モンブランのブランドキャンペーンテーマ「What Moves you, Makes You」をキーワードに、ふたりを突き動かす情熱の源泉を語り合った。
スクリプカリウ落合安奈(以下、落合):私は東京芸術大学の絵画科出身で、校舎が上野にあるので、上野駅構内にあるスープストックトーキョーにはよく足を運びました。今日は、その創業者の遠山さんにお会いできるというので、とても楽しみにして来ました。
作品の展示前になると、飲食店に入る気力さえなくなるのですが、不思議とスープストックトーキョーだけは入ることができました。お店の雰囲気も店員さんの対応もあたたかく、何より食事がやさしくて。自分のつくり上げたものを届けるのって本当に難しいなと、アーティストをやっていて感じるのですが、しっかりコンセプトが伝わってくることから、コンテクストも気になっていたんです。
遠山正道(以下、遠山):まずはいま、「食事」と言っていただいたことに感謝を申し上げたい。当たり前のことですが、刻んで、炒めて、丹精込めて調理しているので、うれしいですね。
きっかけは、25年前、商社勤務時代に33歳で開いた絵の個展でした。当時は経済が主役で、大きな組織の中に個人の夢が入り込む余地はほとんどなかった時代。その潮流のなかで企てた、はじめての意思表示であり、はじめての自己責任。
それが想像以上に心地よかったのです。その体験が、自分たちでつくり、自分たちで手渡す「スープストックトーキョー」というビジネスへつながっていきました。スープに彩りがあるから、スープ以外に余計な色は使わない。だから、ロゴは黒。自作です(笑)。
「自分ごと」として事を起こせば、全体最適につながる
遠山:スマイルズではビジネスを「自分ごと」として捉えるという表現をよく使います。自分ごとって、他者を疎かにするという意味ではもちろんないんですよ。飲食店をやっていると、どんなに大変でも、お客さまの「ありがとう」があればそれだけで疲れが吹っ飛ぶ。とにかくお客さまとの関係が大事なわけでね。
なぜ、あえて「自分ごと」と言うのかというと、たとえば街並みであれば、一人ひとりが「自分の庭先」を整えることで全体が美しくなる。それと同じように、自分で考えて、納得して、自分たちから発するという責任を持って世の中に提示するというのが、健全にビジネスを進めていくコツだと思うからです。
近ごろは、「社会的私欲=Social Self Interest」などと表現しています。自分の欲望に嘘をつかずにやっていけば、他者のためにもなっていく。ひとつのことをぐーっと掘り下げていくと、あるとき全体最適につながる。禅でいうところの「個即全体・全体個即」ですね。その行き来によって世の中がよくなるのではないかと。
落合さんは、アーティストとして自分を掘り下げていく存在ですよね。問題意識を背景にしながら、自分の疑問などを掘り下げていくと、あるとき全体にぱっと通じる瞬間がある。それが作品に立ち現れたときに素晴らしいものができるんじゃないかな、という気がしています。
落合:これまで模索してきたことを、言語化していただいたかのような気分です。
私はルーマニア人の父と日本人の母のもとに生まれ、小さいころから無意識の差別や偏見が身近なものとしてありました。心の叫びを言葉ではうまく伝えられず、いつしか「絵」が自分と世界をつなぐ言語となっていました。
