順調に成長を続け、2016年から2019年の3年間で業績は4倍と、目覚ましい成長を遂げてきた。2020年も新型コロナウイルスの経済打撃により、多くの企業が「守り」に入るなか、果敢に攻め続けている。
その会社の名は、キュービック。
ヒトの心の奥底にある“インサイト”を捉え、クライアントとユーザーを繋げるデジタルメディアを企画・制作・運営するデジタルマーケティングを強みとする企業だ。インターンとして働く学生に積極的に事業を任せるなど、次世代を担う若者のキャリア形成においても積極的だ。
そんな同社を3つのキーワードを軸に今回、紹介させていただきたい。
コアバリュー「ヒト・ファースト」、組織編成における攻めの一手「抜擢人事」、そして「事業の多角化」......代表取締役の世一英仁(よいち・ひでひと)にキュービックの現在地と、見据える組織改革、変革の展望を訊いた。
CDO、外部CTO、VPoEの加入。そして15期目、CI・VIを刷新
15期を迎えたキュービックはベンチャー企業として成熟。事業も安定的に収益を生み、新たなリーダーも続々と台頭。主軸のメディア事業では責任者の抜擢が続き、戦略からメンバーが関わることで既存事業も厚みを増してきている。
また、2018年に社外CTO、2019年にCDO、2020年にVPoEと、新たな役員が加入。
キュービックのマーケティング手法の特徴であるデザインシンキングをCDOが強化し、課題のあったデータ分析や技術力をCTO、VPoEがカバー。新たな経営層が確かな技術を伝え、社員が現場で実践する好循環が生まれている。
次なるステージを迎えたキュービックだが、2020年9月にCI(コーポレート・アイデンティティ)とVI(ビジュアル・アイデンティティ)を刷新した。新たなミッションは「インサイトに挑み、ヒトにたしかな前進を。」
「『インサイトに挑み』は価値を提供する手段、『ヒトにたしかな前進を』は目的。ヒトが抱えている真のインサイトを捉えたアプローチ方法で、縁あってキュービックに関わってくれたユーザーが『人生が前進した』と思ってもらえる事業をつくれたらと思うんです」
CIは、キュービックが創業当初から大事にしているコアバリュー「ヒト・ファースト」に基づいている。
「ヒト・ファーストとは、どんな価値を生む際にも表層的な情報だけでなく深層のインサイトにアプローチするという、我々が大切にしている姿勢を表すものです。ヒトに『優しくする』という意味ではなく、ユーザー、クライアント、メンバーのことをその人以上に考え抜き、根気強く向き合うということでもあります。事業面でも組織面でも、『ヒト』に本当の意味で向き合う姿勢が、キュービックの原点です」
しかし、インサイトを捉えるコミュニケーションを社員1人ひとりが徹底し、会社の文化とするのは一筋縄ではいかない。
「どのように浸透させるのか?」と尋ねると世一は、『浸透させる』という考え方をそもそもしないんですよと笑って返した。
「会社の理念と個人の思想は相容れない部分も多い。たとえば朝会で経営理念やミッションを唱和させても、反発心が生まれるだけです。一方的なニュアンスを持つ『浸透』よりも、大切なのは『共感獲得』の姿勢。日々の仕事や対話によって、理念を自然と体感してもらう。そうすることで、メンバーそれぞれの腹に落ちていくものなのです」
2018年秋。創業して初めて、“会社に行きたくない”と思った
会社経営において、ハードシングスは何度も訪れる。
創業期のそれは新規事業が立ち行かなくなったり、古参の社員が去ったりと、センセーショナルであることが多い。
しかし企業規模が大きくなり、一見安泰に映る成長期のハードシングスは、静かに組織を蝕む。2018年秋口、キュービックも苦しめられた。
世一は当時について、「創業してはじめて“会社に行きたくない”と思いました」と吐露する。
「社員にどんなことを話しても伝わらない状態になってしまったのです。面と向かって反論されることはないけれど、『経営陣の決定に納得できていない人がいるようです』という声をあちらこちらで聞きました。事業は変わらず右肩上がりの成長を遂げていたのですが、組織の空気はそれはそれは重たくて」
オフィスの移転、クレドの刷新、コーポレートサイトのリニューアル、複数人のハイスキルプレイヤーの入社......会社の方向性が次々とアップデートされる中、その意図が伝わらなかったことが発端だったのではないかと当時を振り返る。
組織コンディションが不調な状態は半年以上も続き、ゆっくりと、確実に精神を追い詰められた世一。経営会議中に倒れ、病院で点滴を受けることもあった。心身ともに、絶望の淵にあったのだ。
それでも逃げずに、この事態と正面から向き合った。さまざまな立場のメンバーとあらゆる方法でコミュニケーションを繰り返し、互いの理解を深めようと努めた。
そして迎えた半年後の社員総会。「経営層が一枚岩に見えない」という声に対する一つの返答として、和歌山県にある日本最大の一枚岩に経営陣全員で登った映像を公開。社員たちの顔に、ようやく明るい笑みがこぼれた。
この変化について世一はこう語る。
「何よりもメンバーみんなの成熟が一番の要因です。『事業は成長している・クレドが分かりやすくなった・新しい人事制度は以前より一貫性がある』......冷静に実情を眺め、時間をかけて受けて止めてくれたみんなのおかげ。この危機は僕や経営陣が乗り越えたというより、みんなが乗り越えてくれたんです」
一方で、「もし問題が起こる前に時間を戻せるなら」と聞くと、世一は少し考え込み、こう答えた。
「丁寧にコミュニケーションをする、それに尽きます。当時は新しいクレドの発表をしても経緯の共有は不十分、コーポレートサイトの刷新も出来上がりを見せながら簡単にプロセスを紹介する程度でした。でももし当時に戻れるなら、取り組みの開始時に背景や意図をしっかり説明するのはもちろん、その過程にも多くのメンバーを積極的に巻き込み、質問が出れば膝を突き合わせて応じ、疑問を解消するでしょう。会社の規模が大きくなると社員との距離が開いてしまいます。だからこそ、より丁寧にコミュニケーションするでしょうね」
経済が打撃を受けても、攻めの準備はできる
新型コロナウイルスによる経済打撃は、多くの企業の姿勢を「守り」の方向へと導いた。事業拡大は見送り、採用や人事異動を控える......
