現在、テクノロジー界において最も大きな声で語られているテーマは「AIの安全性」だ。そして最も静かに語られているテーマは「AIにおける責任」である。この2つは同じ議論のように聞こえるかもしれない。しかし、私の経験上、これらは異なるものであり、その間にあるギャップこそが、今後の10年間における当業界への信頼を左右する場所となる。
まずは安全性に関する議論から取り上げたい。それは真剣に扱うに値するからだ。
懸念はもはや仮説にとどまらない。数百万件の給与記録を分析したスタンフォード大学のエコノミストらによると、生成AIの登場以降、AIの影響を受けやすい職種に従事する22歳から25歳の労働者の雇用が急激に減少している。同研究の2026年8月の更新データでは、AIの影響が少ない分野の同世代と比較して19%低い水準となっている。一方、研究者らがチャットボットを使用した場合と使用しない場合で小論文を執筆する人々の脳活動を測定したところ、このツールへの依存度が高いほど、神経活動が弱まり、自身の作業内容に対する記憶保持率が低下することが分かった。研究著者らはこれを「認知負債(cognitive debt)」の蓄積と呼んでいる。
したがって、AIがキャリアの第一歩となる機会を奪っているのではないか、あるいは思考を外部化することには代償が伴うのではないかと人々が危惧するとき、彼らは大げさに騒いでいるわけではない。初期のデータを正確に読み取っているのだ。
私が受け入れがたいと感じているのは、その後の対応のあり方である。
長年にわたり、このテクノロジーを構築してきた人々は、自らを「パイオニア」と呼ぶにふさわしい存在だった。真に新しいものを探求し、その結果が真に未知である科学者やエンジニアたちだ。パイオニアの義務は前方のリスクについて警告を発することであり、実際に多くの人々が声を大にして警告し、その評価を得てきた。
しかし、この業界はもはや未開の地を開拓する遠征チームではない。ひとつの「経済」なのだ。大手クラウドプロバイダー4社だけでも、2026年にAIインフラへ前年比77%増となる約7250億ドル(約115兆円)を投資する計画であり、ゴールドマン・サックスの予測では世界全体のAI投資が今年1兆ドル(約158兆円)を超えるとされている。エントリーレベル(新入社員・若手)の労働者を代替するという副作用が文書化されているテクノロジーに対して、これほどの規模の資本が流出している以上、もはや「パイオニアの基準」は適用されない。探検家は警告する。機関は答えるのだ。
そして、これこそが業界として私たちが避けてきた問いだと考える。古い仕事を自動化することで利益を得るなら、私たちは人々に「新しい仕事」についての信頼できる答えを提示する義務があるのではないか?
警告を発するだけなら容易だ。それどころか、利益を生むことさえある。AIに対する懸念は、AIのマーケティングの一部と化しているからだ。責任を果たすことには、より多くのコストがかかる。単に変化のストーリーを語るだけでなく、移行のためにリソースを投入することを意味するからだ。私の考えでは、その責任には少なくとも3つの実践的な形態があり、そのどれもが事業リーダーが今四半期に下せる決定である。
意図的に「拡張」を選択する
前出のスタンフォード大学の研究には、ヘッドラインほど注目されていない発見が含まれている。AIが人間の仕事を代替するのではなく「拡張(協働)」するために使われている職種では、雇用は維持されるか、むしろ増加しているという点だ。分かれ目はテクノロジーそのものではなく、それをどのように導入するかという決定にある。AIを導入するすべてのリーダーは、自社の人材がタスクごとにその境界線のどちら側に立つかを自ら選択している。その選択は意識的になされるべきであり、コスト削減と同等に真剣に報告されるべきだ。
取り除こうとしているハシゴの「一段目」を再構築する
エントリーレベルの役割は、決して単なる安い労働力ではなかった。組織が自ら判断力を養うためのプロセスだったのだ。若手が経験を積んできたタスクをAIが吸収してしまうのであれば、見習い制度は、若者を締め出すのではなく、実際の課題にAIとともに取り組む体系的なプログラムを通じて再構築されなければならない。研修の場を再構築することなくエントリーレベルを自動化する企業は、自社の将来の経営人材を担保に借り入れをしているようなものだ。
AIと競わせるだけでなく、AIで収入を得る手段を提供する
「人々は代わりに何をするのか」という問いに対する最も誠実な答えは、予測ではなく「インフラ」である。アイデアを検証し、顧客にアプローチし、代金回収を行うコストは激減しており、これまで以上に多くの人々が自らのビジネスを立ち上げる試みに挑戦できるようになっている。これこそが自社で私とチームが取り組んでいる課題である。この取り組みの限界についても正直に述べておきたい。私たちは移行の課題を完全に解決したわけではなく、単一の企業で解決できるものでもない。私たちはひとつの答えに対するひとつの試みにすぎない。しかし、確信しているのは、これらのツールを用いて人々が収入を生み出す現実的な道筋を提供するという「試み」そのものが、当業界が能力開発に注ぎ込む資本に対して、極めて投資不足である領域だということだ。
テクノロジーの進化を遅らせることが答えだとは思わない。禁欲が戦略になり得るという証拠を私は見たことがない。また、AIを開発している人々が悪者だとも思わない。私自身もそのひとりだからだ。しかし、「警告すること=責任を果たすこと」の時代が終わりつつあるのは確かだ。若手雇用の代替と思考の外部化に関するデータはすでに出揃っている。1兆ドル(約158兆円)という莫大な資金も現実に動いている。
したがって、私自身を含め、この業界のすべてのリーダーに投げかけたい問いは、「あなたのAIは安全か?」ではない。もっと困難な問いだ。「あなたの製品によって影響を受ける人々は、次に何をするのか。そして、それを可能にするために、あなたは具体的に何を構築しているのか?」
もしその問いに答えられないのであれば、少なくとも警告が答えだったかのように装うのはやめるべきである。



