独特なフォルム。予測不能な動き。漠然とした嫌悪感を感じる人もいれば、かつては昆虫収集が趣味、いまだにワクワクする対象、と答える人もいるだろう。
この「昆虫」が、今、食の産業全体において重要な役割を担いつつあることを、ご存知だろうか。そのキーとなる技術を擁するのが、株式会社ムスカだ。2016年の創業、イエバエを利用した肥料・飼料の生産プラントを手がける昆虫テック企業。創業前の研究期間は非常に長い。
同社の技術を使うことによって、通常は肥料化の難しい生ゴミや糞尿の肥料化を、1週間程度で処理できるようになるのだ。さらに、肥料化するために活躍した幼虫を乾燥させることで、動物性タンパク質の飼料にする。
人口減少が続く日本にいては気づかないが、今、世界は爆発的な人口増加によって想像以上の食糧危機問題が発生している。それを解決できるのがムスカの技術なのだ。
「ハエが、世界を救うだなんて冗談だろ」
と思う方こそ読んで欲しい。信じられないような未来を信じて入社してくるのは、大手商社にて豊富な実務経験と皆が羨むキャリアを歩んできていた人間、名だたる外資系金融機関で実績を持つエリートなど、歴戦の猛者ばかり。
農業・食流通業界といった、古く閉鎖的で、自由な参入やイノベーションが起こりにくい業界で彼らは本気で日本の、いや世界の産業構造を変革しようとしているのだ。
昆虫を産業資源として定義する
「今年を昆虫産業元年にしたい」
屈託のない、笑顔でそう語るのは、同社代表取締役CEOの流郷(りゅうごう)綾乃だ(肩書きは取材当時)。
1990年生まれの29歳。さまざまな企業で広報業務・人材教育を担当してきたPRのプロだ。ムスカに入社してからは、同社事業を成長させる、先導役として活躍している。
昆虫産業元年の意味とは何か。
「これまで存在した別々の産業が、昆虫によって一つに繋がる年になる、ということです」
一見穏やかだが、瞳の奥に確かな力強さを感じるこの人物は、同社取締役COOの安藤 正英(肩書きは取材当時)。安藤は大手商社にて長年、エネルギーや石油のトレード、ファイナンスなどの実務を経験。ムスカの社会性と事業性に共感し、当初サポートするという位置付けから、いつの間にかフルタイムでCOOとして参画することになる。ムスカの事業の大黒柱のような存在へ。
ムスカ COO 安藤正英(肩書きは取材当時)
これまで昆虫は、産業における“資源”として見なされていなかった。
「今まで資源としてあまり活用されていなかった昆虫という資源。それを活用することによって、今まで廃棄物として扱われていたものが資源に変わる。それは、もはやゴミ自体が資源にもなりうるということ。」(流郷)
「ゴミ・飼料・肥料・それぞれ分断されていたサプライチェーンを繋いでいく存在になるムスカシステム、そのかなめとなる昆虫を軸として、ゆっくりと大きく社会構造や産業構造そのものを変えようとしている」(安藤)
このダイナミックな変化の始まりを、同社では「昆虫産業元年」と呼ぶ。
“古き”を知る経験豊富な人材が、産業の創造には必要
2018年にムスカがスタートアップのコンペ「Startup Battle」で優勝してからしばらく、流郷は、ある壁にぶつかっていた。
広報のプロとして、事業を認知させるということに関しては、メディアにも取り上げられ、うまくいき始めていたが、すでに存在する業界のステークホルダーと事業を進める為に必要な交渉力、経験値が何もかも不足していたのだ。
「ムスカがあることによって社会が大きく変わる、ということをインフラやサプライチェーンの仕組みから理解し、実務経験を元に考えられる人が必要だったのです」(流郷)
代表取締役CEO 流郷 綾乃(肩書きは取材当時)
限界を感じていたタイミングで現れたのが、安藤だった。
「ムスカにとってなくてはならない存在です。やっと事業が現実のものとなってきた」(流郷)
安藤がチームに入ったことで、課題も明確になってきたという。
ムスカがいる業界は、過去に定められたルールが今も運用されている世界。
そこでやっていく上で必要なのは、ITスタートアップで求められるスピードとガッツだけではなく、豊富な実務経験に基づいた思考力と構築力と提案力。安藤にはそれが揃っていた。
「結構事業の話を掘り下げて採用面接しているのですが、安藤から学びたいという理由で入社を決めた人間もいるくらいです。」(流郷)
