第3次AIブームの到来に伴い、「AI技術が人の仕事を代替する日も近い」というテーマが多くのメディアで取り上げられている。しかし、「働き方改革」が叫ばれているにも関わらず、ホワイトカラーの生産性改革に有効なAIがなかなか出てこないといった声もある。そんな中導入が相次いでいるのがRPA(Robotic Process Automation)だ。
RPAとは、普段オフィスなどで行っているパソコン上の業務で、とりわけ面倒で煩雑なルーチンワークつまり定型業務を人間に代わって片付けてくれる取り組みのことを言う。生産年齢人口の減少に悩み、働き方改革に邁進する日本社会の救世主となるような存在だ。
RPA先進国のアメリカでは既に数多くの企業で導入され、効果を上げている。本誌副編集長の谷本有香が、RPA・AI協会をアメリカで立ち上げ、会長をつとめるフランク・J・カザーレ氏にRPAの現状と今後の可能性について聞いた。
生産性は人間の数百倍。生産性改革を引き起こすRPA谷本有香(以下、谷本):早速ですが、アメリカの企業社会では既にRPAがかなり普及しているようですね。
フランク・J・カザーレ(以下、カザーレ):はい。現在はRPAを導入している大企業も増えてきました。
谷本:RPAは日本の企業が抱える課題のひとつである労働生産性を飛躍的に向上させてくれるツールということですが、具体的にはどのような導入メリットを得られるのでしょうか。
カザーレ:導入メリットとしては3つあります。まずは、従業員が人間にしかできない業務に専念できることによる「売上の拡大」。例えば、営業担当者であれば、資料づくりや報告書の作成といった事務処理作業に忙殺されることなく、営業活動に専念できるようになり、会社の売上を拡大できるようになります。また、「コスト削減」も期待できます。ロボットは24時間365日働き続け、休日も休憩時間も有給休暇も必要ありません。
また、データを高速に処理できるため、フルタイムの派遣社員を雇うのと比べて、RPAの導入と維持にかかるコストは一般的に3分の1に削減できるといわれています。最後に「生産性の向上」です。どんなに単純な作業でも人間の場合、ヒューマンエラーやミスをゼロに、しかしRPAなら人間ならではのエラーやケアレスミスはゼロであり、そのミスに対するフォローやリカバリーの時間をなくすことができます。
谷本:具体的な業務の例で教えていただけますか。
カザーレ:氏名や住所、電話番号などがエクセルに表記された顧客情報データを、社内のシステムに登録し直す作業があるとします。これを人力でコピー&ペーストを繰り返すと、1件あたり数十秒かかりますが、RPAに代行させると数秒もかかりません。しかも、基本的にロボット自体がミスを発生させることはない。総体的に考えると、人間の数百倍の生産性が実現できるのです。
谷本:それはすごいですね。企業も入れたくなるでしょう。
カザーレ:その通りです。雑務にも時間を取られている総合職の方にとって心強い存在になるはずです。日本で自分にしかできない業務に集中できる従業員が増えたら、革命と呼ぶことができますよね。
これまで、仕事の生産性を高めるには、働く人間の数を増やすか、あるいは労働時間を増やすことが主な施策でした。その場合、決して安くはない費用がそのたびにかかります。
ところがRPAでは様相がまったく異なります。人も労働時間も増やさなくていい。その仕事に従事してくれるRPAの導入費用を負担するだけで、生産性が飛躍的に高まります。RPAは文句もミスもなく、黙々と働いてくれて、残業代を請求されることもありません。
200名必要だった仕事がロボットとの協働で20名に谷本:RPAを導入して成功している企業の具体例をお教えください。
カザーレ:ある大手保険会社の例がわかりやすいでしょう。保険申込の事務処理センターにRPAを導入しました。それまでは200名の社員が、顧客が記載した申込書の記載内容を確認し、不備をチェックしたうえで、データ入力するという手続きを行っていましたが、その多くをRPAに代行させることにしたのです。
結果、人間が担当するのはデータの最終確認と一部の修正、および書類のファイリングのみになり、必要な人員が20名まで激減したのです。
谷本:10分の1になったわけですね。すごいインパクトです。では働く人にとってRPAはどんな意味を持つのでしょうか。先の保険会社でもそうでしたが、仕事を失う人もいるでしょうね。
