アメリカで、特定の人物を最上級に褒めるとき、よく使われる言葉がある。
“She’s (He’s) a class act.”(彼女/彼はクラスアクトだ)。
語源には諸説あるが、「クラス(品格)」のある「アクト(演目・演者)」、つまり上質な人物やその振る舞いを称える言葉だ。ただし、この言葉が指しているのは出自や肩書ではない。高級なものを身につけているかどうかでもない。
2022年3月27日の第94回アカデミー賞授賞式で、レディ・ガガは、車椅子で登場したライザ・ミネリとともに作品賞のプレゼンターを務めた。終始ミネリの手を握り、言葉に詰まった場面ではさりげなく支えに回っていた。あの振る舞いこそ、クラスアクトの好例だと筆者は思う。当時のコラムでは「プレゼンス」と題したが、あらためて整理すれば、あれは品格の話だった。
一方、筆者が30年以上向き合ってきた「エグゼクティブ・プレゼンス」も、しばしば「品格のある人」「立ち居振る舞いの美しい人」と混同される。しかし、この二つは似ているようで、見ている軸が違う。今回はその違いを整理してみたい。
「クラスアクト」は、人としての質を指す
クラスアクトとは、状況に左右されない人としての上質さのことだ。
勝ったときに驕らない。負けたときに相手を称える。批判されたときに感情的にならず、品位を保って応じる。スポーツの世界では、「クラスアクト」は「スポーツマンシップ」に重ねて捉えられることもあり、選手のフェアで高潔な振る舞いに向けられることが多い。試合の結果ではなく、そのときの「在り方」に対する賛辞なのである。
日常に置き換えれば、もっと地味な場面に表れる。レストランで店員にどう接するか。メールの返信で、立場の弱い相手にも丁寧に接しているか。誰も見ていない場所で、同じ態度でいられるか。
クラスアクトの特徴は、実は控えめで静かだ。自分で語らず、周囲が勝手に伝え合うような。「あの人はいいよね」「あの人は品があるよね」という評判として、あとから輪郭を持つ。本人に直接伝えることもあるが、第三者について語るときに使うことも多い。
つまりクラスアクトは主に内面から滲み出る「在り方」であり、評価の言葉は「人格者だ」、もっとスラング的に言えば「神対応」に集約される。



