1976年、アップル(Apple)の構想は、ヒューレット・パッカード(HP)のエンジニアリング・ラボで生まれた。
周囲から「ウォズ」と呼ばれていたスティーブ・ウォズニアックは、HPの電卓部門で楽しく働いており、そこで残りのキャリアを全うしてもいいと思っていた。ウォズニアックがHPでの仕事に満足していた大きな理由の1つは、同社が従業員に対し、自社のリソースを使って独自のプロジェクトに取り組むことを積極的に許可し、奨励していたからにほかならない。
ウォズニアックが勤務時間外に取り組んでいたプロジェクトは、より優れた電卓の開発ではなかった。それは「Apple I」として知られるマイクロコンピューターであり、コンピューティングをエンジニアの趣味から誰もが利用できるものへと変えることになるものだった。忠実な従業員だったウォズニアックは、自ら設計したものをHPの上司たちに持ち込み、製品化を働きかけた。
実際、彼は5回にわたり自分のアイデアを採用してもらおうと試みたが、いずれも実を結ばなかった。そこでようやくウォズニアックとスティーブ・ジョブズは手を組み、アップルを創業した。その後の展開はパラダイムシフトをもたらした歴史として知られている。紛れもなく、HPはチャンスを逃した。だが、その過ちはウォズニアックの発明の価値を見抜けなかったことだけだった。(一般的にとてつもなく大きな失態と見なされているこの件について、HPの共同創業者ビル・ヒューレットは「うまくいくこともあれば、失敗することもある」と語ったと伝えられている)。
会社を経営するということは、創造力豊かで野心にあふれた人材を採用するということだ。そして、そうした人たちは必ずしも職務記述書に収まるわけではない、大きなアイデアを追求したがる傾向がある。最も賢明な創業者はその本能を理解し、彼らのアイデアが育つよう後押しする。その理由を説明しよう。



