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2018.11.29 11:00

目指すべきは「働き方改革」ではなく「経営改革」~ネスレ日本のマネジメント・イノベーション

ネスレ日本代表取締役社長兼CEO 高岡浩三

ネスレ日本代表取締役社長兼CEO 高岡浩三

7年間で売上は27%増え、利益は78%増えたネスレ日本。その一方で一般管理費は年間9%抑えられている、という。人員減のなか増収増益を達成できた理由はどこにあるのか。

「働き方改革ではなく、経営改革を目指した」

そう語るのは、ネスレ日本代表取締役社長兼CEOの高岡浩三氏だ。終身雇用をはじめ、給与体系や企業内労組など、外資系企業らしからぬ側面を持っていた企業をどう改革していったのか。2018年8月2日に行われた「HR Committee Conference」で高岡氏が語った、ネスレ日本のマネジメント・イノベーションについてまとめた。


「働き方改革」ではなく「経営改革」を目指したネスレの日本的経営とは?

ネスレは2017年のグループの売上高が10兆2000億円の世界最大の食品企業です。従業員は32万3000人。世界85カ国に413工場を持ち、2000を超えるブランドを販売しています。

その中でネスレ日本は、オーガニックグロース(為替変動、買収売却等の影響を除いた売上の対前年同期伸び率)が+2.8%。ちなみにグループ全体の同数字が+2.4%、先進国だけでは+0.7%しか伸びていませんので、ネスレ日本の成長率は、非常に高いと言えます。

ネスレ日本はご承知のようにスイスの外資系企業ですが、終身雇用をはじめ、給与体系や企業内労組など、極めて日本的な側面を持っていました。そして、歴代の外国人社長は、3~4年という任期ということもあり、人事制度には本格的に手をつけてきませんでした。

私はこうした状況の中、創業以来初となる生え抜きの日本人社長としてバトンを引き継ぎました。このとき目指したのが、「働き方改革」ではなく「経営改革」です。言葉にするなら、社員はネスレに対する高い企業ロイヤルティーを持ちながら、なおかつワーク・ライフ・バランスがとれ、それでいてイノベーションカルチャーに溢れる、生産性の極めて高い経営。良いものは残し、ダメな部分は改革し、グローバルに通用する日本的経営を作ろうと考えました。ハードルは高かったのですが、こういう経営を一度目指してみようという思いがありました。


人事システムの改革により、7年間で売上は27%、利益は78%増を達成

社長就任から約8年が経ちましたが、現在ネスレ日本の人事システムは大きく変わりました。
そのひとつが「採用」です。終身雇用はもちろん続いていますが、昔に比べ、ミッドキャリアの採用を拡大しました。また大学新卒生の採用形態も、年1回の採用から、年間を通じたものに変更。インターンシップを利用し、学生が年間通じて応募できる体制を整え、大学1年生でも応募できる仕組みにしました。

また、「企業年金制度」に関しても変更を加えました。これまではスイスに日本だけの年金基金があり、退職した時の一番高額の基本給の半分を、亡くなるまで支給していましたが、リーマンショック以降、その運用が厳しくなってきていました。そこで、確定拠出年金に近い形に仕組みを変更しました。ただそうなると年金自体が減りますので、かわりにその年から定年を5年間延長して65歳としました。目減りしても、5年間給与がもらえるので、相殺できる形です。



さらに「賃金体系」については、1200以上のジョブディスクリプションを全て見直して明確化し、年齢に関係なく携わる仕事に応じて賃金を支払う形に変更しました。いくつかの項目では経験の幅を持たせるフレキシブルな形にしてはいますが、基本的には同一労働同一賃金を進め、成果をより反映できる仕組みにしています。

最後に「労働組合」についても変革を求めました。従来の労組は、成長著しい新興国時代のもので、先進国で賃金闘争など同じ内容を議論しても意味がありません。労組には、管理職を除いた一般社員の立場に立った第二の人事部としての役割を担ってもらうことを提案したのです。

こうした改革を進めていきながら、この7年間の間に売上は27%、利益は78%増えています。また一般管理費も、年間9%抑えられました。従業員は500人減っていますが、解雇ではなく採用を絞った自然減。雇用形態は97~98%が正社員で、産休、育休などの補充のケースを除き、原則的には派遣社員0という形に変えています。

人事の仕事も「マーケティング」である

こうした取り組みは、マーケティングの考え方に基づいています。マーケティングは「顧客の問題を発見し、解決すること」です。したがって、間接部門であっても極めて重要な要素です。人事であれば顧客は社員、採用担当であれば学生といった感じでしょうか。彼らの問題を見つけてそれを解決することがマーケティングです。

このように、マーケティングを顧客の問題発見だと定義すると、その顧客の問題は二通りあることがわかります。ひとつは顧客自身がわかっている問題。もう一つが、顧客自身も気付いていない問題です。前者を解決することがリノベーション、後者を解決するのがイノベーションで、より重要となるのがイノベーションです。