そんな安藤は、「自分の力だけでは実現できない」と謙遜して語る。
「例えば、流郷と私はいいコンビだと思います。同じことを言っていても伝わり方は変わりますから。様々な業界の人たちと折衝する場合、コンビネーションにもバリエーションが必要です。チームワークはものすごく大事だと思っています。」(安藤)
自分たちの技術を単純に相手に示しただけでは、既存の業界には、受け入れられない。必要なのは、多様なステークホルダーと関係性を築けるチーム力だと、安藤は話す。
「自分で自分をクビにできるか」それがムスカを強くする文化
そもそも商社での順風満帆なキャリアだった安藤は、なぜ、スタートアップのムスカに転職したのだろうか。3つ理由があると。
「まずそもそも、商社を辞めた後に文科省のプロジェクトに参画しているのですけど・・・その参画理由と実は繋がります。1つ目は、ここ数年、社会的なインパクトと事業性とが、しっかり両立する事業に携わりたいと思っていたこと。2つ目は、目的にフォーカスした組織で仕事がしたかったこと。商社では、目の前の仕事はあるものの、会社全体では『世の中のため』というざっくりとした目標でした。そこが明確に見える、という意味で自分にはスタートアップが合っていると思いました。そして、一番刺さったのが3つ目、ムスカの考え方やカルチャーです」(安藤)
安藤の心に刺さったムスカのカルチャーとは何か。
それは、「主語が自分でなく、事業」という考え方だ。
ムスカで共に働く仲間には、このカルチャーへの真の共感が必要不可欠だと、流郷は語る。
「年齢を重ねるほど、地位や物事に固執する人や年功序列という考え方を持っている人。そういう方は正直、ウチでやっていくのが難しいかもしれません。なぜなら私たちにとって給与=経験への対価ではなく、事業への貢献に対する対価と考えているからです。
私たちは、一つのことにこだわり続けるよりも、『この事業にどう貢献するか』について考えることを重要視しています。私が代表を務めているのも、いまこの瞬間の事業フェーズにおいて適切だからそうなっているだけ。私ではない方が適任になるときこそ、次のステージへ立てた所以にもなると思っています。そうなった時に、ポジションを捨てられる人間かどうかが大切です。極端な話をいうと、適任が見つかれば、私はいつでも代表を降りる覚悟があります」(流郷)
ゼロから何かを生み出す際、常識の範囲内で物事を進めようとすると、結果的に常識以下のものしか出来上がらない、ということが間々ある。
この2人が型破りの事業を成長させられているのは、常識を疑い、変化を恐れず突き進むという、ムスカのカルチャーを体現した存在だからだろう。
自分は会社のつくる一つの細胞。ムスカという“人格”をいかに作るか
「これからの事業フェーズでは、事業をつくると同時に、組織をつくっていかなければならない」と流郷が語るように、同社はいま、一つの岐路に立っている。
昆虫産業元年として事業を加速させていくためにも、経験が豊富で自分自身で考えられる人材の採用は急務だ。一方で、ほかの会社にはない充実感が得られる環境だからこそ、「忘れてはならないことがある」と流郷は話す。
「私たちの事業というのは、食のインフラに否応無しに関わるものなので、その影響範囲は広大です。インフラを止めるということはどういうことなのか。ここまで言って何が言いたいかわからない人とは働きたくないですね。世の中の変化に合わせて、人も会社も柔軟に変わっていく。会社は法人格、生き物として捉え、この法人格の人格形成に必要な環境を一緒につくっていきたいですね。」(流郷)
最後に、安藤に今後の展望について訊いてみた。
「願いは、自己成長できる組織にすることです。プロスポーツチームのように、個々がベストの方法を考え抜き、スキルを結集させ、社会によりインパクトを残せるような組織が理想です。役職員一人ひとりがひとつの細胞として動き、ムスカという人格をかたち作る。そしてまたその細胞たちが、時代の変化に合わせて、新しい人格を作り上げる。そうした組織をつくるのが私の目標です」
昆虫産業はまさに夜明け前。変化を恐れない2人の変革力によって、世界の産業細胞が少しずつ組み替わってきている。
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