「人々が求めているのは、単なる『職』ではなく、自分と重ね合わせてワクワクできる『旅(ジャーニー)』だ」——シンガポールで開催されたカンファレンス「Global Icons of Impact 2026」のパネルディスカッションで筆者がそう発言した際、会場全体が賛同してくれたことに驚かされた。キャリアパスのあり方は世界共通ではない。組織が伝統的にレールを敷いてきた国もあれば、職種や資格が個人の軌跡を規定してきた国もある。ではなぜ、「職ではなく旅」という考え方が、これほど多様な視点を越えて容易に受け入れられたのだろうか。
理由の一部は、労働の質的変化と、個人と雇用主の間の心理的関係の変化にある。世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート2025」によると、2030年までに仕事の22%が激変し、働く人のコアスキルの実に40%近くが陳腐化する可能性があるという。過去のキャリアシステムが準備できているか否かにかかわらず、仕事のあり方は変化し続けているのだ。
従業員のキャリア・ジャーニーを導く4つの問い
時代遅れの人材構造は、単に従業員に進むべき方向を示すだけではない。どの種類の実務経験をどれほど評価するかを一方的に規定してしまうことが多い。その結果、本来価値ある能力が、それを育んだ企業の中に閉じ込められたり、取得困難な資格の影に隠れたり、公式な制度の枠外に追いやられたりすることになる。
今日のリーダーに求められるのは、従来の「キャリアの梯子(はしご)」を、万人に対して魔法のように機能する単一の新しいルートに置き換えることではない。チームメンバーが自分にとって最も納得のいく旅を見つけられるよう支援することだ。そしてその旅は、4つの実践的な問いから始まる。
1. その人は「すでに何ができるのか」?
役職名や学位が一定の役割を果たしてきたことは否定できない。しかし、それらと実際の能力とを混同すべきではない。
世界的に見ても、労働力システムの実務において両者を区別する動きが始まっている。経済協力開発機構(OECD)の報告書「スキルファーストの労働市場」では、オーストリアや韓国でのスキル重視のキャリアパス、カナダやドイツでの自己アセスメントツール、フランスやシンガポールでのスキル形成を証明する新たな取り組みが紹介されている。具体的な仕組みは異なれど、根本的な原則は共通だ。つまり、人々がすでにどのようなスキルを備えており、その能力が他にどのような場で生かせるかを理解できるよう支援しなければならないということだ。
新たな資格の取得を促す前に、自社がその人の既有知識やスキルを正しく認識し、可視化する仕組みを備えているかを確認すべきだ。
2. 本人にとっての「成長・進歩」とは何か?
従来のキャリアパスには、前進が目に見えやすいという利点があった。昇進し、新しい役職名を得て、給料が上がる。「旅」という概念にはそうした要素を含みつつも、時間の経過とともに「前進」が新しい意味を帯びる余地が残されている。
例えば、キャリア初期の従業員は経験の幅を広げ、自分の強みを見極めることを目指すかもしれないし、勤続20年のベテランは、その経験を新しい方法で生かすことや、次の20年間を見据えて持続可能な働き方を追求することを優先するかもしれない。また、子育て、親の介護、自身の健康状態の変化、自己理解の深まりなどによって、何が重要かは刻々と変化する。
キャリアにおける成功の定義は社会や文化によって異なるため、カルチャーも大きな影響を与える。意欲的なスキル開発を成功と見る文化もあれば、現在の役割における満足度を重視する文化もある。また、安心感を得ることや、意味のある貢献ができていると感じられることが、成功の最大の指標となる場合もある。
リーダーは、世代や文化ごとに異なるキャリアモデルを一つひとつ構築する必要はない。だが、「あなたにとっての成長とは何か」を従業員に問いかけることはできる。その答えは、単に「次にどんな職に就きたいか」を聞くよりも、はるかに多くのことを教えてくれる。
3. 目的地までの「道筋」が見えているか?
自分の現状の能力と目指す場所が明確になったら、次のステップはその目的地に至る道を思い描くことだ。従来の雇用モデルは長期的なキャリアや育成機会を提供していたが、個人のキャリアの未来を決めていたのは雇用主側だった。今日では、その選択権を従業員自身に委ねる企業が増えている。
リーダーは、社内での今後のキャリア形成の可能性について、明確かつ透明性を高く保つ必要がある。横滑りの異動、各種プロジェクトへの参加、あるいは一時的な兼務や出向などは可能なのだろうか。次にどこへ向かうべきかを指示する前に、従業員自身が意見を述べる機会を与えるべきだ。もし直上の役職しか選択肢が見えなければ、成長のためには退職するしかないと彼らが判断しても驚くには当たらない。
4. 軌道修正の「リスク」を取ることができるか?
筆者は以前、研究職から人事(HR)へと大きくキャリアチェンジした経緯について書いたことがある。その転身にスマートな戦略があったわけではないが、筆者の可能性を信じ、その挑戦をリソース面で支援してくれる存在がいた。
幸運が個人のキャリアの決定要因であってはならない。だからこそ、他部門のプロジェクトに参加する機会を従業員に提供してほしい。スキルの不足を埋めるための的を絞った研修費用を負担し、一時的な兼務制度を準備し、万が一実験がうまくいかなかった場合には元の軌道に戻れる猶予を確保するのだ。一企業のリーダーが国家レベルの労働システムを作り直すことはできないが、従業員だけにリスクを背負わせることなく、自分自身に挑戦するよう促すことはできる。
旅こそが本質だったのかもしれない
日本の「生きがい」という概念は、自分の存在意義を理解し、有意義な人生を送るための指針として機能している。仕事がその大きな部分を占めることもある。誤解のないように言っておくが、人事部も経営陣も、誰かの「生きがい」を見つける責任までは負っていない(私たちの業務はすでに手一杯だ)。しかし、従業員のスキルを正しく認識し、多様な成長観を理解し、より多くの道筋を構築し、それに伴うリスクを分担することは今以上に可能だ。すべての場所のすべての人に当てはまる単一のキャリアパスなど存在しない。だが、従業員がこれまで築いてきたアイデンティティを犠牲にすることなく新たな道を切り開けるよう、キャリアの地図上により豊かな余白を生み出すことはできるはずだ。