例えば、部屋が暑いという問題を解決したイノベーションは、人類歴史上でも二つ。扇風機とエアコンだけです。これらは扇子とうちわの世界では思いつかなかったことですが、第二次産業革命で、電気と石油という新しいエネルギーを得たことで、それを活用して顧客が気付かない問題を発見し、解決した。だからイノベーションなのです。

このマーケティングによる問題の発見能力が、問題の解決能力よりはるかに重要です。では、どうやってその問題を見つけるのか。簡単な方程式は正直ありませんが、私は唯一のメソッドとして「新しい現実を見る」という方法を実践しています。

私が社長就任時に考えたのが、一つはITやAIによるデジタル革命から何が起こるのかということです。そこで気付いた問題が、ホワイトカラーの人余りです。だから真っ先にホワイトカラーを500人減らしたわけです。これまで人事で行ってきた施策は、どれもこうした考え方に基づいて進めてきています。


ネスレの高い業績目標は「プレミアム戦略」によって達成した

ただ、こうしたソリューションをつくると同時に、私自身はP/L計画もまとめます。例えば、残業をゼロにしようという取り組みでは、社員は収入が減ります。だから話が前に進まない。減った残業代は何かで補う必要があります。そのためには、利益を上げて給料に反映するしかありません。給与であれば、成績の良し悪しで公平に分配もできます。

ただ、数字の目標を立てるのは簡単ですが、問題はどのようにして高い業績目標に到達するのか。重要なのは戦略です。人口が減り社会が高齢化するということは、我々食品メーカーにとっては胃袋の数が減り、サイズも小さくなるということです。当然、物量は減ります。こうした時代に他からシェアを獲ってきて物量を上げる戦略はナンセンスです。日本の食品メーカーは、合理的に商品をつくられているうえに、利益率は当社の半分以下の水準ですので、簡単にシェアは奪えません。

ならば、他社が値下げしているところを、当社は値段を上げるという発想しかありません。こうして生まれたのが、プレミアム戦略です。「ネスカフェ」では、インスタントコーヒーをやめて、レギュラーソリュブルコーヒーに進化をさせて、5年間で1杯あたり50%値上げしました。ここでは、「バリスタ」という専用マシンを出来るだけ安く提供した戦略も奏功しています。

また「キットカット」の抹茶味は、メイドインジャパンのプレミアム商品として、日本人だけでなく、外国人観光客にも人気です。さらに、有名パティシエが監修した「キットカット ショコラトリー」は、価格が20倍、30倍でも行列を待って、買っていただけます。

これらの製品は、自社のEコマースを強化することで、利益率が高いまま全国に販売できています。2020年までに売上全体に占めるEコマース比率を20%にするという目標を掲げて7年前にスタートしましたが、来年にはその目標を達成できる見込みで、売上も毎年40~50%伸びています。

労働組合と一体となり、残業ゼロを実現

こうした取り組みをもとに、時間で給与を支払うという考え方から脱する一方で、テレワークの環境も整備し、ホワイトカラーにおいて残業ゼロを達成したわけです。
ただ、ホワイトカラーエグゼンプションの実現にあたっては、労組の協力も重要でした。私が社長になってからは、2ヵ月に1回、組合幹部と私だけでミーティングを行っています。その中でわかったのが、労組も会社の業績に貢献したいと思っており、業績に貢献した人間には、それなりの報酬を与えるフェアな評価制度にしたいと考えていることです。これは私の考えと合致します。



最終的には、「FUTURE&RUBY」という二つの大きなプロジェクトを組合や人事と一緒に立ち上げ、人事制度の見直しや、一般社員も含めた降格制度の明確なガイドラインをつくり、労組の全員選挙で承認をもらいました。組合と一緒に考え、組合が投票で決めるプロセスを踏むことで、万一、組合員の一人が裁判を起こしても、組合とネスレが一緒になって戦う体制ができたわけです。こうした決断は、やはり社長でしか出来ないものであり、「働き方改革」は「経営改革」であることの表れです。

肩書きは関係ない。全社員のトレーニングでイノベーションカルチャーを生み出す

また、私が組合や役員とこうした議論をするなかで、ホワイトカラーは考えるのが仕事であるという話が出てきました。では、実際どれくらいの時間を考える仕事に費やしているのか調査してみたところ、6~7%しかありませんでした。これでは、イノベーションも、それにつながる顧客の問題発見も、できる訳はありません。

そこで、新しい現実をから新しい顧客の問題を発見する能力を鍛えるため、「イノベーションアワード」を立ち上げました。これは単なるアイデアコンテストではなく、全社員が年に1度、自分の顧客の問題を発見し、自分でソリューションを考え、小さなレベルで検証まで行うというものです。最終的にはそれを発表しますが、これが直接人事考課に関わるような仕組みにしています。

また選ぶ側の役員についても、単にイノベーションの原石を選ぶだけではなく、選んだ原石を磨いて大きくし、私の前で発表する形にしています。なぜなら選ぶ役員にも実力がなければ、良いアイデアを殺してしまうことになり兼ねないからです。

イノベーションカルチャーは役員から一般社員まで、全社員がトレーニングを積み、はじめて生まれるものです。そして、このカルチャーができれば、こうした人事改革や経営改革を、あらゆるファンクションを通して、進めることができるのだと考えています。

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