スタイリストファーストこそが美容業界を発展させる。常識外れの発想で巨大FCチェーンとなった「Agu.」グループ。同グループを率いるAB&Company代表取締役社長・市瀬一浩に成長の軌跡、さらには未来像を聞いた。
経営者ファーストからスタイリストファーストへの転換「長時間労働、低賃金、離職、この3つが全国の美容サロンが長年抱えていた共通課題でした。自分も美容師として働いていて、このままでは未来が見えないと思い、もう一度スタイリストファーストで美容サロンというものを再構築できないかと、池袋にAgu.の前身となる業務委託サロンを立ち上げました」
誰もやらないなら、自分がやる。Agu.グループを運営するAB&Company代表取締役社長・市瀬一浩は、スタイリストサイドから問題を見極め、その一歩を踏み出した。グループ設立前夜、2009年のことだった。
「技術があればどこでも働けて起業もできるという、独立意識が強いのが美容師。自由な文化に見えるようで、現実は労働力を搾取され、疲弊して未来が見えず、離職率が高いという現実があります。そのためにサロン自体がスケールしていかない、これでは産業として成立しません」
華やかな青山・表参道の有名店で勤務していたころから、市瀬は同僚に一刻も早く“ハサミを置きたい”タイプのスタイリストとして知られていたという。つまり現場から経営へ、彼の視線は当時から美容業界の大きな変革を夢見ていたのだ。
そうしてたどり着いたのが、スタイリストファーストというAgu.を象徴するフィロソフィーだった。だが東京・池袋にオープンした1号店がとった戦略は、従来の1/3という価格設定。それではスタイリストたちは非常に忙しくなってしまうが……。
「従来の価格帯では、ひと月の新規顧客が20人に満たないということもザラです。これではスタイリストの経験値が積み上がるのに、長い時間がかかってしまう。スキルも磨かれない。スタイリストファーストを標榜して彼らのキャリアパスを描こうとするなら、価格を下げて新規顧客を圧倒的に増やさなければならなかったのです。経験なくしてスキルは身につかない。だからこその価格設定です」
その戦略は功を奏し、池袋東口1号店は3カ月で軌道に乗り、1カ月2000人近くの来客を実現した。業務委託スタイリストは常に14~15人。毎月通うことのできる魅力的な価格は、顧客のリピート率アップにもつながっていった。次にブーストがかかったのは渋谷店。周囲の店舗のカリスマ美容師たちが休日を有効活用するために、Agu.で働き始めたのだ。その現象は美容業界にAgu.の名を大きくとどろかせることになる。
試行錯誤の末たどりついた、自分たちなりのフランチャイズ「Agu.としてスタートして、たくさんの仲間が集まってきて、ともに未来をつくっていこうと思ったとき、いちばん力を入れたのは、コミュニケーションでした。しかし独立願望が強いのが美容師。ともに仕事や食事をしながら、“明日やめるかもしれない人間と未来を語っている”という意識がありました。それが心底苦痛で……。それこそメンタルをやられそうなほど。でもその時間があったからこそ、お互いを知ることができたので、いまとなれば大きな意味があったと思います」
そうした試行錯誤のなかで、市瀬が仲間とともに未来を築いていくために最適な方法としてたどり着いた答えが、自分たちなりのフランチャイズだった。市瀬が目指す20年後の未来を共有し、それぞれがお互いの幸せのためにともに歩む。
独立から10年、その歩みは、現在の22人のFCオーナーへと広がり、さらに新しい世代へと想いは伝播している。何よりも人を大切にするというフィロソフィーは、果たして確実に若い世代に伝わっているのだろうか。
「世代間の隔絶に課題はあります。経営側の思惑を、若い世代がそう簡単には理解してくれませんからね。そのための施策は、経営側の仕事を若い世代に体験してもらうこと。それによって立場による見方の違いを体験してもらうようにしています」
またAgu.は、新卒スタイリスト志望者に対してスピーディーな教育体制を備えていることで知られるが、スタイリストへのサポートは、それだけにとどまらない。
「現在1900人在籍しているスタイリストを多方面からサポートするために、独自のシステムをつくっています。なるべく彼らの手間を軽減するために、積極的にシステムを活用することは重要です。構築中のシステムは来年にはローンチ予定です」
そしてまだ内容は公開できないが、さらなる施策も控えている。
「髪の毛を切る以外にもできることがあるということ。1000店舗達成する過程では、スタイリストの数は5000人にもなるのです。1000拠点のスペース、5000人のスタイリスト、さらにそれ以外にも多くのスタッフがいて、できること。それは髪の毛 を切ることだけではないはずです」
30年先の需要を見越して、美容サロンの概念自体を変える。その未来は市瀬にははっきりと見えているようだ。
日本の美容チェーンとして北米進出、スケールを成功に導くシナリオ国内では1000店舗達成に向けて快進撃を続けるAgu.だが、年末には北米1000店舗達成を掲げ、ニューヨークに1号店が誕生する。果たして市瀬はどこに勝算を見出しているのか。
「実は北米に関しては、日本国内と根幹では大きな違いはないと思っています。なぜなら独立願望、成功願望、承認欲求に国境はないから。スタイリスト、顧客、経営者の三者が喜ぶAgu.のシステムは、日本人だからという限定的なものではありません。ただ日本のやり方をそのままもち込むつもりもないのです。まずはローカルの美容チェーンのひとつとして、徹底的にローカライズした状態で、既存の圧倒的な数の美容室と戦うつもりです。将来的にはすべて現地の人で回る仕組みをつくりたいと思っています。これまでも日本のチェーンは進出していますが、ブランディングや福利厚生的な意味合いが強く、スケールさせようとするものではありませんでした。しかしAgu.は最初から北米に1000店舗出店するために、フラッグシップとなるニューヨーク店をオープンさせます。最初から拡大が前提なのです。もちろんスタイリストファーストは変わりません。スケールすることで、たくさんの働き手の幸せ、よりよい雇用が生まれます。日本だけでなく、アメリカでもそれを実現する。そこに勝機を見いだしています」
市瀬は美容サロンの枠を超えてスケールすることと同時に、国境を超えてスケールするというふたつの成長モデルを描いたのだ。
「見ているのは30年先の未来。そのためにまずは2024年までに国内1000店舗達成を目指します。日本で可能なものは北米でも可能と考えているので、やはり1000店舗を目指します。たくさんの困難が待ち受けていると思いますが、困難は乗り越えるものと考える人ばかりがAgu.には揃っているので、きっと成功します」
市瀬一浩◎AB&Company代表取締役社長。1981年生まれ、茨城県出身。東京・表参道の有名サロンに5年間勤務した後、独立。池袋に業務委託サロンを立ち上げ、以来10年で全国400店舗を展開。2019年末に北米1号店をニューヨークにオープン予定。
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