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2019.08.23

「聴覚障がいには、誰もが関係する新たな可能性がある」富士通UIデザイナーの挑戦 #30UNDER30

富士通UIデザイナー 本多達也

音の聞き取りが不自由な人たちの間で、新たなコミュニケーションが広まりつつある━━。

仕掛け人のひとりは、富士通のUIデザイナー、本多達也だ。本多は、髪の毛や耳たぶ、えり元などに着けると、振動と光によって音の特徴を身体で感じられる「Ontenna(オンテナ)」を開発。

「世界を変える30歳未満」として、日本を代表するビジョンや才能の持ち主を選出する名物企画30 UNDER 30 JAPAN 2019で、Forbes JAPANと、メルセデス・ベンツ日本による「ヒューマンセントリック賞」に輝いた。

昨今、安全とテクノロジー面に特に注力をしてるメルセデス・ベンツ日本が、本多の手がける事業とビジョンに共感をしたことで、今回の受賞に至った。

彼がOntennaを開発するまでに通ってきた、決して平坦ではない道のりと、これから目指す未来像を聞いた。


夏になると響き渡る蝉の声。季節を実感できるこの音は、生まれながらに聴覚障がいを持つ人にとっては未知なる体験だ。

本などを通じて蝉が「ミンミンミン」と鳴くことは知っているが、実際にはそれがどなようなものかはわからない。

そこで、聞き取ることはできなくても、振動によって音を「体感」することを可能にしたのが、本多達也が開発したOntennaだ。

Ontennaは、掌におさまる小さなサイズで、白くて角の丸い、愛らしい形の機器。髪の毛など体の一部や、襟元やそで口といった衣服に装着し、振動と光によって音の特徴を感じられる仕組みになっている。

ろう学校での実証実験で子どもたちに装着してもらった時の、彼らが初めて蝉の鳴き声を体感した時の表情が忘れられない、と本多は話す。

「ぱっと表情が明るくなって、本当に楽しそうな顔になったんです。他にも、声を発するのが苦手だったろう学校の生徒が、Ontennaを使って音を振動で感じ取ることができるようになって、積極的に発話するようになったこともありました」

Ontennaの開発・製造にかかった歳月は、7年。今年8月に遂にオンラインで販売を開始した。

2014年に経済産業省所管の独立行政法人・情報処理推進機構が主宰し、落合陽一も2010年にその名を連ねた「未踏スーパークリエータ」に本多が選出されたり、16年度グッドデザイン賞特別賞を受賞したりするなど、長らく注目を集め続けてきたデバイスがついに、普及され始めたのだ。


OntennaのWebサイトで採用されているのは、本多が実際に足を運んで出会ったろう学校の生徒たち。

本多がこの開発を始めたのは、大学3年生のとき。大学院に進んでからも研究を続け、製品化を目指すことを前提に富士通に入社した。

「世の中には、構想も設計の素晴らしいのに、研究室の中でとどまってしまっているアイデアがたくさんある。研究室で開発をすすめたのちに、大企業に舞台を移すことで製造・商品化が加速するモデルケースを示したかった」と本多は語る。

では、どのようにしてOntennaの開発は始まったのか。そのきっかけとなったのが、ある二人の人物との出会いだった。

大学一年生のときに、本多は大学の学園祭で、年配の聴覚障がい者と知り合った。彼に道を聞かれたことが、本多にとって始めての聴覚障がいを持つ人とのコミュニケーションだった。

携帯電話を使ったり、身振り手振りでなんとか道案内をした。すると、その人物はお礼を告げるとともに、本多に自分の名刺を差し出した。

彼は、聴覚障がい者を支援するNPO法人の会長だったのだ。

この出来事をきっかけに、本多は耳が聞こえない、音のない世界とは、どういうものなのだろうと興味を持った。そして、この会長との交流が始まった。

「彼が温泉好きだったので、週に1回、一緒に温泉に行くようになったんです。行動をともにしながら手話を教えてもらって、自分でも勉強するようになりました。手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPO法人の運営などを始めました」

本多の人生を変えたもう一人の人物は、大学のデザインコースの教授だ。

本多は、ふとしたきっかけで教授が手がけていた視覚障がい者向けのUI(ユーザーインターフェイス)を知ることになる。

この装置は、レーザーで対象との距離を測り、近づくと指が曲がるというもの。美術館の接触禁止の展示物に触ったり、他人の体など、いきなり触れてはいけないものを察知することを可能にした。

