アイカムス・ラボは、第1回の「Forbes JAPANスモール・ジャイアンツ アワード」で、「ベスト・エンゲージメント賞」を受賞した。社長の片野圭二は異能の経営者だ。大手電子部品メーカーから独立して同社を創業した片野は、社員に起業を勧め、そのための援助も惜しまない。
東北・盛岡の地にベンチャー起業を増やし、互いの技術で連携しながら、この地にスモール・ジャイアンツの理想郷をつくろうとしているのである。もちろん社員の自己啓発やキャリアアップにも熱心で、すでに民間の人材育成プログラムも導入している。そんな片野の目に中小企業庁が提供する「ビジログ」はどのように映ったのか。
盛岡駅から車で10分、市内の工業団地の一角にあるアイカムス・ラボの社内掲示板には、「ベスト・エンゲージメント賞」受賞時の記事が飾られている。
「賞をいただいてからは、思わぬところからも声がかかるようになりました」と片野社長は語る。「例えば、先日、ドイツのデュッセルドルフで開かれた、医療機器の世界最大のマーケットである『MEDICA-World Forum For Medicine』にブースを出したんですが、この様子をテレビ局が同行して、密着取材をしてくれたんです」
アイカムス・ラボの社員数は約30名。高い技術力と独自の発想で医療機器を開発し、これを製作、販売している。特に「不思議歯車」を応用して軽量化を実現した、「ピペッティ」と呼ばれるペン型電動ピペットは、その利便性から医療の現場では大きな注目を集めた。そして、前述のように、海外の展示会にも積極的に打って出て、世界へと販路を広げている。
さらにアイカムス・ラボは、自社の発展だけではなく、岩手県のみならず東北全体の活性化にも注力しており、周辺の中小企業や大学の研究機関をも巻き込み、TOLIC(Tohoku Life Science Instruments Cluster)という組織もリードしている。互いが「化学反応」し合いながら、医療業界のベンチャービジネスを東北で確立していこうとしているのである。ムーブメントの中心にいるのは、もちろん片野社長だ。
「中央が企画、開発し、地方の工場が生産するという図式はもう古いと、私はつねづね言ってきました。地方の中小企業が連携して企画、設計、製造したものを、全国で、いや世界で売ることが、これからのこの国を活性化していくことだと思っています。しかし、このことは地方にあっても、常に切磋琢磨して学んでいかなければならないということも意味しています」
このような片野の問題意識が、日頃から社員のキャリアアップに関心を寄せ、民間の人材育成プログラムの導入へともつながっている。
行動特性診断は管理部門には貴重なリソース
中小企業庁がリリースした「ビジログ」を簡単に説明しよう。まず3つの学習スタイルがあり、eラーニングで学べる「ウェブ型」、画面を通して講義を受ける「双方向ライブ型」、そして実際の講師から集中して学べる「ワークショップ型」だ。
それぞれ利用する人に合った学習スタイルが選択できるが、地方の企業だと、どうしても「ワークショップ型」への参加は難しくなる。ちなみにワークショップは、東京をはじめとする全国9カ所の会場で開催されており、地方では札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、高松、福岡、那覇の8会場で行われている。東京に比べて地方では開催数も少なく、アイカムス・ラボでは、まずeラーニングによる「ウェブ型」を選択した。
片野が、「ビジログ」で、まず興味を示したのは、「ウェブ型」の「社会人基礎力」の講座に組み込まれている「行動特性診断」だった。
行動特性診断とは、「ビジログ」のウェブ上で250の簡単な質問に直感的に答えていき、その答えをコンピュータのアルゴリズムで解析し、自分が日頃どのような行動を取る傾向にあるのかを客観的に知るというテストである。片野も自ら、社員の女性2名、男性3名らとともに受診した。
行動特性診断の結果は、〈EQ アセスメントシート〉としてPC画面上にアウトプットされる(PDFファイルとして保存も可能)。これをスクリーンに映し出し、話し合う。
最初に、片野社長のシートが掲出され、このとき「なるほど当たっていますね」と言ったのは、アイカムス・ラボの医療機器を世界に販売する関連会社トリムスの片野友貴さんである。
実は、友貴さんは、片野という名字が示すように、片野社長の息子である。実の息子が「当たっている」というのだから信憑性は高いだろう。個人情報なのであまり詳しいことは書けないが、確かにアセスメントシートでは経営者ならではのスペックになっている。
営業部所属の女性社員の藤原樹璃さんは「確かにこの通りだと思います。私はストレスをため込みやすい性格なのです。薄々わかってはいたのですが、こういう診断を受けると、さらに客観的に自分を把握できますね」と応えた。
「ぼくも腑に落ちる部分がかなりありました」と語ったのは、ずっと管理畑を歩いてきた大倉弘康さんだった。「共感力が弱い、と診断されているでしょう。管理部門は共感だけで行動すると業務に支障をきたしたり、さらには会社に大きな損害を与えたりすることにもつながりかねないので、自然とそういう態度を取っているのかもしれませんね」と診断結果を分析した。
「僕がこの手のテスト結果で注目するのはコミュニケーション能力です」と片野社長は言う。「大企業の社員であれば、秀でている特殊な技能がひとつあれば、それを元手にやっていけるかもしれません。けれど、中小企業ではそうもいかなくて、社内での連携、例えば設計者であれば製造部門などとの緊密なやりとりがとても重要になってきます。だから、こういう診断結果は有用ですね」
「ビジログ」の登録は個人でも法人でも可能だ。アイカムス・ラボの各社員は法人で受講しているので、会社としても、社員の行動特性診断の結果を把握することができる。管理部門にとっては貴重なリソースとなるだろう。
地方における双方向ライブの利便性アイカムス・ラボのような地方にある中小企業にとって、eラーニングで学ぶ「ビジログ」の「ウェブ型」の学習が実用的であることは確かだ。では、すでに導入している民間の人材育成プログラムとの比較において、どのような印象をもったのだろうか。
「自分がいま受講している民間のeラーニングは、設問が細かくて、その場で答えなければならなかったりするもので、かなり緊張を強いられるんですが、『ビジログ』では概論の聴講から入るので、リラックスした状態で学べるのがいいですね」と片野友貴さん。
特に印象に残ったのは、ものが売れない本当の理由を解説したもの、そして顧客の「ツボ」をどのように見つけるかの方法について指南したものだという。さらに「それに、ウェブ型学習の双方向ライブ授業では講師に直接質問もできるんですよね、それは魅力的ですね」と付け加えた。
双方向ライブ型の講習とは、ウェブの画面を通して、チャット機能で講師にその場で質問ができる。時間は90分で、受講の時間も決まっているが、地方にあっても、自らの学習ポイントを詳しく学べるのが利点だ。地方というキーワードを逆手にとって経営の利点とするアイカムス・ラボには、重宝な学びのかたちかもしれない。
東北の盛岡という地にありながら、日頃から社員教育に関心の深い片野は、「ビジログ」について、次のように締めくくる。
「eラーニングは質の高い学習が地元に居てできるという点でありがたい。中小企業の台所事情は厳しいところが多く、人材教育になかなか資金と時間を投入できない。その意味でも中小企業庁が『ビジログ』というような形で支援をしてくれているのは、産官学の連携の中でアイカムス・ラボを起業し、成長させてきた私には、非常に喜ばしいことだと思います」
ビジログ:
https://busilog.go.jp/