2018年7月29日と8月1日の2日間、東京芸術財団とミスズの共催により、ブルース・リー没後45周年を記念した「ブルース・リー祭」が開催された。このイベントで東京芸術財団は、ブルース・リーを顕彰するため、彼を崇敬するユン・ピョウ、ドニー・イェンの両氏を招聘した。編集部ではこの機会にドニー・イェンを取材。現代のアクション映画界を代表する俳優は、伝説のスターから何を学んだのだろうか──
アクション映画の常識を覆したブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジェット・リー、トニー・レオンなど、次々と世界的なスターを輩出する香港の映画界は、秀逸な作品の宝庫である。まねしようにも到底できない身体動作、演技とは思えない風格と威厳、死をも恐れない精神性、そして人間愛……。アクションシーンとともに欠かせないこれらのエッセンスは、実は中国武術の神髄ともいえる。
それらをスクリーン上ではじめて表現した人物こそが、不世出の映画スター、ブルース・リーである。ジークンドーの創始者としても知られるリーは、本物の武術の世界観を映画に採り入れ、たちまち世界中の人々を熱狂させた。”カンフー映画”という新たなジャンルを生み出した功績は大きく、現在の香港映画界の隆盛は、リー抜きには決して語れない。
そのリーの没後45周年を記念し、2018年8月1日、東京芸術財団とミスズの共催により、新宿のハイアットリージェンシー東京にて、「ブルース・リー祭 本まつり!」が開催された。そこにゲストとしてドニー・イェンが登場したのだ。これには会場中が沸いた。『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』や『トリプルX:再起動』などメガヒット映画に出演し、現在もっとも輝きを放っている、国際的スターが登場したのだから当然である。
東京芸術財団とミスズの共催で開催された、「ブルース・リー祭 本まつり!」。ドニーと半田氏の軽妙なトークに会場中が聞き入った。ドニーが手にしているのは、ミスズが150本限定で発売した「ブルース・リー トゥールビヨンウォッチ」。現代の香港映画を代表するアクションスターが、伝説のカンフーマスターを語るという夢のような舞台が実現した背景には、高級時計専門ブティック「HANDA Watch World」を展開するミスズ社長、半田晴久氏の存在が大きい。来日を果たしたドニーがいきさつを述べる。
「実は7月の下旬まで『イップ・マン パート4』の撮影をイギリスのリバプールで行っていたため、本来であれば、来日を断念せざるを得ない状況でした。しかしながら、半田先生とお会いする絶好のチャンスを失いたくないという思いも強くありました。
半田先生は、会社経営者、画家、ステージパフォーマーなど、多岐にわたって超一流の人物ですが、私がもっとも感銘を受けている点は、積極的にチャリティ活動に参加されてることです。中国でも、差別や貧困に苦しむ多くの人々に、救いの手を差し伸べてくださいました。そんな半田先生から、多くを学びたいという気持ちが高まり、スケジュールをどうにか調整して、本日、このイベントに参加できたというわけです」
ちなみに、映画『イップ・マン』は、若き日のリーが師と仰いだ実在の人物、詠春拳の達人、葉問(イップ・マン)をドニーが演じた香港のアクション映画シリーズ。ドニーのリーへのリスペクトから企画された映画でもあり、中国人にとってバイブル的な作品でもある。
「人生にはさまざまなコースがあり、選択の連続だと私は思っています。一方で、時には目には見えない力に後押しされたような気持ちになることもある。作品との出合いと同様に、人との縁もそうでしょう。実際、今日、半田先生にお目にかかり、運命的なものを感じました。いま、私はとてもエキサイトしています。話の一端ではありますが、半田先生が情熱的に音楽に取り組む本当の理由を聞き、すっかりその人柄に魅了されました」
テレビやネットで話題のカンフー少年、今井竜惺君もカンフーの腕前を披露した。
