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古市憲寿氏 写真=鈴木久美子(GEKKO)

スマートフォンはおろかインターネットという概念すら普及していなかった1990年代。電話回線を利用したダイアルアップ接続がメインで、画像やテキストの読み込みにもひと苦労という当時、シリコンバレーでは何が起こっていたのか? 時代に先駆け、インターネットの可能性に賭けた人びとの群像ドラマが、『シリコンバレー狂騒曲』だ。

若き起業家たちが成功を目指し奮闘する姿を描いた本作について、若者の「起業」や「働き方」に注目し、世論に疑問を投げかけ続ける社会学者の古市憲寿氏に、インタビューに応じてもらった。古市氏の目に、彼らはどのように映ったのだろうか? そして作品を通して改めて考えさせられる、「成功者」となる条件とは?


「とうとうインターネットでも、『歴史ドラマ』が作られるようになったんですね」

社会学者・古市憲寿は感慨深げに言った。ドラマ『シリコンバレー狂騒曲』の舞台は、Google、Facebook、YouTubeも生まれていない、1990年代末のシリコンバレーだ。古市自身、この年代では中学生。「僕が初めてインターネットを使ったのも90年代後半でした。はじめは電話代を気にしながら接続していたのが懐かしいですね」と、当時のインターネットの思い出を振り返る。

そして本作は、「@」の読み方すら一般的でなかった時代、インターネットの可能性を夢見た起業家たちが主人公だ。

インターネットブラウザという概念を広く浸透させたネットスケープ、オンライン上のコミュニティとして「ソーシャル・ネットワーク」を提唱したザ・グローブドットコム、そして当時としては革命的だった動画配信サービスを打ち出したピクセロン。実在したこれら3つの企業の創設者たちを中心に、実際にシリコンバレーで働いていた人々のインタビューを交え、発展と崩壊が激しく入れ替わった「インターネットバブル」での群像劇が描かれている。

いずれのサービスも時代の潮流に乗り順調に会員数を増やす一方、常に資金繰りやシェア競争に翻弄され続ける。創設者の多くは20代ながら巨大企業と対峙し、本気でぶつかり合い、時代の覇権を掴もうと奮闘する。

「起業家たちの爽やかな成功物語なのかと思っていたのですが、実際に見てみたら、昼ドラみたいでしたね。共同経営者同士でも思いきりバッシングし合うし、キャラクターが全員濃い。まるで橋田壽賀子さん脚本のドラマみたいな(笑)」
 
現代にも通ずるような彼らの姿に、古市は親しみを込めてそう語る。



「面白かったのは、インターネットが当たり前のようにある現代とは違う、GoogleもFacebookもiPhoneもなかった時代の温度感。1994〜99年頃、黎明期ゆえの“ゴツゴツ”とした雰囲気というか。誰が勝者になるのかわからないからこその、未開拓な分野にがむしゃらに立ち向かう熱さを感じました」

特に古市の興味を引いた人物は、インターネットでの配信サービスを仕掛けたピクセロンの創設者、マイケル・フェイン。彼は営業マンとして巧みな話術とパフォーマンスで富裕層を味方につけ、多くの資金を手にする。そして作中では、その驚くべき素性も明かされていく。

「彼はある意味では一流なのでしょうが、やっていることは詐欺にも近い。しかし、それが横行してしまうくらい、人びとは状況を理解しないままインターネットの可能性に熱狂している。そんな時代の流れをうまく利用してしまうキャラクターの強さが印象的でした。
あとは、若かりし日のビル・ゲイツの映像が使われているんですが、やはり選ぶ言葉が上手でしたね。インターネットエクスプローラーをWindowsにバンドルすることが独占禁止法違反ではないかと言及されるシーンで、『自動車だって、ハンドルもミラーもセットで売っている』と返す様子に、思わず説得されてしまいました」

だが、そうして存在感を放っていた人物や企業も、やがて時代の流れにのまれていってしまう。

「時代がどんどん変化するなか、成功者もずっと成功者ではいられない。彼らの戦いの結果がわかった今観ると、切なく感じるシーンも多い。インターネットの青春時代を描いた作品といえばいいのでしょうか」

成功者に求められるのは「数」と「勇気」

古市が考える、成功者になるための条件を尋ねてみると「専門性」という言葉を挙げた。簡単には真似できない、プロフェッショナリズムを磨くことである。そこで専門性を高めるため、ひたむきな努力が求められるのかというと、彼の考えはそうではない。

「専門性を突き詰めるためには、自分にとって『努力だと感じずにできること』を見つけるのがいいと思います。『自分はこれを頑張っている、努力している』と感じている時点でもう半分、負けてるんです。なぜなら、それを努力だと感じず、そのことにいくらでも熱中できてしまう人もいるんですから」

例えば、子供の頃から絵を描くのが好きでたまらない人は、苦なく絵を描き続ける。“頑張って”絵の練習をしている人は敵わない、というわけだ。

「努力せずに(努力だと感じず)できること」を探し、専門性を極めていく姿勢が、成功の条件。才能を持たざるものは、持つものに勝てないという残酷な話のようだが、古市は軽やかに話を続ける。

「自分が好きなことと、時代が要請すること、それらが”たまたま”合致する人が成功するのだと思います。例えば、マンモス狩りの才能がある人って、今の時代にはきっと活躍できないですよね。それよりも笑顔が素敵で、話が上手い人は、昔よりもはるかに仕事の幅が広がっています」

