同技術を提供するトレジャーデータのエバンジェリスト、若原強と、いままさにDXで飛躍を遂げようとしているヤマトホールディングスの執行役員データ戦略担当、中林紀彦との対話でロジスティクスの未来が浮かび上がる。
デジタルマーケティングツールベンダーとして、DXのテーマの一つであるCX(顧客体験)の向上を強力にサポートするCDPを提供するトレジャーデータ。そのエバンジェリストとして、CDPが描く未来のあり方を指し示すのが若原強だ。一方、日本アイ・ビー・エム、SOMPOホールディングスなど名だたる企業でデータサイエンティストとして従事した後、ヤマトホールディングスに合流し、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT 100」のデータ戦略を遂行する同社執行役員中林紀彦。
二人に共通するのは日本社会がスムーズに未来へシフトするための喫緊の課題、DXである。データプラットフォームサービス提供者と、いままさに物流DX戦略のさなかにいるデータサイエンティストがロジスティクスの未来について、語り合った。
デジタルトランスフォーメーションにはなぜ、CDPが必要なのか
DXは単なるデジタル化/データ化ではない。その核心を若原は明快な言葉でまとめてくれた。
「データ化はスタートです。その先にある、日に日に巨大化・多様化するビッグデータの混沌の中から、役立つ価値を取り出して活用すること、それがDXの核心なのです。顧客の姿・行動などを予測可能なまでに解像度高く把握して、カスタマーエクスペリエンス(CX)を向上させる施策を行い、新たなエコシステムを確立するまでがセットなのです」
スマートフォンの普及、IoT機器の発達など、指数関数的に増えていくデータ爆発の時代が訪れた。しかし集めたデータは巨大すぎて、活用自体が容易ではない。
「そのための顧客情報を扱うプラットフォームがCDPです。膨大なデータを、人間が理解・活用できる形に落とし込んで提示することで、従来では考えられなかった施策を行え、CX向上を現実化することができます」(若原)
ただ現実のDX推進の状況はというと、活用するためのベースとなるデータ基盤を整える段階だという企業も多い。そんななか、物流のメインストリームを担うヤマトホールディングスが今年1月に「YAMATO NEXT 100」を掲げてDXを推進、間もなく一年を迎えようとしている。果たしてロジスティクスの雄は、どのように改革を進行させ、どんな地点にたどり着こうとしているのだろうか。
フィジカルな物流の現場にDXを推進する難しさ
配達員(セールスドライバー)がトラックを使って、預かった荷物を目的地に運ぶ。物流の現場は人間の汗と力がものを言うフィジカルを代表するイメージだろう。そんな日本の物流の中心に存在するヤマトホールディングスは、BtoC向けのクロネコメンバーズのユーザーが約4,000万人、BtoB向けのビジネスメンバーズが約120万社という巨大物流カンパニーである。グループ全体で22万人の社員(セールスドライバーを含めた配送人員8万人)と5万台の車両を抱えていると、中林は教えてくれた。そして全国各地の拠点(宅急便センター等)4,000箇所を年間18億個の“宅急便”が通過すると聞けば、そのDXが生やさしいレベルではないとわかるはずだ。
「1976年の宅急便スタート以来、ビジネスのあり方はほとんど変更してきませんでした。しかし、Eコマースをはじめとした配送ニーズの多様化や配達量の急増によって、人材不足が慢性化しコスト効率も悪化の兆しが見えてきました。そこで私たちが考えたのは「運び方」のイノベーションです。新たな時代の配送をリデザインするために、まずは経営構造の見直しから始め、データを中心としたビジネスに切り替えるためのデータ統合と整理に着手したのです」(中林)
舵を切ったデータドリブン経営へのシフト。まず彼が着手したのは、コスト構造を変えることだった。各工程のコストを把握できなければ、無駄をあぶり出すことは不可能で、何を整理・統合すればよいかさえわからないからだ。