大学に入った当初は、ミックスルーツと現代社会の関係を課題意識にもつ作品をつくっていました。けれど、同じ背景をもたない人からはそもそも社会的な課題として認知されていないことが多く、発展的な議論の機会や理解が得られず、多くの人と共有できる抽象的なテーマにずらしていったんです。
あるとき作品を見て、空虚だなと感じて。「このままだと自分は作品がつくれなくなる。誰に何と言われようと、自分自身のルーツと一度正面から向き合おう」と、十数年ぶりにルーマニアを訪ねました。そして日本とルーマニアを行き来する過程で、ふたつの祖国に根を下ろす決心をし、日本での生きずらさにつながるため小学校以降伏せていた「スクリプカリウ」という名字も自分の一部として受け入れられるようになりました。
遠山:「自分ごと」になったのですね。
落合:そうですね。その後、「祖国に根を下ろす」とは何かを探るためにフィールドワークを重ね、着目したのが、土地の文化や哲学が凝縮された、祭りや風習、目に見えない祈りなどでした。
それを紐解いていくうちに「土地と人の結びつき」というテーマが生まれ、国内外各地を巡るように。そこでの気づきをもとに差別や偏見、摩擦、そして国境を越えて物事が触れ合う瞬間をかたちにすることで、私なりのメッセージを送っています。
遠山:掘り進めるべき穴がわかっている、うっすらとでも向かう先が見えている、というのはアーティストとして強いよね。だからなのか、落合さんの作品には削ぎ落とされた美というのかな、鑑賞者がすーっと入り込みたくなるような世界観がある。
作品がすべてだが、作品以外のすべても大事
遠山:3年前から私は、アーティストと世界をつなぐプラットフォームづくりを始めました。日常のふとした場所に、小さくてユニークなミュージアムを設えてアートを滲ませる「The Chain Museum(ザ・チェーンミュージアム)」と、アーティストが世界と直につながることができるプラットフォームであるアプリ「ArtSticker(アートスティッカー)」です。
今後、ビジネスの世界は、個人の時代、プロジェクト化の時代になっていきますので、自分の発意を起点とするアートに学ぶことが多くなります。一方、アートの世界も民主化をより進めるためには、ビジネスという視点が大切な要素になる。
これらの架け橋となるのがプラットフォームの役割です。ArtStickerでは少額からの支援ができますが、支援というよりアーティストとの共同作業。若い方は勢いがあるので、パワーや才能を「おすそ分け」していただき、我々にできることをしていく、という感じですね。
落合:自分で打ち出していかないと、本当に何も起こらない。作品をより多くの人々に届けるためにはアーティスト自らが発信するという努力が必要だと痛感しています。
遠山:とりわけ現代アートはコンセプト重視で、制作に重点を置きがちだけど、鑑賞者との交流を増やすなど、もっと表に出てきてほしいなと思うんですよね。アーティストには、知性も存在感も含めて憧れの存在であってほしい。それをバックアップするための仕組みを整えていくので、落合さんにもご登場いただけるとうれしいです。
落合:よろしくお願いします。さまざまなアーティストの作品が、より多くの人の目に止まることで、アートの可能性が広がり、それは世界を豊かにすることにつながると思っていますので、このようなプラットフォームがあることはとても心強いですね。
足元を識る、足元を見つめる
遠山:コロナ禍により、人々はその場にいるという状況を余儀なくされたわけですが、落合さんはどんな気づきを得られましたか?
