モビリティの未来に引き寄せられた男・矢野裕真の言葉

世界最大級のコンサルティングファームであるアクセンチュアにおいて、戦略コンサルティング本部のマネジング・ディレクターを務める矢野裕真。製造業、特に自動車業界の動向に精通し未来予測を得意としているエキスパートである。5月31日に発売された、モビリティに関するアクセンチュアの最新予測をまとめた書籍、『Mobility 3.0』(副題:ディスラプターは誰だ? 出版元:東洋経済新報社)の著者の1人でもある。

実は矢野は「出戻り組」である。元々アクセンチュアで製造業や流通業分野のエキスパートとして、お客様のグローバル展開や新規事業展開などを支援していた。自動車関連の業務に携わる機会もあったが、当時は注力するほどには至っていなかった。自動車業界、モビリティ分野に興味を持ったのはアクセンチュアを離れ、投資会社に勤めていた頃である。

矢野は当時を振り返る。「コンサルタントの仕事を離れて、業界の未来を占うテーマに常にチャレンジ出来るコンサルタントの仕事が好きだったことに気づきました。そして、コンサルタントに戻ろうと。でも、せっかく戻るからには、日本の産業にインパクトを与える仕事をしたい。それで、時価総額トップ30に入るような企業であり、かつグローバルな企業が多い産業を調べました。その結果……自動車やその周辺の産業が次々にヒットしました。しかも技術やスタートアップ企業のビジネスモデル分析してみると、これまでの固定的な産業構造から変化のある新たな産業構造へと大きな変革期に入る兆しがある。これは面白い、自動車業界、モビリティの分野を専門的にやっていこうと決めました」。

さらに矢野は想いを語る。「私のテーマは現在市場にある車をいかに売るかというものではありません。100年続いた自動車メーカー主導のビジネスモデルが崩れつつあるなかで、自動車やバイク、あらゆる移動手段のポテンシャルを使って、モビリティ3.0時代の新しいビジネスや事業を数多く作り上げたい、それにつきます」と。

矢野の心を揺さぶった「モビリティ3.0」とは何なのか。なぜ、モビリティ3.0の世界では自動車メーカー主導の業界構造が崩れるのか。100年前に馬車から自動車へモビリティ革命が起きたが、いまだに自動車は自動車である。馬から自動車へリプレイスしたように、自動車から……自動車と異なる乗り物にリプレイスされるということなのか。矢野に聞いた。

技術もビジネスも可能性が無限になる「モビリティ3.0」

「現代のモビリティを説明する上で、『CASE』というキーワードがあります。CはConnected(コネクテッド)、AはAutonomous(自動運転)、SはShared/service(シェア/サービス)、EはElectric(電動、電気自動車)と、自動車業界の4つの変化点を示すワードの頭文字を取ったものです。

『モビリティ3.0』があるなら、当然『モビリティ2.0』もあります。両者の違いですが、2.0は基本的には技術変化が自動車産業内で閉じている(完結している)世界、3.0はCASEの技術要素が掛け算的に作用し、様々な業界を跨いだ変革が生まれてくる状態です。例えば、2.0ではCASEのC、Connectedでは自動車がネットワークにつながることによって、ナビゲーションにリアルタイムに渋滞情報が更新されたり、コンシェルジュにつながったり、様々なサービスが自動車に組み込まれている状態です。ただし、これらは単体のサービスとして完結しています。SのShared/serviceに関しても、ライドシェアやカーシェアリングなどのサービスが存在していますが、これもまたそこで完結している状態です。他にも、Aの自動運転技術、Eの電気自動車の技術など、C、A、S、Eがそれぞれ個別、単独で存在している状態が『モビリティ2.0』の世界です。

一方で、『モビリティ3.0』では、これまで独立して存在していたC、A、S、Eが、それぞれ掛け合わさることができます。当然、無数のパターンが生まれ、様々なビジネスやサービスが生まれるのが大きなポイントです。例えば、自動運転(A)とライドシェア(S)、電気自動車(E)を掛け合わすとロボットタクシーが成立するといった具合です。ロボットタクシーに代表される自動運転モビリティサービスは掛け算型の一例ですが、これが実現されるとタクシーの価格が数分の一になり、都市部で車の所有が減る為、都市構造そのものが大きく変化する可能性があります。都心部では駐車場の数が減少し、店舗も今の様な固定的なものでなく、人の需要に応じて移動する、いわば「可動産」のようなものになると思います。そうすると、小売業やサービス業、金融業とのコラボレーションによる新たなビジネスが生まれ、地方自治体などを巻き込んだ生活インフラの開発機会がどんどん生まれてくると私は思います」