「加えて必要なのは、データをもとに荷物量を予測し、最適化することでした。顧客情報と荷物情報、運ぶためのリソースをリンクさせることで、無駄のないシステムを構築しなければならないと思いました。現在は、ようやくコスト構造変革と基盤整備のマイルストーンが見えてきたところです」
つまり地ならしは終わり、CX向上のための環境が整ったというわけだ。
顧客体験の向上のためにCDPができること
中林が想定しているのは、“ものが届くのではなく、目の前に欲しいものが現れる”体験なのだという。その夢の段階では、CDPのようなツールが必要になるのではないだろうか。
「確かに顧客の購入に至るまでのカスタマージャーニーを把握するために最適なのはCDPを使用することです。個人情報はユーザーの所有物であり、センシティブな問題なので手順を踏んでユーザーの許可を取っての運用となりますが、データ活用範囲をきめ細かく管理し、いつでもユーザーのタイミングでオプトアウトできる機能を実装することで、ユーザーを不安にさせずに運用することが可能です」(若原)
具体的な事例では、自動車メーカーの販売店の例があるという。
「車の購入の仕方も、ディーラーに何度も足を運んでいた状況から、情報収集はオンラインで済ませ、試乗と最後にハンコを押すときだけディーラーを訪問するという状況に大きくデジタルシフトしてきました。ディーラー以外で何をどこまで見聞きしているかわからない顧客への接客は、ディーラーにとってさまざまな困難を生んでいたと思われます」(若原)
そのボタンのかけ違いを、CDPによるカスタマージャーニーの把握で解決できたのだと若原は言う。
「ディーラーからは直接見えないオンラインでのさまざまな顧客行動を、データで把握し統合して可視化、個々の顧客の購買見込みを予測できる仕組みを構築することで、購買見込みの高低に応じた接客最適化が可能になり、成約率の大きな向上につながりました」
中林もまた、自身が思い描く世界では行動データが重要だと考えている。きちんとした情報さえ手に入るのなら、住所さえスタティックである必要はないというのが彼の主張だ。
「人は常に動いています。家にいるだけではなく、昼は職場に出かけ、休日は別荘で過ごすかもしれません。そんなときでもユーザーの目の前に欲しいもの、“宅急便”を出現させたいのです。住所も流動的になる世界、データドリブンを進めれば可能なはずです。そうして生まれる新たな体験の提供、それこそが私たちが目指している未来なのです」
さらに中林は顧客に対してだけでなく、物品の調達に関しても考えがあるという。
「コモディティ化している物はわざわざ遠くから運ばなくてもどこにでもあります。例えば、ミネラルウォーターなどは、近くから運べばコスト効率は当然よくなります。そして在庫を効率化し、データから需要予測を可能にすることができれば、そのための人員配置も当然変わってきます。」(中林)
「確かに前日の在庫データと出庫データ、個人データを組み合わせることによって、CDPは需要予測が可能です。そこに季節や天候などの条件も追加すれば、さらに精度を高めることもできるでしょう」(若原)
DXのためのDXではない、確実に新たな顧客体験を生み、利益につなげることが、トレジャーデータがCDPを中心に据えて描いているDX後の世界だ。そこには今後も起こり得る変化に柔軟に対応できるシステムがあり、顧客体験を細部まで理解することで、顧客エンゲージメントとブランドロイヤリティを高めることが可能だ。さらに一人ひとりのユーザーに対して、最適なタイミング、チャネル、コンテンツでコミュニケーションをとることが可能だ。そこから新たなビジネスが産声を上げる可能性さえある。
「最初はコスト削減のための導入でも、CDPは十分効果的です。しかしその先には、描き切れないほどの無限の可能性が広がっているのです」(若原)
若原 強(わかはら・つよし)◎トレジャーデータエバンジェリスト。東京大学工学部、同大学院工学系研究科修了後、SIerなどを経て19年入社。コンサルタント事業も複業として営む、パラレルワーカーでもある。
中林紀彦(なかばやし・のりひこ)◎ヤマトホールディングス執行役員 データ戦略担当。日本アイ・ビー・エム、SOMPOホールディングスにてデータサイエンティストとして従事。筑波大学大学院の客員准教授。