指が曲がるというシンプルなフィードバックなのに、視覚障がいを持つ人の行動がぐんと広がることに感銘を受けた本多は、教授の研究室の一員となった。

ただ、教授と同じ研究をしても意味がないという意地があった。

「僕にはずっとろう者の人たちと活動を続けてきた背景がありました。だから、自分がやるなら聴覚障がい者向けの製品開発プロジェクトだと決めていたんです」

こうして本多は、2012年、大学3年生でOntenna開発に向けた研究を開始する。

数カ月かけて、まずはプロトタイプ第一号として光の強弱で音情報を伝える仕組みの機器を制作した。


本多が大学生の時に手がけたプロトタイプ第一号

早速、“温泉仲間”でもあるNPO法人の会長に試してもらった。すると会長から、こんな指摘を受けた。

「耳が聞こえない分、普段から視覚情報に頼って暮らしている人にとっては、新たに視覚情報が加わると負担になってしまう」。

この意見をもとに改良した結果、現在のOntennaの原型となる、光に加えてバイブレーターによる振動で音を伝えるという設計が生まれたのだ。

次に浮上したのが、デバイスをどこに装着するのかという問題だった。腕や手につけると手話をしたり、家事をする際に邪魔になってしまう。直接肌に触れるタイプにすると、蒸れたりかぶれたりするのが心配だった。

会長は再び、こんなアドバイスをくれた。

「風が吹くと髪がなびいて、どこから風が吹いてきたか方向がわかるよね」。

確かに、髪の毛はとてもセンシティブで振動を感じ取りやすく、これまで挙がってきた懸念材料もすべて払拭してくれる。このようにして、ヘアピンのように髪の毛につける現在のデザインにたどり着いたのだ。

クリップの部分はどこにでもつけやすい構造なので、襟元や袖口など、個人の好みでつけたい場所に装着することもできる。

聴覚に障がいのある人と一緒に開発を続けてきたからこそ、より使いやすいデザインに近づけることができたと本多は言う。

「わからないことや、困ったことがあると、すぐに人に聞いたり相談したりするんです。たまに『もっと自分で考えたほうがいい』と指摘されることもあるんですけどね(笑)」

開発、製造に費やした7年間は、このような苦労や試行錯誤の連続だった。

その期間、本多のモチベーションとなっていたのが、実証実験でOntennaを使った人たちが見せる反応だった。

たとえば、聴覚に障がいを持つ子どもたちは、楽器から出る音の反響が聞き取れない。そのため、打楽器を叩くときにリズムを一定に保つことが難しい。

なかには、打楽器にまったく興味を持てない子もいる。しかし、Ontennaをつけると、振動を頼りにテンポが保てるようになったり、興味がなかった子が急に夢中になって打楽器をたたき始めたりし出したのである。



もしかすると、彼らの変化を目の当たりにすることが自分にとっての一番の喜びなのかもしれない、と本多は言う。

「彼らが新しい感覚を手に入れて感動している様子を見るのが、何よりも楽しかったし、嬉しかった。支援したいと思うよりも、むしろ研究に疲れた僕が癒されていたんです」

本多が人の反応を観察したり、分析したりする習慣をもつ原体験となったのは、子どもの頃に親の仕事の関係で転校を繰り返していたことだった。

中学生になるまでのあいだに、生まれ故郷の香川県内のあちこちに移り住み、東京や千葉への引越しも経験した。

住む地域や環境が変わるたびに本多が意識していたのが、新しいコミュニティになるべく早く溶けこむことだった。新参者の自分を受け入れてもらうには、人を喜ばせたり、笑わせたりするのが一番の近道。

それを、本多は肌で感じ取りながら学んできた。無意識のうちに人の些細や反応やインタラクションを見ることを身に付けたのだろう。

この夏、本多は全国のろう学校に、Ontennaの使い方を直接伝えに行く活動を始めた。

まずは先行導入した30校に足を運び、教育現場の課題に耳を傾けている。

それ以外も多くのろう学校が Ontennaの導入を希望している。本多は、なるべく多くの学校に足を運びたいと意気込む。

生徒たちの嬉しそうな反応だけでなく、ろう学校の先生たちからの「聴覚以外の障がいを持つ人にも使えそう」などのヒントをもらうことも、大きな刺激になっているという。

現状は、聴覚障がいを持つ人をメインにしたサービスを提供しているが、聴覚障がいの有無に関わらず、周囲の人の笑顔を原動力に歩んできた本多は、これからどのような新しいコミュケーションのあり方を提示してくれるのだろう━。

自身のことを、アイデアが内側からふつふつと湧き上がってくるような「アーティスト系」ではないと、前置きをした上で最後に今後の展望を語った。

「僕は人とのコミュニケーションのなかでひらめきを得てきました。だからこそ、これからも研究室の外に出てフィールドワークを大切にしていきたい。今後もOntennaを使って、あるいは新たな機器を開発して、他の障がいを持つ人たちともコミュニケーションを広げていたいですね」

本多達也◎1990年、香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。14年には同プロジェクトが評価され、独立行政法人情報処理推進機構が主宰する「未踏スーパークリエータ」に選出。2016年度グッドデザイン賞特別賞。現在は、富士通株式会社 スポーツ・文化イベントビジネス推進本部 企画統括部にて「Ontenna」プロジェクトに取り組む。

Promoted by メルセデス・ベンツ日本 文= 吉田彩乃 写真=小田駿一

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