ラーメン、焼きそば、ピザにハンバーガーを食べ続けて健康になる─日本のフードテック企業が、そんな未来を創ろうとしている。世界を変えるスタートアップを応援するアメリカン・エキスプレスが今、最も注目しているベースフード社だ。
世界77億人を健康にするという目標を掲げ、アメリカに進出したベースフード。日本から世界を変えるような企業が生まれてほしいと願うアメリカン・エキスプレスが注目するスタートアップの一つで、この9月にアメリカでの事業展開に着手し、世界に向けて一歩を踏み出した。
8月28日、米シリコンバレーで行われたベースフードのメディア説明会には、40人以上の記者が集まり多くの質問が飛び交った。約30種の栄養素が入った「Base Noodles(ベースヌードル)」。おそらく世界で初めて開発された完全栄養の麺に、健康志向の強いアメリカ人記者たちは大いに関心を抱いたようだ。
「完全栄養の主食を思いついた瞬間から、この商品で世界に打って出るというパッションがありました」
2016年にベースフードを起業した橋本舜代表取締役社長(31)はこう語る。アメリカでベースヌードルの現地生産とオンライン通販をスタートさせ、同時にベースヌードルを使ったラーメンの期間限定販売を開始。フードテックの中心地であり、空前のラーメンブームに沸くシリコンバレーにおいて、“完全食ラーメン”は、さっそく話題をさらっている。
紀元前からの手つかずの分野に挑む!「世界の主食って、昔からまったく変わっていないんです。麺が生まれたのはおよそ5000年前、パンは8000年前といわれますが、いまだに主食であり続けています。つまり、紀元前から変化していないジャンルなんです。これはイノベーションできる、と思いました。成功したら、紀元前以来の歴史を変えることになるわけです。僕たちが起業した2016年が、世界初の完全栄養の主食が誕生した年として、教科書に載る可能性だってある。そう意気込んで、開発に取り組みました」(橋本社長)
起業からわずか3年で海外での事業展開を実現したベースフード。そもそも完全栄養食を事業化したのは、普通に食べて健康になるというシンプルな課題を解決するためだった。
起業以前は、IT大手のDeNAで新規事業に携わっていたという橋本社長は、食についての専門家ではない。当時、住んでいたシェアハウスのキッチンで、スーパーで買い込んできた食材を細かく砕いて、練り込んで、麺を打つ。そんな手作り感にあふれたスタートだった。
作っては試食する開発の合間を縫って、プロの話も聞いて歩いた。製麺会社、製粉会社、あるいは栄養学の研究者や料理人。関連知識を蓄え、再編集してアウトプットすることを繰り返した。
ベースヌードルの製造を最初に引き受けてくれたのは、アレルギーのある子ども向けの麺を作るなど、開発マインドを感じさせる会社だった。
「岐阜県にあるその製麺所を初めて訪れたときは、ものすごく怪しまれました(笑)。『東京から君のような若者が訪ねてきたのは初めてだ』って。でも、製麺一筋の方々ですから話が弾み、『食べれば食べるほど健康になる麺』という発想はなかったと、面白がってくれました」
試行錯誤の結果、1年経たずして商品は完成した。アマゾンで販売したところ(現在は自社サイトでのみ販売)、注文が殺到。飲料水を含む食品全体の売れ筋ランキングで、なんと1位になった。
「こういうものを多くの人が求めていた、とわかりました」と橋本社長。おいしいけれど作るのが面倒、簡単だけれど不健康、身体にいいけれどおいしくない。世の中に食品はあふれているが、この矛盾を解消してくれる商品はなかったのだ。
共働き世帯が多い日本で、毎食手間をかけて料理を作り、一汁三菜を準備するのは容易ではない。その点、ベースフードが開発した麺とパンは、1食分で1日に必要な栄養素の3分の1がとれる優れものだ。麺とパン合わせて、2019年5月までに累計50万食を販売した。
小麦全粒粉に昆布やチアシードをブレンドしたベースブレッドは、2個で1食分。ベースヌードルは茹で時間3分、麺つゆにもトマトソースにも合うやさしい味わいが魅力。常温保存可能で賞味期限は約1カ月。いずれも1食390円(税込み)。「忙しいと、どうしても栄養のバランスが偏りがちになる。私にも経験があります。コンビニ弁当やカレー、ラーメンのローテーションで、健康診断の数値が悪化していました。時間の余裕はないけれど、やっぱり身体にいいものを食べたい。そういうニーズが強いから売れたのです」
主食だけで栄養を摂取できれば、健康はもっと簡単になる。世界中で食べられている主食にイノベーションを起こせば、全世界の人々が当たり前に健康を享受できるようになる。それが、橋本が描く未来だ。
DeNA会長の言葉に支えられてそれまで世の中になかったものづくりには、首を傾げ怪しむ者もいる。一方で、興味を持ち、応援してくれる人も必ず現れる。製麺所は後者だが、それだけではない。ベンチャーキャピタルも意外なほど関心を示し、しかも応援してくれるそうだ。
前職DeNAの創業者である南場智子会長も、応援団の一人だという。
「ベースヌードルも食べていただきましたし、食事もご一緒しました。いつも、すごく本質的なアドバイスをくれるんです。製造と文化という日本の強みを生かして海外展開する必要性を強調されるのですが、ベースフードがやろうとしているのはまさにそれです。南場さんご自身がいろいろな経験を積まれているので、アドバイスの深みが違いますね」
たった一人で始めた主食のイノベーションは、徐々に仲間を呼び、応援する人が増えた。多くのバッキング(支援)を受けながら、日本からアメリカへ、さらには世界へと、ベースフードが提供するベースライフは広がっていく。成長の第2フェーズは始まったばかりだ。
起業から事業規模の拡大、そして海外進出と、挑戦を続けるスタートアップ。アメリカン・エキスプレスは、そんな企業のさまざまな成長フェーズに合わせたバッキングを行っている。新たなことに挑戦する人が増えるほど、背後で支えてくれる存在の必要性が高まる。同社のバッキングは、スタートアップにとって強い支援となることだろう。
はしもと・しゅん◎1988年生まれ。東京大学卒業後、株式会社DeNAに入社。自動運転タクシー事業など新規事業を担当する。2016年4月、ベースフードを設立。「かんたん・おいしい・からだにいい」をかなえる完全栄養食品の開発を進める。19年9月、アメリカでの生産・販売を開始。
そう、ビジネスには、これがいる。アメリカン・エキスプレス