しかしキュービックは攻めの手を緩めない。事業では勝算のある領域で確実に売上を残しながら、人事では未来を見据え挑戦をする。
新卒2年目のメンバーをマネージャーや経営企画室担当に、新卒3年目のメンバーを事業部長に抜擢。他にも、採用担当人事メンバーを新規事業開発担当にアサインするなど、組織編成を大きく変えたのだ。
「抜擢人事とは、成功する確率が5分5分、もしくはそれ以下のチャレンジングな配置です。人は座学ではなく、仕事で成長しますよね。社員に実力を超える機会を提供し、経営陣が全力でバックアップすることで、メンバーの飛躍を実現したいんです」
しかしなぜこの情勢下で怯まず、果敢に進むのか?
「短期的には積極的な事業投資をしづらい状況ですが、中長期では攻めの方針は変えていません。人材の成長に投資する1年だと決め、今後3〜4年の事業が大きく花開くような地盤をつくっているんです」
キュービックの発展が短期で終わらず、10数年にわたり続いているのは、中長期を見据えた、“攻めの種まき”の連続に他ならない。
自社プロダクト、新規事業、グループ会社化......キュービックの“大変革期”
インタビューの最後に、世一はキュービックの“未来”について、こう語ってくれた。
「キュービックの現在の主力事業は、情報の信頼性が命とも言える、デジタルメディア事業です。クライアントと数多のユーザーを結びつけてきたという強みを生かし、今後は自社プロダクトを開発し、よりユーザー、そしてクライアントと向き合う事業を展開するなど、新たな事業も考えています。
もちろん、デジタルメディアとは毛色が違う新規事業などの多角展開も見据えています。仮に自社にない専門技術が求められる事業を立ち上げるなら、経験のある他社の資本を入れることも見据えています。資本提携やジョイントベンチャーも積極的に検討しています」
実際に、同社は近年、エンタメ事業をスタートさせている。急速に人気を拡大しているSNSアニメ、『モモウメ』だ。2020年10月現在でYouTubeの登録者数40万人超えの人気チャンネルとなっている。
デジタルメディア事業とエンタメ事業。
似たカテゴリに見えるが、キーとなる職種がマーケターかクリエイターかという意味で、大きく異なる。メンバーのモチベーションを保ち、躍動してもらうためにも、評価制度やインセンティブ設計など、事業ごとにカスタマイズする必要がある。
そこで、世一は組織形態の変革を見据えている。具体的には事業の多角化に伴う持株会社制への移行と、分社化の推進だ。
「事業の性質に応じて、会社を分けた方が柔軟に制度設計ができるでしょう。現在の会社の仕組みが新しい芽を潰すことはあってはいけません。既存の仕組みにとらわれず、可能性が開花するフィールドを、メンバーたちに提供したいと思っています。
それに小さな組織の方が意思決定も早い。そこで生まれた価値がキュービックの主力事業にもいい影響を与える、そんな環境をつくりたいんです」
新規事業が別会社で進むということは、新たな責任者やメンバーが活躍するフィールドが増えるということ。抜擢人事は、その状況も見据えたもの。
キュービックは今まさに、大変革を迎えているのだ。
しかし、ヒト・ファーストのあり方は変わらない。新規で事業を作る際にこそ、インサイトにアクセスすることが重要であり、それを普段から基本行動としている会社の強みが生きるのだ。
ヒトと真摯に向き合い続けること、その愚直で本質的な姿勢は、これからも飛躍的な発展をもたらすに違いない。