安倍政権の最優先課題のひとつと位置づけられている「地方創生」。しかし、その主役である地方が必ずしもすべて成功事例を打ち出せているわけではない。地方創生の成功モデルとはー。『Net surfer becomes Real surfer』という動画がネット上で話題になっている。ネットサーファーがリアルなサーファーになったという3分間のストーリーで、2016年12月に公開されてから5日間で再生回数10万回を超え、現在約50万回再生されている。この動画を作成したのは宮崎県日向市。サーファーたちの間では以前から世界屈指のサーフスポットを有する場所として有名だったこのまちが、自らのPRポイントを生かし、町おこしをしようと立ち上がったのが15年10月。いまではサーフスポット以外の魅力も訴え、市外からの移住者を増やしている。日向市の活性化を支える3人のキーパーソンに話を伺った。
ー昨年12月より、サーフィンを地域活性化やまちづくりに生かす「リラックス・サーフタウン日向」プロジェクトをスタートさせています。十屋幸平(宮崎県日向市長):少子高齢化、人口減少が進むなかで、日向市の総合戦略「元気な〝日向市〞未来創造戦略」では、60年の目標人口を45,000人超としています。それを達成するための重要施策のひとつが「移住・定住促進」です。サーファーの方たちからはすでに定評のあったサーフタウンとしての魅力を訴え、サーフィンに特化した移住相談会なども開催しており、通常の移住説明会では10人程度しか集まらなかったところ、東京と大阪で開かれたサーファー中心の説明会にはあわせて80人近い方にお越しいただき、手応えを感じています。19年度までに新たな移住者200人増加を目標としています。
ー地方創生で気をつけていることは何ですか。十屋:地方創生とは、地方にあるものの特性を磨き上げていくことだと思っています。つまり、日向にしかないもの、できないことをやることが成功につながるんです。具体的に、日向にはサーファーに愛される「波・自然・おいしい食べ物」がある。ここに特化したことで、地域のブランディングが確立しました。今年9月には、国際サーフィン連盟が主催する「2017年世界ジュニアサーフィン選手権」の日向市のお倉ヶ浜海岸での開催が決定しています。サーフィン競技が追加種目となった20年の東京五輪につなげる大会にし、これを機に益々世界に日向を認知していただきたいです。
ー長友さんは、中小企業や起業家などの悩みや課題の解決を無料でサポートする「ひむかBiz」のセンター長に、国内外100人を超える多彩な応募者の中から選ばれています。長友慎治(ひむか-Bizセンター長):いま地方のほうが絶対面白い。私の周りには地方で活躍するプレーヤーがたくさんいました。私自身も宮崎出身で、老後に地元に帰ろうと思っていましたが、彼らが地方を盛り上げているのを見て自分もやりたいと思うようになりました。ただ、キーパーソンは着火剤にすぎません。住民を置いてけぼりにしてはいけない。住民を巻き込むことが重要なんです。具体的には地元に雇用を生むこと。そこを「ひむか-Biz」でも応援しています。
ー「ひむか-Biz」の反響はいかがですか。長友:今年から開所しましたが、相談件数は3月14日時点で目標件数の5倍にあたる250件に。ひとりで1日平均6件の相談に応じています。相談者は起業を目指している方から、名物メニューを考案している地元の居酒屋店主などさまざま。売り方やPRの方法がわからない人も多かったのですが、実際に何かを仕掛けてみると、本当に人が来たり、成果に結びつくことに大変驚かれている。思い詰めて来られたおばあちゃんがアドバイスを受けて、すっかり顔つきが変わり、やりがいをもって働いている姿を見るのは嬉しいです。
ーこのたび、男性下着メーカーTOOTのパンツが日向市のふるさと納税返礼品に登録されました。
枡野恵也(TOOT代表取締役社長):爽やかなオーシャンカラーに、市のキャッチコピー「ヒュー!日向」のロゴをあしらいました。実は、TOOTの自社工場は日向市にあり、1枚4,000円前後の高級男性下着の品質は、日向の職人たちが支えています。都心部、海外においても定評のあるブランドなのですが、残念ながら生産拠点の方々に知られていない。パンツで地元貢献ができないかと、昨年12月に市役所を訪ねたところ、たった3ヶ月で返礼品指定までこぎつけました。地方のスピードに感嘆です。
ーTOOT自身も日向の雇用に貢献しています。枡野:事業というのは、0→1よりも、すでにベースがあったものを引き継ぐ方が成功率が高い。私自身も事業を承継していますが、雇用の受け皿として、すぐに「起業」を推進するのではなく、いまある事業のお手伝いから始め、それが承継につながるケースがあってもいいと思います。例えば、外国の方が来て工房や、小料理屋さんをお手伝いしてみるなど。日向ならではのよさを引き継いでいくことが雇用につながる、こういうことを日向に来て益々感じるようになりました。
「サーフィンは趣味じゃない、ライフスタイル」◎三村隆之
愛知県で公務員をしていたが5年前に移住。職探しには3年を費やした。「朝5時には海にいる。仕事を終え、夕方にはまた家族とともに波に乗る。サーファーにとってサーフィンは趣味じゃないんです、ライフスタイルですから」
「地元住民が『まち』をつくる」◎海杢士
市内で17年間サーフショップを経営するプロサーファー。「さまざまな海を見てきたが、日向のサーフィン環境は抜群。ただ、海がいいだけでは誰も来なくなる。財産は人。ソフト面とハード面のバランスが必要」
返礼品限定デザインの「オーシャン」。日本でも有数のサーフスポットである日向の海・波のイメージからホワイトとオーシャンの爽やかな色合いに仕上げた。
▷『Net surfer becomes Real surfer』動画は
こちら枡野恵也◎TOOT代表取締役社長。2006年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2009年レアジョブに創業期参画、2010年からライフネット生命保険の経営企画を経て、2015年4月より現職。
十屋幸平◎1954年、宮崎県日向市生まれ。日向市議会議員、宮崎県議会議員を経て、2016年3月第18代日向市長に就任。『リラックスタウン日向』をキャッチフレーズに若者に選ばれるまちを目指す。
長友慎治◎ひむか-Bizセンター長。大学卒業後、新聞広告の紙面製作会社やタウン誌・ミニコミ誌の編集長などを経て、2009年に(株)囲炉裏を設立。その後、2012年に(株)博報堂ケトルに入社。2016年10月より現職。