CEO(最高経営責任者)が事業環境の変化を認識していながら、まるで何も変わっていないかのように指揮を執り続けることがある。障害となっているのは、戦略的判断力そのものではないかもしれない。かつてその判断を価値あるものにしていた習慣への、リーダー自身の執着なのだ。CEOや上級リーダーのコーチングを手がけるアンドレア・ペトローネ氏は、この緊張関係こそが経営者の自己再定義の核心にあると見ている。
著書『Reinvention at the Top: The Playbook for CEOs to Lead Under Pressure』のなかで、ペトローネ氏は、役職から求められる要求が、本人のリーダーシップに対する理解を上回ったときに何が起こるかを検証している。筆者との対話のなかで、彼は従来のリーダーシップ開発が見落としがちな課題について語った。それは、成功は単に行動に報いるだけでなく、時間の経過とともにその行動を「アイデンティティ」に変えてしまうという点だ。
「成功はあなたに教訓を与え、その後、それを学び直すことを妨げる」とペトローネ氏は語る。素早い意思決定で昇進してきた経営幹部が、より賢明な選択は不確実性を受け入れ、他者に決定の余地を与えることだという立場に到達する場合がある。しかし、速度を落とすことは、手法を適応させるというよりも、自分を定義してきた強みを手放すように感じられ得る。
有能なリーダーが、効果が薄れていると自覚している手法を手放せずにいる理由もそこにある。古いプレイブックは、自分が何者であり、何を成し遂げてきたかの証なのだ。それを捨てることは、その職を勝ち取った自分自身を否定するように感じられかねない。ペトローネ氏はこう述べる。「四半期単位で変わる役割と、年単位でしか変われない自己。その隔たりの中で、強いリーダーほど動けなくなる」
この問題は、権限が大きくなるほど発見しにくくなる。結果がリーダーの直感を裏付けるかに見える一方で、周囲は意見を述べることを控えるようになる。CEOは自社に関する豊富な情報を得られるが、自身の行動がもたらす影響に関する率直な情報は驚くほど乏しい。最も精査されるべき習慣こそ、最大の称賛を得てきた習慣であることがある。
これがペトローネ氏が、トップにおける従来のリーダーシップツールの限界を問う理由の一つだ。コンピテンシーモデルは欠けているスキルを特定できる。しかし、高度なスキルを持つ経営者がそれらを支配欲、自己防衛、あるいは時代遅れの「強さ」の観念のために使っているとき、そのモデルはほとんど役に立たない。本質的な問いは、賭け金が上がり、身についた行動が主導権を握ったときにリーダーがどう反応するか、である。
こうした反応の中には、役員室に入るずっと前に身についたものもある。ペトローネ氏は、完璧主義とコントロールへの要求によって成功を収めてきたものの、同時に疲弊してもいた、ある女性リーダーと支援に取り組んだ際のエピソードを振り返る。彼女はその行動パターンのルーツが、父親からの「完璧にできないなら、最初からやるな」という言葉にあることを突き止めた。ルーツを理解したからといって、精密さが無価値になるわけではない。それによって彼女は、その基準がいつ仕事に役立ち、いつ許可なく自分を支配しているのかを見極める機会を得たのだ。
こうしたパターンを検証するリーダーに、ペトローネ氏が投げかける問いは簡潔だ。「それは誰の声なのか?」。リーダーは家族や初期の上司、あるいは特定の振る舞いを評価する企業文化から期待を取り込んできたかもしれない。プレッシャー下では、そうした期待が個人的な信念のように響く。自己再定義には、リーダーが今もなお選び取っているものと、単に自動化してしまったものとを切り分ける作業が必要となる。
成果を出すことへのプレッシャーは、立場が高くなるにつれて強まる。上級リーダーは厳しい視線に晒されるため、多くの人が「CEOらしく振る舞い、発言する」という典型的なイメージを演じることで対処しようとする。ペトローネ氏はそのような「演技」にリスクを見出している。それが、リーダーと信頼を寄せるべき人々との間に距離を生んでしまうのだ。主として肩書に依存した権威は、状況が「リーダーは何を信じているのか」という、より個人の真価を問う答えを求めたときに脆さを露呈する。
