、治癒率をこれまで以上に高めようとすると、やはり早期発見が肝となります。
林屋 その面では、銀座メディカルクラブが貢献できます。検診で病を見つけ出し、スーパードクターによるベストな治療を最短期間で提供できますから。先生が提供する体に負担の少ない治療とともに、がんでの死亡率を下げることができますね。
辻 重粒子線なら、病巣が肺の端にある初期の肺がんの場合、一日で治療できます。早期発見して、すべてのがんを日帰り治療し、一日で完治させるシステムが理想であり、私の目指すところです。
辻 比呂志◎量子科学技術研究開発機構・QST病院病院長。日本医学放射線学会放射線科専門医。北海道大学医学部卒。筑波大学講師を経て2019年より現職。重粒子線治療の第一人者として、臨床と研究に取り組む。
林屋克三郎◎銀座メディカルクラブ代表取締役。慶応義塾大学を卒業後、三菱銀行、議員秘書を経て独立。2013年、最善の治療法と最高の医師を提供する銀座メディカルクラブを設立。先端医療の普及に努めている。
銀座メディカルクラブ
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