今起きようとしている新たなモビリティ革命は、かつて馬車が自動車にリプレイスされたのとは違い、自動車が単なる移動手段から「生活を支えるプラットフォーム」へと変化する。自動車の概念自体が大きく変わっていくことを意味するのだ。

既に自動車メーカーやGoogleやAmazonが席巻しつつあるモビリティビジネスだが、新規参入プレイヤーにとっても周辺サービスに広がる新たな利益が注目される。矢野は最後にこの可能性について触れている。

可能性が無限になるほど人は何もできなくなるのではないか

盲目の行動経済学者、シーナ・アイエンガーは言う。選択肢が多い場合、人は現状維持を選ぶと。これが人間の性(さが)というものなのか。「モビリティ3.0」の世界もまた同様に思える。無限の可能性――無限の技術やアイデアが生まれ、無限のビジネスチャンスがあることは理解できるものの、何から手をつけて良いものか迷ってしまう。

「そうですよね、モビリティ3.0の世界では、誰にでもビジネスチャンスがあるだけに、無限に広がる『CASE』の組み合わせを、どう展開していけば良いか、迷ってしまうことも多々あるかと思います。この業界を牽引しているがGoogleやAmazon等のITジャイアント企業やUBER等に代表されるスタートアップ企業ですが、彼らはとにかくアイデアを形にし、ビジネスを立ち上げていくスピードが段違いに早い。聞いたアイデアが数か月後には市場に出ているケースも多々あります。我々もコンサルティング業務の中で数多くの日本企業様とお付き合いをしておりますが、新しいアイデアを提案すると「類似のものを過去検討した」「妥当性を今社内で検討中である」という言葉が至るところで出てきます。しかし、社内で「検討」している間にグローバル競合は先にユーザーとのやり取りの中で優位性を築いていしまっている。これがこれまでのモビリティの世界の状況だと思います。結果として、グローバル競合が市場を席捲してしまっている。

このモビリティ3.0から生まれる機会をつかみ、グローバルで通用するビジネスを作るためには、日本企業は事業開発やマネジメントの構造そのものを変えなければなりません。昨今、アジャイル開発がソフトウェア開発の世界では取り入れられていますが、経営レベルにもこのアジャイル的な発想が求められているのです。従来の成熟事業については利益基盤として従来のマネジメント手法で「深化」させつつ、このような、不確実性が高いが将来を担う可能性のある成長ビジネスは既存組織とは全くことなる事業開発が必要となります。

その組織では将来の技術的変曲点を見極め、新たな事業アイデアを構想出来るフューチャーリストやそのアイデアを事業戦略に翻訳するストラテジスト、それらを形にするエンジニアやデザイナー等のタレントをひとまとめにして、スピーディーな事業立ち上げから改善のループが出来る体制を作り上げる必要があります。目指すは構想からプロトタイプのローンチが数カ月単位で行うサイクルの構築です」

矢野の言うループとは上図のようなイメージだ。〈デジタルサービスファクトリー〉と言う短期間のループが鍵になってくる。



最後に矢野に聞いた。モビリティ3.0において、先行する一部の企業が果実を得る状況が大きく変わる可能性についてだ。

「確かに、GoogleやAmazonそして一部のスタートアップ企業がこの市場を牽引しているのは事実です。しかし、その数社だけで全てをまかなえるわけではありません。例えば、金融・エネルギー等の専門性が高い領域や、特に都市交通管理やメンテナンス周りの極めて地域固有性が高いビジネスについては、各領域にフィットしたビジネスを作り上げる必要があります。重要なのは、こういったビジネスチャンスに着目し、行動に移すこと。巷では100年に一度の改革と言われていますが、この勝負が決するには何年もかからないと思います。このチャンスに世界に羽ばたく新たなモビリティビジネスを一つでも多く出せるよう我々も企業様を応援していきたいと思います。」

Mobility3.0/ITジャイアントが覇権を握る未来のモビリティビジネス
https://www.accenture.com/jp-ja/insight-mobility3-0