落合:家の近くに森を見つけ、かなりの頻度で通うようになりました。春の道は数メートルごとに違う匂いがすることや、季節によって森の音の主役が変わること、そして鳥にタネを運んでもらいたくて赤い実をつけ群生する植物がいることなど、森の秩序からたくさんの伝言を受け取りました。
閉じていたセンサーがもう一度開き、遠い昔に置き忘れてきたものを取り戻せたような感覚も得られました。
一方、NYから世界へ広がったBlack Lives Matterのデモについては、私自身、差別や偏見という問題に向き合い続けてきたつもりでしたが、歴史的背景の多くを知らずにいたことに大きなショックを受けました。また、目に見えない恐怖によって、差別や、貧富の差による問題など、壁を形成する動きや分断を招くものが、これまで以上に目に見える形で現れているように感じます。
知らないままというのは、その状態の維持に加担することなってしまうこともある。様々な問題は、表層だけを見ていては正しい答えに行き着くことはできない。そう感じて、歴史の資料を集めた巻尺のような年表をつくり、気になる出来事があったら、その根本となる出来事を数百年遡って調べられるようにしています。
現在との位置関係がわかると物質的に感じられるんですね。多くの人にとって、とても大事なことなんじゃないかと思います。
遠山:うーん、立派ですよね。自分の気づきを起点にものすごい熱意と労力を投じて掘り下げていく。まさにそこが、我々がアーティストに学ばなければならない点ですね。
私はね、普通の人間の営みのなかに幸せを感じるようになりました。昼ご飯をつくって、夜ご飯をつくって、家族で食べて。「あ、幸せは足元にあった」と。これまで仕事という大きな渦に巻き込まれていたけど、もう少し足元を見つめたほうがいいかなと。
昨年、北軽井沢にいい建築を取得してひとりで通っているのですが、これが、軽井沢駅からバスで40分、そこから徒歩30分。せっかくだから電気とか音楽もなるべくつけずに、寝袋と茶碗一個で暮らすという、なんとも不便で孤独な生活なんですね。
ずっと寝袋で寝ていたけど、一年悩んでようやく先々週ソファーベッドを買ってみたんです。座ったらすごく居心地がいい。朝食も、夜長の読書も俄然ソファで過ごしているんですが、気が付いたんです。それまでダイニングはベンチで、ソファには背もたれがあるって。この気付きを「背もたれの幸福」と呼んでいます(笑)。
要は、自分の感じ方次第でどこにでも幸せは有り得るということ。大切なのは、自分のリアリティに嘘をつかずに、自分の幸せを自分で設計していくことだと思います。
今回の体験をきっかけに、スマイルズは、社員一人ひとりが幸せな働き方や生き方を編み出し、その幸せを世の中に「おすそ分け」していける企業になりたいと考えています。
幸せの実感を再現するために、あたかも彫刻家が石の塊から自分の思い描く像を掘り出すように、手探りのなかで価値をデザインしていく。うまくいかないときも多いのですが、苦しみながらも自分を信じて、言葉や形を与えていく、その過程に「喜び」を感じますね。
落合:まさにおっしゃるとおりで、アーティストは、一分一秒、この瞬間も、寝ているときも、生きている時間すべてがアーティストなんです。全身をセンサーにして受け止めた感覚を、知識や考察によって肉付けし、作品として形にして世に送り出す、そういう活動を、心臓が止まるまでずっと続けていけたら幸せだと思います。
遠山:それは、なんて呼ぶかというと、Make Markっていうんですよね。
最後に、モンブランのブランドキャンペーンテーマ「What Moves you, Makes you (今ある)あなたを突き動かしたものは何ですか」をそれぞれ記してもらった。「今ある世界への好奇心と変化していける可能性を世界が持っているという希望」と落合氏、「幸せのリアライズ」と遠山氏。
モンブランのブランドキャンペーン「What Moves You, Makes You」
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とおやま・まさみち◎東京都出身。慶應義塾大学商学部卒業。スマイルズ代表。「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイブランド「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、「100本のスプーン」などを展開。2019年、クリエイティブ集団「PARTY」とともに「The Chain Museum」を設立し、街に開かれた小さくてユニークなミュージアムとアーティスト支援アプリ「ArtSticker」を提供。
すくりぷかりうおちあい・あな◎埼玉県出身。東京芸術大学油画専攻を首席、美術学部総代で卒業。同大学院修士課程グローバルアートプラクティクス専攻修了。同大学院博士後期課程美術専攻彫刻に在学中。日本とルーマニアの二つの祖国に根を下ろす方法の模索をきっかけに、「土地と人の結びつき」というテーマを持つ。国内外各地で土着の祭りや民間信仰などの文化人類学的なフィールドワークを重ね、インスタレーション、写真、映像、絵画などマルチメディアな作品を制作。2021年2月7日(日)まで、埼玉県立近代美術館にて個展「Blessing beyond the borders-越境する祝福-」開催中。
【WHAT MOVES YOU, MAKES YOU】
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