カザーレ:そんなことはありません。大多数の人にとってRPAは福音になるでしょう。面倒で煩雑な仕事をRPAがやってくれるわけですから、空いた時間を別の仕事に、あるいは休息に充てることができるのです。先ほどの保険会社の例でも、余った180名は解雇されたわけではなく企画職など人間にしかできないクリエイティブな領域での仕事に就いています。
日本は国を挙げた働き方改革の真っ只中にあると聞きます。政府関係者の皆さまにはRPAにもっと目を向けてもらえるようになると、働き方改革は今以上に促進されるのではないでしょうか。長時間労働の撲滅にこれだけ短期的に効果を発揮するツールはないのですから。
谷本:日本でも数年前からAIに関する議論が盛んになり、AIによって代替される職業、されない職業といった記事がメディアを賑わせました。AIとRPAは同じものなのでしょうか。それとも違うものなのでしょうか。
カザーレ:両者はどちらも人間の仕事を自動化してくれるものですが、端的にその違いを説明するなら、RPAは自己学習機能を持たず、あくまで定型業務の効率を向上させるためのツールである一方、AIは自己学習機能を持ち、非定型業務にも通じる自律的な判断をしてくれるツールです。よく誤解されるので補足しますが、RPAは人間の仕事を代替するわけではなく、全体のうちの一部、且つ定型業務を代行してくれる存在なのです。
5年でビジネスのルールが代わり、1人1ロボット時代が到来する谷本:RPAを導入する際、どんなことに気をつけたらいいのでしょうか。
カザーレ:何のためにRPAを導入するのかという目的を忘れてしまうと、折角の宝も持ち腐れになってしまいます。導入の目的や狙う効果は企業によって様々です。RPAの活用を通じて、1人当たりの生産性(粗利)向上を目指す、顧客満足度の向上を目指す、新規事業開発を促進する等、何の為にRPAを導入し、具体的にどのような成果を導きだしたいのかを明確にし、測定することが大切です。
目標に届いたら成功ですが、届かない場合はその原因を突き止め、達成するまで粘り強く改良を続けなければなりません。RPAは導入がゴールではなく、導入後の運用を通じて、業務改善、生産性改革を継続的に取り組む必要があります。
谷本:これだけ経営に大きなインパクトを与えるツールですから、導入の際は当然、トップのコミットメントが重要になりますね。
カザーレ:確かにその通りですが、トップだけが夢中になってもうまく機能しません。RPAの導入はチームで当たるべきなのです。
谷本:どのような人がチームに加わるべきなのでしょう。
カザーレ:まずは、今も出てきました経営者です。先ほど申し上げたようにRPAを通じてどのような経営効果を生み出したいのか経営者自身が目的と成果を認識する必要があります。そして、実際にRPAに代行してもらう仕事を抱える部署の責任者です。現場の業務を最も知る方々が当事者意識を持ち、取り組むことがRPAの成功可否を握っているといっても過言ではありません。さらに、情報システム部門です。ロボットに代替させる業務の内容によっては、基幹システムに触れるような業務もあります。こうした際は、情報システム部門のサポートも必要になってくるでしょう。
上記のチーム構成が築けることが理想ではありますが、最終的には内製化していくことを目指しながら、取り組み当初はRPAに詳しいアドバイザーに外から加わってサポートを受けることも手段として検討してみても良いかもしれません。インターネットが登場したときに、IT部門ができたように、今後はデジタルロボット部門のような新しい機能が組織に必要になり、新設されていくことになるでしょう。
谷本:今後、日本を含め、RPAが企業社会にとって当たり前のツールになるにはどのくらいの期間が必要でしょうか。
カザーレ:5年くらいかかると考えています。これについてはインターネットの普及プロセスが参考になります。インターネットそのものは長い歴史がありますが、少なくとも1993年くらいまで、一部の人しかその存在を知りませんでした。
ところが1995年にウィンドウズ95が発売されて爆発的ブームとなりました。企業が競ってホームページを立ち上げ、メールのやり取りが当たり前になり、ネットを介した商取引が瞬く間に広がり、1998年頃には企業社会に完全に定着していました。この例でいうとRPAはいま1993年の状態にあるといえます。これから爆発的に普及し、企業にとってなくてはならない存在になるでしょう。