時代が必要とする社会的な価値は、日々変わり続けている。そこに合致するために、自分が持つ可能性を探ることが重要だというのだ。そこで、自分にとっての“専門”を見つける方法は、とにかく「数をこなすこと」だと古市は考える。

「どんな成功者でも、数をこなしトライアンドエラーを繰り返してきたのではないでしょうか。ピカソが有名ですが、彼はとにかく多作です。母数がたくさんあるから、名作もたくさんあるんです。もちろん、出来がいい作品ばかりとは限らない。だけど、世間が記憶しているのは、話題にならなかった失敗作ではなく、名作や成功作なんですよね。現代でも、ヒットメーカーと呼ばれる人のほとんどは、作品を量産しています。ビジネスでもいかにたくさんの企画を出せるかが大事だと思います。ひとつの企画を10年準備して成功する確率よりも、まずは小粒でも企画をどんどん打ち出していく方が、単純に確率論として成功する可能性は高まりますよね」
 
古市自身も、日々多くのメディアに露出し、数々の著書を出版している。彼ですらも「何が自分に向いているかわからないから、数をこなしてトライアンドエラーを繰り返している」と話す。そんなふうに“数”を出し続ける原動力として、彼は「勇気」という言葉を選んだ。

「賢すぎる人はなかなか動き出せない。考えて考えて、結局動かない人って、たくさんいますよね。だけど、結局何かを為しえた人というのは、一歩を踏み出せる勇気があった人。無謀な人と言い換えてもいいかも知れません。もちろん失敗ばかりの人もいる。だけど、数をこなせば、少なくとも経験値は上がっていきます。この作品の登場人物が経験した失敗も、いくらでも活かしようのある貴重な経験ですよね」



いまは「自分にとっての成功」が掴みやすい時代に

ネットに限らず、社会全体の新陳代謝はこれからも続いていく。国家ですら、覇権が移り変わり、イギリスからアメリカ、そして今や中国になろうとしているように。そして、古市は今の時代を「誰でも気軽に起業できるようになった」と評する。

「ベンチャービジネスという言葉ができてもうすぐ50年。『ベンチャービジネス』は1970年に提唱された和製英語なのですが、当時の「ベンチャー企業」は製造業ばかり。起業は簡単なことではなかったんです。だけど今は極端な話、スマートフォン1台あればYouTuberとして成功できるかもしれないし、新しいアプリを開発できるかもしれない。ちょっとした初期投資で、誰もが大きな成功を掴む可能性が出てきたんです。『脱サラ』といえば屋台という時代と比べれば、選択肢は大きく広がりましたよね」

企業と人のあり方も変わってきている。

「大企業に入ることが唯一の成功だという時代が終わる。それってとてもいいことだと思うんです。人生の選択肢が広がったわけですから。仕事にしてもひとつに絞る必要はない。全てをなげうって起業するんじゃなくて、他の仕事をしながら新しいビジネスを準備してもいい。GoogleやNikeが有名ですが、本業で始めた起業よりも、副業で始めた起業のほうが成功率の高いという研究があります。だけど、誰もがそんな大成功を目指す必要はありません。自分にちょうどいいくらいの成功ってあると思うんです。個人的には、大成功者とかお金持ちって、かえって不自由だし大変だと感じることのほうが多いんですよね。自分にとってどれくらいの成功が心地いいのか、まずはそこから考えてみるのはどうでしょう」

成功者を目指し、もがき続けた人びとの生き様を描いた今回のドラマ。「成功者としてのあり方」のヒントを、果たしてあなたは本作から見いだせるだろうか。ぜひ、ご自身の目で確かめていただきたい。


古市憲寿◎1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『だから日本はズレている』『平成くん、さようなら』など。


「シリコンバレー狂騒曲」



【作品紹介】
「シリコンバレー狂騒曲」(全6話)
インターネットバブルを通して、爆発的に形勢を変えていったシリコンバレーの出来事を描く。台頭、衰退、そして復活を経験したネットスケープ、ピクセロン、theglobe.comの3社に焦点を当て、これまで一度も語られたことのないテクノロジー革命の真実を、ドラマ部分と、本人が語るインタビュー部分を組み合わせてお届けする新感覚ドキュメンタリードラマ。

【視聴方法】
ナショナル ジオグラフィックにて
二ヵ国語6月21日(金)スタート 毎週金曜22時
字幕 6月22日(土)スタート 毎週土曜17時

◆7月7日(日)17時~20時 第1話~第3話の一挙放送も決定

◆【期間限定】第1話をナショジオ公式Webサイトで無料配信
2019年6月18日(火)〜6月25日(火)
https://natgeotv.jp/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/2614

◆ナショナル ジオグラフィックとは
空中都市マチュピチュ(1911年)や沈没したタイタニック号の発見(1985年)など、歴史に残る数多くの実績を有するナショナル ジオグラフィック協会を母体とし、あらゆる領域の“未知”へ挑み、次世代の“知”へと変えていくドキュメンタリーチャンネル。Hulu、U-NEXT、スカパー!、J:COM、ケーブルテレビ、IPTVなどで視聴可能

詳しくはhttps://natgeotv.jp/tv
© National Geographic

Promoted by FOXネットワークス 文=伊藤七ゑ 写真=鈴木久美子(GEKKO)

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