モントリオールでスティーブン・ジャリスロフスキーと対面したとき、彼は98歳で、なお1日に8時間、9時間、あるいは10時間働いていた。
なぜそこまで働くのか、と私は尋ねた。
「楽しいからだよ」
その後1時間にわたり、私たちはビジネス、取締役会、教育、地政学、芸術、そして友情について語り合った。彼はそのいずれについても強い意見を持っていた。
最も印象に残ったのは、投資とは無関係のことだった。特定の意見というより、彼の世界への向き合い方そのものだった。
スティーブンは今月上旬、101歳で他界した。ジャリスロフスキー・フレイザーの創業者であり、カナダで最も著名な投資家の一人であり、コーポレートガバナンスの擁護者であり、カナダ勲章コンパニオンを授与され、数十の寄付講座を通じて高等教育を大きく支援した人物でもあった。
あの会話を振り返って、最も心に残っているのは、彼の人生のはるか早い時期に由来する考えだった。
戦争から帰還した21歳のとき、彼は「理解すること」について、自分自身に向けた文章と呼ぶものを書いた。
「誰も君の代わりに何かを理解することはできない、と私は結論した」と彼は語った。「何かを理解できるのは、君自身だけなのだ」
何かを正しく理解するためには、事実を見つけ、その理解に至るために必要なすべての情報を自ら集めなければならない、と彼は言った。その信念が、彼の人生の多くを形作ってきたように見えた。
1925年にドイツで生まれた彼は、オランダとフランスで暮らした後、1941年にニューヨークへ渡った。コーネル大学で機械工学を学び、米陸軍に従軍し、シカゴ大学で日本語を学び、その後占領下の日本で対敵諜報部隊として勤務した。米国に戻ってからシカゴ大学で大学院課程を修了し、ハーバード・ビジネス・スクールに進んだ後、キャリアをスタートさせた。
1955年、彼は後のジャリスロフスキー・フレイザーとなる会社を設立。数十年をかけて、カナダで最も尊敬される投資運用会社の一つへと育て上げた。
だが私が最も興味を引かれたのは、彼のリーダーシップ観が、理解についての若き日の教えとどれほど深く結びついていたかという点だ。
私たちはある時、優れたCEOとは何かについて話し合った。
カリスマ性やビジョンではなく、彼が挙げたのは「判断力」だった。
彼によれば、CEOは事業を理解し、新しいアイデアを打ち出し、優秀な人材を周囲に集めなければならない。実際、リーダーの主な仕事とは「心配せずに任せられる、あらゆる分野の優れた人材を見つけ出すこと」だと彼は論じた。
リーダーシップはしばしば「答えを持つこと」として描かれる。だが近年、組織はより複雑な状況を乗りこなし、批判的に考え、健全な判断を下せるリーダーを求めるようになっている。多くの意味で、ジャリスロフスキーはそれが流行するはるか前から、この点を指摘していた。
彼の話を聞いていると、カリスマ的リーダーや壮大なビジョンについてほとんど語らないことに驚かされた。ジャリスロフスキーはそれよりも、正しい問いを立て、状況を的確に理解し、有能な人材に信頼を寄せることにこそ関心があるようだった。
同じ考え方が、コーポレートガバナンスに対する彼の見解にも通じていた。
取締役会は戦略と企業文化において積極的な役割を果たすべきであり、取締役は社内で実際に何が起きているかを把握しているべきだと、彼は信じていた。彼はCEOを、取締役会から独立して動く存在ではなく、取締役会にとっての重要な資源として捉えていた。
こうした考え方は、彼が投資会社の外で知られるようになった活動とも軌を一にしていた。
生涯を通じて、彼は株主の権利、より強固なガバナンス、そしてビジネスにおける高い倫理基準を訴え続けた。カナダ勲章コンパニオン昇格時の表彰文には、彼のコーポレートガバナンスとビジネス倫理に対する擁護活動が特筆されていた。
誠実さ(インテグリティ)もまた、繰り返し登場するテーマだった。
優れたCEOとは何かと尋ねられた彼は、決して嘘をつかず、良い情報も悪い情報も確実に報告される仕組みを整える「絶対的な誠実さ」を備えた人物だと語った。
倫理への強調は、ビジネスの枠を越えて広がっていた。
会話のなかで彼は、51の大学講座に資金を提供してきたと話し、教授たちには学生に考え方を教え、メンターとして導いてほしいと望んでいると語った。きちんと考え、倫理的に行動することを学んだ人は、時間とともに他者からの信頼を得るようになる、と彼は信じていた。大学教授として、私はこの考えに特に強く共感した。
大学はフレームワークや理論、知識を教える。しかし最終的には、学生自身が自分の頭で考えなければならない。誰も彼らの代わりに理解することはできないのだ。
多くの意味で、この課題はむしろ以前より難しくなっている。今日の学生は、過去のどの世代よりも多くの情報にアクセスできる。難しいのは意見を見つけることではなく、それらをどう評価するかである。
会話の終わり近く、私は学部生たちが人生について何を知っておくべきかを尋ねた。
これだけ多くを成し遂げた彼のことだから、仕事や教育、達成についての答えが返ってくるだろうと私は予想した。しかし彼が口にしたのは、友情だった。
「人生で素晴らしいのは、本当の友人たちだ」と彼は言った。「友人であり、尊敬し、敬愛できる人たちだ」
振り返ってみて、私の心に残っているのは特定の投資への洞察やガバナンスの議論ではない。スティーブンがあらゆる主題にどれほど一貫した姿勢で向き合っていたか、ということだ。自ら学び、事実を追い求め、深く熟考し、自分自身の結論にたどり着くべきだ——彼はそう信じていた。
その日の午後、私たちは多くのテーマについて語り合ったが、これらの考え方がそのすべてをつないでいるように思えた。情報が氾濫し、専門家の解説や確信に満ちた意見が飛び交う時代において、それこそが私が耳にした中で最も価値のあるリーダーシップへの助言の一つかもしれない。
(執筆協力:ステファニー・リッチ)