谷本:私たちは知らぬ間に時代が大きく変わる歴史的場面に立ち会っているわけですね。最後に、日本企業とビジネスパーソンに対して何かメッセージをお願いします。
カザーレ:RPAって何だろう、うちも導入する必要があるのかな、と頭を悩ませている企業の方は多いはずです。でも躊躇している時間はそれだけ無駄です。まずトライしてみること。5年は短いですよ。導入に向けて動き出さないこと自体が、あっという間にリスクになります。
ビジネスパーソンに対しては、「新しいテクノロジーを恐れるな」と伝えたいですね。振り返れば、インターネットもこれほど普及する以前は、働き手を駆逐する可能性があるとささやかれたものでした。トップとボトムがメールで直接やり取りできるから、ミドルがいらなくなると盛んに言われましたが、まったくそうなっていませんよね。
RPAは確実に働く人の味方となります。自分のもとに新しい同僚あるいは部下が来たと思ってうまく使いこなせれば、根気が必要だった単純作業から解放され、その時間を創造的な仕事や休息にあてることができ、人生をもっと豊かに楽しむことができるのです。
アメリカでもまだ普及と定着の過程ではあるが、RPAを導入しているからといって、アーリーアダプターとは言えない。今後はRPAを起点に、AIなど様々なテクノロジーと連携し、業務の自動化対象は拡大していくため、決して早すぎるということはない。フランク氏はアメリカのみならずグローバルでのRPA普及と定着のための戦略を練っているという。
その一つとしてグローバルにパートナーシップを築きながら、情報とテクノロジーの連携を加速促進させている。現在までに、イギリス、ブラジル、イタリア、そして日本にパートナーシップを築いているという。日本のパートナーについては、国内では唯一最大となるRPA総合プラットフォームメディアを運営する「RPA BANK」との連携を通じて、グローバルとローカルでの情報連携を深めているとのこと。
生産性労働人口の減少、国をあげた働き方改革などビジネスを取り巻く環境が急速に変化している現在、日本でも今後さらにRPAのニーズが広まっていくことは間違いない。事実、大手生命保険会社や大手銀行、飲料メーカーではすでに導入されており、中堅企業にも裾野を広げている。その普及のスピードは実は日本が世界で最も速いという。フランク氏が指摘する通り、躊躇する時間は無駄にしかならない時代がすでに到来しているのだ。
RPA総合プラットフォームメディア「RPA BANK」について
「人間とロボットが楽しく協働する世界の実現」をビジョンに掲げ、RPAの実践に必要な情報、ロボットの開発と運用に必要なスキルの習得の場、RPAに関わる皆さまが持つ課題や悩みの共有可能なコミュニティの場を提供する国内最大規模のプラットフォームメディア。
フランク氏は、インタビュー翌日にも国内最大規模「RPA DIGITAL WORLD 2018」(主催:RPA総合プラットフォームメディア「RPA BANK」)にてパネルディスカッションを行った。議論を通じて、テクノロジーの進化とともに組織、経営者、従業員のマインドセット(仕事に対する価値観、考え方など)が、RPAやAIの定着とスケールにおける最大の課題になると締めくくった。
フランク・J・カザーレ◎米国アウトソーシング協会及び米国RPA・AI協会の創設者で会長を務める。米国RPA・AI協会の前身である、アウトソーシング協会(英名OI:The Outsourcing Institute)を1993年に設立し、サービスプロバイダー、アドバイザー、オピニオンリーダー、オブザーバー、アナリストを含む70,000人以上のエグゼクティブを会員に持ち強固なネットワークを築いている。
谷本有香◎証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、2004年に米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスター、同社の女性コメンテーターとして従事し、11年以降はフリーのジャーナリストに。フォーブス ジャパン副編集長。跡見学園女子大学マネジメント学部兼務講師。
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