企業のミッションステートメントがその答えを提供することはできない。組織のビジョンが示すのは目的地である。リーダー自身のメッセージは、決断、特に大きなコストを伴う決断の中に顕現する。従業員は、難しいトレードオフの中でどの基準が生き残るか、誰の行動が容認されるか、そしてリーダーが何を守る覚悟を持っているかを観察することで、CEOが何を体現しているのかを学んでいく。
「ビジョンは壁に掲げられるものだ」とペトローネ氏は言う。「メッセージとは、困難なトレードオフがデスクに持ち込まれたときに、人々があなたの行動を見て受け取るものだ」。この違いは重要である。従業員に必要なのは、戦略的方向性だけではない。CEOが不在で、選択が容易でないときに意思決定を行うための、信頼できる拠り所が必要なのだ。
そのメッセージは、CEOの在任初期から形を取り始める。新任リーダーは、最初の数カ月を傾聴に費やすよう助言されることが多く、それには十分な理由がある。時期尚早な戦略は、組織が知っていることを見落とす可能性があるからだ。しかしペトローネ氏は、傾聴が、自らの基準を示す証拠を一切控えることと取り違えられかねないと警告する。人々は、戦略計画が完成するずっと前に、リーダーの振る舞いから印象を形成する。
新任のCEOは、ビジネス上の課題に対してオープンな姿勢を保ちつつ、組織がどのように動くべきかについては明確に示すことができる。会議で何に注意が向けられるか。何が称賛されるか。誰かが期待に応えられなかったときに何が起きるか。こうした初期の選択は、就任のスピーチよりも説得力を持ってリーダーとしてのアイデンティティを明らかにする。「人々は証拠に基づき、数週間であなたが何者であるかを判断する」とペトローネ氏は語る。
同じ原則は、リーダーが難しい人事判断に直面したときにも当てはまる。待つことは、具体的な情報が欠けている場合には賢明かもしれない。しかしそれは、不快感を先送りしている間に、害のあるパターンが黙認されていく手段にもなり得る。ペトローネ氏は実践的な区別を示す。「あなたは追加情報を待っているのか、それとも不快感が過ぎ去るのを待っているのか?」
彼の考えでは、深い思慮に基づく忍耐には、答えるべき問いと、行動を起こすべき明確な基準が存在する。無期限の先送りにはそのどちらもない。その代償は、パフォーマンスが問題となっている当事者だけに留まらない。他の従業員もCEOが何を容認しているかを見ており、その観察によって、リーダーが掲げる基準への信頼度が変化するのだ。
これらの瞬間は、大規模な戦略的転換に比べれば小さく見えるかもしれない。しかし実際には、組織が大きな転換を遂げるための準備となる。誰よりも早い意思決定者でありたい、不可欠な問題解決者でありたい、あらゆる答えを持つ人物でありたいという欲求を手放せないCEOは、組織全体に必要な判断力を育むことに苦労するだろう。その結果、変革への制約はリーダーシップのシステムそのものの内部に存在することになる。
ペトローネ氏は、だからこそ、自己再定義はそのビジネス上の必要性を理解している経営幹部にとってさえ、非常に難しく感じられるのだと論じる。最も深い執着は、しばしば「古い物語のヒーローだった自分自身のバージョン」に向けられている。リーダーは次の章が何を求めているかを知りながら、前の章を成功させた役割の喪失を悲しんでいるのかもしれない。
前進するための道筋は、他者が下せるようになった決断の中に現れる。ペトローネ氏はCEOに対し、自分が部屋にいないときに何が起きているかを観察するよう提案する。すべての難しい判断がトップに戻ってくるのであれば、リーダーは自分が重要な存在だと感じるかもしれないが、組織は依然として一人の人間の判断に依存したままだ。決断を委ねることは、単にタスクを委任すること以上の意味を持つ。他者がそれを適用できるように、選択の背景にある基準を説明することを意味するのだ。
時間をかけてこの実践を繰り返すことで、個人の強みは組織の能力へと変化する。それはまた、リーダーシップの成功を測る厳格な尺度ともなる。かつて自ら答えを提示することで価値を証明したCEOは、最終的には、自分が不在でも他者が健全な答えにたどり着けるよう支援することによって、自らの価値を証明することになるのだ。