一流の音楽家と武術の達人の共通点音楽家としての半田氏は、三大テノールのホセ・カレーラスやプラシド・ドミンゴ、歌姫、ルネ・フレミングとも共演したことがあり、そのハートフルな美声は多くの批評家が賞賛している。現在までに音楽CDは111本、DVDは35本をリリースしているが、本格的に音楽理論を学び始めたのは44歳のときである。天性の才能だけではない。音楽を通じて、世界から差別や偏見をなくしたいという強い思いが、8カ国語を駆使して歌う原動力となっている。誰かの役に立つには、自分自身を常に高めなければならないという半田氏の生き方と、武術の達人、リーの発想には共通項が見いだせると、ドニーは言う。
「ブルース・リーといえば、一般的には格闘シーンが印象的でしょう。しかし、私が彼から学んだのは、精神性の部分なのです。自分を信じ続けることの大切さだと言い換えてもいいでしょう。彼の作品には、誰もが民族という垣根を越え、肌の色など気にすることなく、夢を追いかけることのできる平和な世界になってほしいという、メッセージが込められています。半田先生の哲学とも共鳴するのではないでしょうか。私自身も、作品を通じてこうしたパワフルなメッセージを人々に伝えていきたいと思っています。そのためには、私自身が現状に満足してはいけない。半田先生からもさまざまなことを学んでいきたいのです」
中国武術は、紀元500年頃に南天竺(南インド)の達磨が禅宗の修行法のひとつとして少林寺に伝えたとする説が有力である。根底には、禅の教えがあるため、身体動作を行うには確立された型に従わなければならない。一連の修行のなかには、呼吸法や気功法、瞑想法なども含まれていて、肉体的な強さのみを追求するのではなく、むしろ精神鍛錬のほうに重きが置かれている。つまり、武術の達人は人格者でなければならないのだ。それを体現したのが、ブルース・リーであり、いまそれを実践しているのが、ドニー・イェンだと言えよう。
「ブルース・リーを崇敬する多くの人は、スクリーンを通して、本当の強さとは何かを学んだはずです。私も同様に、彼の映画を観てインスピレーションを受けたひとりです。私自身、順調にキャリアを積み重ねてきたわけではありません。よいときであれ、悪いときであれ、一作一作に満足することなく、次回こそはもっとベターな作品にしたいという思いとともに、年を重ねてきました。常に自分を向上させようと考え続けることこそが、本当の強さなのではないかと思っています」
広東省で生まれたドニーは、11歳のときに家族とともにアメリカに移住し、ボストンの中華街で育った。太極拳の師範である母親から武術を学んでいたという。一方で、リーに憧れるあまり、ほうきを切り刻んでヌンチャクをつくり、サングラスをかけて小学校に通っていたという、愛らしいエピソードも披露してくれた。アクション俳優としての原点は、こうした少年期にあるという。
「昔の中国人というのは、趣味といえば武術の稽古と答えるのが当たり前でした。現在は、インターネットやスマートフォンなどテクノロジーが進化し、若者たちはさまざまな可能性を追いかけることのできる時代になりました。しかしながら、ひとつのスキルを徹底的に磨く、あるいは研ぎ澄ましていくという習慣は、なくなりつつあると思う。中国人に限ったことでなく、夢を実現させるには、ほんとうに自分がやりたいことを見つけ、目標に向かって努力することも大切だと思います。これもブルース・リーから学んだことです」
ドニーは、メディアのインタビューで、あなたの代表作は何かと聞かれるたびに、「次回作ですよ」と答えるという。55歳となったいまも、ブルース・リーに憧れた少年時代のように夢を追い続けてるのだ。
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https://www.misuzu.comDONNIE YEN◎1963年、中国・広州市生まれ。9歳から母親に武術を習い、北京市業余体育学校を卒業後、スタントマンとして香港映画に参加。『ドラゴン酔太極拳』(84年・日本劇場未公開)で俳優デビュー。中国で大ヒットした『イップ・マン 序章』(2008)では香港アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた。ハリウッド映画界でも成功し、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16)では盲目の戦士チアルート・イムウェを演じた。